焼失点 二 | ナノ






 かぶき町に雪が降った。
 何もかも埋め尽くすことを目標としているように、それともただの空の気まぐれなのか、止めることを知らずにゆっくりと、しかし確実に雪はその厚みを増していった。先日一気に空気が冷え込んだのだ。その年初ながら、それは根雪になりそうだった。
 降り積もる羽毛のような雪を眺め、スナックお登勢の女将、寺田綾乃ことお登勢は、
「近頃温暖化だのなんだの言いながらこれかい?まったく、天気も人の財布も冷え込むばかりじゃあないか。」
 と嫌味を吐く。そしてふぅ、と咥えていた煙管を指で挟み、肺いっぱいに吸った煙を吐き出した。その煙はまるで今、空を覆っている雲のように集い、そして空気中に散っていく。それを淡々と見届け、お登勢はまた煙管を静かに、肺いっぱいに吸った。それを見て、曰く、猫耳と団地妻のパーツを合わせたキャサリンが相槌を打つ。
「マッタクデス、お登勢サン。馬鹿ドモハ脳ミソト一緒二懐モ委縮シテルンデスヨ。」
「お前もな。」
「オ陰デ私ノタバコモ買エナイジャナイカコノクソ野郎!」
「愚痴を吐く暇があるなら働け。」
 従業員の一人、キャサリンは口を閉ざしたが、働き始めるわけでもなく場所を移しただけだった。
 正直仕事と言ってもまだ昼間なので、掃除以外はほとんどない。掃除というと、からくり家政婦、たまがすべてをこなしてあった。

 ガッシャン!と爆撃音のような音が二階から聞こえた。
「うるさいよ銀時!家賃もろくに払ってないくせにまた家を崩壊させるんじゃねぇこのクソ天然パーマネントがぁ!」
 とっさにお登勢が上に向かって怒鳴る。その額には青筋が浮き上がっている。
「丁度いいキャサリン。今月と先月分の家賃回収して来い。」
 そしてそう命令を下したのであった。

「坂田サーン?アホの坂田サーン?ソコ二居ルノハ分カッテマスヨ〜!」
 返事はない。いつものことではあるので、構わずキャサリンは中に入る。どうせ鍵は掛けていなかったし、掛けていたとしても、彼女にはないに等しかった。何しろ、鍵っ子キャサリンとは彼女のことだ。
 中の状況を目にした彼女は、いつものことだからなのか、いつもに増してからなのか、深々と、遠慮のカケラもなく、呆れたように溜息をついた。

「いい加減起きてください銀さん!」
 和室でオーナーを起こそうと布団を剥がすのに四苦八苦する万事屋メンバー(唯)一のツッコミ役、メガネ。
「おい作者!今メガネって言ったよな?何の遠慮もなくメガネって言ったよな?!」
 あ、すいませんねぇ。メガネじゃなかった、メガネ掛け機でした。
「ひでぇよ!初回ながら作者ひでぇよ!つーかメガネ掛け機なんてありえるかよ!ありえねぇよ!」
「そうアル!こんなリアルに気持ち悪く動くメガネ掛け機なんて存在しないネ!大体こんなツッコミにしか能がない奴に掛けられなきゃならないメガネはかわいそうアル!」
 何アルかぱっつあん、こんな朝っぱらからうるさいネ、と目を擦りながら押入れから這い出たチャイナ娘、神楽は事を察すと、今朝一番の毒舌を披露した。巨大な飼い犬、定春も神楽の意見に同意するのを示すようにと舌を出し、荒く息を吐いた。
「神楽ちゃん違うから!それただ僕を更に卑下してるだけじゃん!」
 ぱっつあんこと志村新八はその怒りを布団に潜り込んでいる万事屋のオーナー、坂田銀時に向け、布団をすべて取った。
 夢うつつの中、銀時は唸りながら布団を奪い戻し、また中に縮こまった。しっかりと四肢で布団の角を押さえている。
「今何時だと思ってるんですか銀さん!あの神楽ちゃんだって起きてますよ。」
 布団を持つ手を緩め、新八が仕方なさそうに諭す。
「私も起きてるってどういうことネ?はっきり言えヨ駄メガネ!」
 それに引っかかった神楽は面白いほどにまで食いついた。
「とにかく、もうほとんど昼ですよ!このまま寝たら一日終わっちゃいますよ。」
 聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、見事にスルーして新八が続ける。茶化すなこの冴えないメガネがぁ!との神楽の叫びも華麗に無視をする。
「あぁもう一日終わってもいいわ。銀さん眠いんだよ、二日酔いなんだよ。つーか寒いんだよ。ほっとけよ新八ぃ。お前は小学生を叩き起こす母ちゃんか。」
「お前は学校に行きたくなくて中々起きない小学生か!」
 かなりムキになっている新八に銀時は背を向け、横たわりながら頭を掻いた。
「一々頭に響く…つーか新八、今冬だぞ?冬は冬眠する季節なんだよ。今山に行ってみろ。熊も蛇も栗鼠も寝てっから。」
「熊でも蛇でも栗鼠でもねぇんだよお前は!冬眠しねぇんだよ!というかこんなに寒いのに依頼が来ないから暖房付けるお金も無いじゃないですか!もう毎食食パン生活に入っちゃってるじゃないですか!」
「そもそもここ、暖房なんてついてたアルか?」
 勢いに任せて喋る新八に神楽はボソリと最もな意見を吐いた。知らね、と仮にもこの部屋を借りているはずの銀時が無責任な発言をする。
「宣伝なしに依頼なんて来たほうがおかしいから。それより俺今日一日休むわ。一日布団のお供をするわ。」
「仕事はどうするんですか?いくら商売がなくても形だけは取り繕ってなきゃ来る客も来なくなりますよ。」
「そんなことお前がなんとかしろ。ほら、前に神楽がやってたやつ、『万事屋グラさん』。あれで行けよ。」
 救いようがない、そう言うように神楽が溜め息をついた。
「新八、その役立たずの天パは無視ネ。冬眠でも安眠でも永眠でも好きなようにさせるがヨロシ。」
「そうだね。外に行こう神楽ちゃん。あ〜あ、せっかく今年初の雪が降ったのになぁ。」
 雪の所を強調して、新八は銀時の様子を窺ったが反応がなかったので、その場を後にした。

「おい神楽?さっきなんかすっごい物騒でヤバいこと言ったよね?永眠とか言ったよね?」
 そんな銀時の言葉も、ただ虚しく開かれた襖に吸い込まれる。
 これが彼らの日常なのだ。

 扉がガラガラと閉まったのを確認して、銀時は寝返りを打った。衣擦れの音だけが鼓膜に焼けつく。その後は、途切れ途切れに外から歓声が流れ込んでくるが、部屋の中は切り離された一つの空間のように静寂に包まれた。
「初雪、ねぇ。」
 両手を枕にしながら電気のついていない天井を凝視する。なんの特徴もない木目の天井だ。彼の目はまるでそれを見透いたように、もっと遠くを眺めてた。
 あの日も確か初雪だった。
 喪失感に類似する哀しみのような、煮えかえす憎しみのような、ただ流れていく時間を傍然と眺めるような、様々な入り組んだ感情を秘めているその瞳は何を映しているのだろうか。死んだ魚のような気だるい目ではなく、中で何かが焔の如く揺らめいている。すぅと赤の目を細め、彼は何か決意をしたかのように身を起こす。そしていつもの着物に手をかけた。



 初雪




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