差し出されたその手を取ったときから、生きる世界は、透明に蒼く色付いた。
自由に世界を泳ぐその姿に憧れた。自分に与えられた世界を疎まず恨まず、幸せを生きる彼が好きになった。

「俺たちは幸せを見つけるのが上手い」と彼が言ったのは、いつだっただろうか。


今も、迷いがちなこの手を引く彼は、思わず息が止まるほどにひどくうつくしい。透明が幾重にも重なってやっと、色が現れるように、澄んだ、こいいろ。波に揺れる髪の色は懐かしくも遠い、だいちのいろ、だ。


恋をした。

人間が、大地に生きる生き物が、海に生きるうつくしい生き物に、彼という人魚に。その深い深い、汚い自分など見抜かれているとも感じるほどに、澄んだその眼差しに。
一目惚れだった。


初めて出会ったその時から変わらずに、こいいろをした瞳に笑いかける。それに応えるように幸せそうにはにかむ、彼が愛しい。彼がいとおしい。
大地を捨て、海に生きることになっても後悔なんかなかった。ちっぽけな俺の全てはもう彼に囚われてしまっていたから。

透明に蒼く澄む世界を進むために、引かれていた手を引き寄せて、寄ってきた彼の項にキスを一つ。


あぁ、柔らかな幸福感に殺されそうだ。
尾鰭を絡ませ、抱き寄せてもう一度、今度はくちびるにキス。触れただけのそれで、彼の耳鰭を食むと、喉の奥で甘えた鳴き声。くすくす、と、彼が機嫌よく笑う声に嬉しくなる。


愛しい存在に触れられる。笑ってくれる。言葉を交わせる。それだけで満たされるこころ。これが、彼らの言う「幸せを見つけるのが上手」ということなのだろうか。

それならば、人間はどれほど欲深いのだろう。

傍にいて、その存在を認識できる以上のことまでも、欲しがるなんて。だから、人間の涙はただのしょっぱい水であるのに、彼らの涙は、それはそれは綺麗な結晶となるのかもしれない。
彼を抱きしめたまま、目を閉じて彼だけを感じて、海底に沈む。傍らを通り過ぎる気泡は肌を撫でて昇っていく。

そういえば、暫く青い空を見ていない。


「スコール、空が見たい」


海底の砂に受け止められ、彼を腕の中から解放して、目を開ける。すると、上から柔らかく細められた彼の瞳が覗き込んできた。普段は険しく眇められていることが多い、彼の柔らかい眼差しを知る者は俺しかいない。


「いいよ、アンタがそう、望むなら」
 

その事実にこっそり、優越に浸る俺はやはり人間なのだろう。気高くうつくしい彼とは違う生き物だといわれているようで悲しくなる。けれど、彼はそんな俺をこそ愛している、というのだ。
欲というものを持つ人間を、俺を、愛しているのだと。

行こう、と差し出された手はいつでも、白くうつくしい。
しかし、握りしめた手の先で結局はないものねだりなのだと気付いた。





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