焼失点 一 | ナノ






命は儚い。
それは例え泥棒として生きてきた人でも、
聖人と祭られた人でも、
野良犬でも、飼い猫でも、
すべての生には死が平等に訪れる。
それはあまりにも突然で、あまりにも淡々と。
残されたものはただ平然を花を添えるか、打ちひしがれるか、怒りをぶつけるか。
だが所詮、逝ってしまったものは何も分からなくなるのだ。

 燃え盛る炎。轟音と共に崩れゆく柱。
 あの人は未だ中に残っていた。笠を被った人と敵対しながら。
 見えるのは夕焼けにも似た色の火炎とそれに焼かれる、ついさっきまで自分たちが学び場としていた木造の建物。

 中から人影が現れる。
「先生っ!」
 出てくるのは慕っている師か、そうでないか、焦燥と不安を含んだ声色で叫ぶ。
 人影の姿が露わになる。笠を被り、振り落ちた煤かどうかは定かではないが、灰色のマントを羽織った人だ。右手で力なく握った刀には背後の炎よりも鮮明な赤、血が絶えず滴り落ちていた。しかしその彼には、傷一つ、火傷さえも負っていなかった。緑がかった銀色のその利刃(りじん)はまさしく彼の冷酷さを示すかのように鈍い光を放った。
 笠の影から口角を上げるのが分かった。いかにも残忍な、この状況を楽しんでいるかのような笑み。必死に目を反らそうとする反面、それに釘付けになり、どうしても動けなかった。
 彼は目の前にいる三人の子供を見ていないのか、それとも見知らぬふりをしているのか、ただ空気のように無視してその場を去って行く。
 ふと彼が歩を止め、蔑むような目つきでこちらを睨んだ。端からわずかに覗く目。それは紅で、緋で、朱で、血の赤だった。

「っ貴様アァァ!」
 無造作な銀色の髪の子供が丸腰で襲いかかろうとした。その目には言い知れぬ怒気が孕まれている。
「よせ銀時!」
 長髪を高く結い上げたもう一人がその腕を引き、制した。
「俺を止めんなヅラ!」
「お前が行っても勝てる相手か。」
「でも先生がっ!」
 掴まれた腕を振り切ろうした彼が見ていたのは笠を被った人ではなく、焼け落ちる寺子屋。
「先生が守ってくれた命を粗末にするな!」
 その一言で子供の動きが止まった。腕を引く力を入れすぎたのか、その弾みで二人ともこける。

 笠を被った者がどこへ向かったか、それを確かめる気力さえ、誰にも残っていなかった。

 チリチリと絶えず火花が外へと飛び散る。
 日は暮れたが、彼らにとっての全てを焼き尽くす、盛大な劫火が地面に座る二人と、その後ろに傍然と立っている少年を照らした。
 あらゆる方向へと跳ねる銀色の髪がその光を反射し、橙色に染めた。
 這いつくばったまま、少年が拳を握りしめる。土壌が爪に食い込んだ。真紅の瞳には涙が溜まっている。
「クッ…しょ…松陽せんせえぇェ!」
 ボトリと懐から一冊の血跡のついた草色の教本が落ちる。もはや彼にはそれが己の血なのか、師の血なのか、それとも他の者のなのか、分からなかったし、分かりたくもなかった。

 燃え盛る炎。轟音と共に崩れ落ちる柱。
 見えるのは夕焼けにも似た色の火炎とそれに焼かれる、ついさっきまで自分たちが学び場としていた木造の建物だけ。



 過去が燃焼した日。
 彼らが親のように敬愛した師(せんせい)は、確かにその日に死んだ。





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