知っている。
きっと多分この男の事を知っている。記憶としては覚えていなくとも、身体が、無意識の脳がこの男を知っていると叫ぶ。
だがしかし、気は抜けない、知ってはいても元の世界でもここでも味方かどうかなどわからない。なぜなら今は敵同士だから。なぜなら記憶という絶対的で盲目的な信頼は消えているのだから。
同じ銀色が互いに牙を剥いてぎゃりぎゃりと甲高く耳障りな音を立てて噛み合う。弾かれてよろめきながら、距離を取る。つかの間の平衡。

ああ無常。
なぜあの男は悲しげに目を伏せているのか! それすらもわからない子供はただただ目の前の"敵"を屠るために残された知識を操る。
けれどやはり年の差実戦で培った実力の差というものは歴然と存在していて。
子供は段々と追い詰められて行く。劣勢でも男と同じ色をした瞳は爛々と鋭く煌めいて勝機を伺っているその様はまさに獣。
なにかもの言いたげに口を開いた男の隙に、子供は飛び込んだ。刺し違える覚悟での特攻。
男の虚をついたからこその反射で子供の牙は弾かれ手首を返したそのまま左脇腹から右肩にかけての逆袈裟に切り上げられる銀色。
灼熱を思わせる鋼が通り過ぎたあとは、酷く冷たい。怖気で体が震える。
(ああなんで、)
力の入らない足が崩れて、横倒しに倒れる。鈍く焦点の合わない、赤く染まった縦横がいれかわった視界と、その中で唯一綺麗に見えた黒と茶。同じ色をした瞳から落ちた透明が自分から出た醜い赤に落ちて同じ色に染まったのが見えて、そっと目を閉じた。
(あんたが、)
搾り出そうとした言葉は喉に絡まったまま息を止めた。
(泣くんだよ、   )






「…問題ない、」
この戦いを続けるのなら。どちらかは必ず眠らなければならない。今回は弟であっただけのこと。それでも震える声は、痛む心は。弟は、兄である男も含め、全てを忘れていたようであるけれど。あの世界にかえすくらいなら、なにも知らず、殺しあう運命でも、この世界を繰り返していた方がいいのだ。弟のために。滔々と頬を滑り落ちる水はとどまることを知らないままに、感覚を鈍らせて。その弟と同じ色を瞼の裏に隠して、もう一度言い聞かせるように呟く。
「これでよかったんだ、」


なあ、    。
呼ぶ名前すら思い出せていないけれど。


(それが二番目の記憶、)





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