木犀の契り | ナノ



祝銀誕2012!
少し坂田が酷いことになってるけど大丈夫だとは思いま、す…。
――――――



 奇怪な形をした岩の聳え立つ場所があるはずだったが、そこがどこであるのか今更記憶している人はいないだろう。何年前のことだったか、確かそんな所で大きな戦があったはずだ。
 はてそれはどこの界隈だったか。だらりと桟の外に放り出した腕の先、緩く持っている猪口を眺めながら高杉は思った。映った半月が波瀾に揺れる。嘲笑われているような気がして、一気に酒を呷った。
 見上げた空に掛かるのは半分欠けた月。
 巻雲がその氷輪に紗を被せるようで、朧の狭間から漏れ出た月光は暗闇に生きる者には少々眩しかった。
 なァお前はいつ死ぬんだ。そこはかとなしに問うてみる。冷気を漂わせはじめた空気にぽつりと刹那の間だけ浮き、溶け込んでいった呟きは既に殺しから身を退いた男に届くことはない。

 秋は嫌いだ、とその男は言った。いつのことかは忘れたが、しかし彼はそう言った。自分の生まれた秋は嫌いだと、そう言った。自意識過剰になるのも大概にしやがれと鼻であしらったのだが、頭の中が甘いもので埋め尽くされているくせに中々自分という人に価値を見いだせない彼らしい解釈でもあると後々思った気がする。
 後援の坂本と右翼、左翼を固めた桂と高杉、そして先鋒の銀時。
「ニボシを食わんといつまで経ってと背は伸びないじゃよ」
 肩を叩いてきた頭一つ分は高い坂本の顔面に拳を入れてきた高杉はその日、岩場に身を潜ませ出動の頃合いを見計らっていた。身辺の隊士若干名を除けばあとの鬼兵隊は二、三人一組で近くに散在しているはずだ。小豆色の切り立った崖が日の光を鈍く反射する。悠々と流れる鱗雲から視線を下げれば前方の土煙立つ中心部に一点の白が目に留まった。
 少年の域をも抜けぬ身体つきで、顔で、鬼と見紛う咆哮を上げながら切り抜けていく。返り血の目立つ白地の陣羽織の裾を風に翻しながら後ろに退くことなど知らないそれの表情にはいつでも憎悪と悲歎と狂喜とが混ざり合っていて、不器用に繋ぎ合せたような感情の塊に高杉は少しおかしそうに口端を上げた。曇天もいいが日だまりの中の血溜まりが銀時には似合う。
「総督、」
 そろそろでは、と声を抑えて告げるのは高杉より一回りは歳の大きい男。鬼兵隊の隊士である。
 見遣れば天人の軍が崩れ始めていた。桂が右、高杉が左を錯乱し、坂本が迂回して中から撃つ。そんな坂本と数人の腕の立つ志士達は数刻前に崖の死角に隠れ回り込んでいるはずだ。先鋒の少人数部隊も体力の限界が訪れそうなところだ。確かに頃合いだろう。
 遠くへ離れる白い点を網膜に焼き付けつつ、重力を感じさせない動きで下の岩場へ着地した高杉は仲間のいるはずの崖に振り返った。
「ぉ、き、貴様はっ!」
 足軽紛いな具足を身に着けた天人の一人が叫びを上げる前に刀を引き抜きざまに首を掻き切る。噴き出す大量の鮮血を背景に高杉は喉を張り上げた。
「鬼兵隊、俺に続け!」
 水を打ったような沈黙の後には弾かれたように武器を携えた人間と天人が混じる。
 何気なしに遠方を窺えば桂の前にいた牛の頭をした大男の胴から上が崩れ落ちた。

 おかしい。どこがどういう風に、ということは分からない。ただおかしい。一薙ぎを避けることもできずにまともに受ける天人を見届け、後方に群がる固まりに視線を移しながら高杉は思った。作戦通りに敵も動いてくれるという都合のいいことなどないのは分かりきっているが、どう見てもこれは数が多すぎやしないか。
 唐突に爆発音が一帯を包み込んだ。はっと振り向いた先には幾重もの天人しかいない。
 先程部下を一人殺された。一、と数える。即死だった分苦痛は少なかったのが幸いだったかもしれない。命があるものであるならばそれの死はそれが誕生する時より酷く容易く一瞬にして起こる。交わり生を宿し育む長い時間と比べ、喉に、頭に腹に心臓、どこを刺そうと斬ろうと粘着質で執着するのが性なのか死神というものは数十秒にして迎えに来た。お前らも母が生んでくれたのだろうが。そう考えながら高杉はぬめる刀を心臓に突き刺しそれの握る匕首を左手で奪い取った。
 多い。先鋒部隊は何をしているのだと若干の苛立ちを覚えながら的確に頸動脈を切る。芋洗い状態の戦場ではむしろ短刀の方が身動きを取ることができた。先鋒部隊は…そう思い至ったところで思考が止まった。大砲の轟音が耳を劈く。それによる硝煙と土と血と錆びとの匂いが混ざりあって、臭かった。
 人の血肉で出来上がった泥濘の上にこの国の未来は立っているのか。
「煩ェ」
 小高い丘に駆けあがった高杉は辺りを見回した。桂との距離が少し縮まっている。大柄な天人の懐に潜り込み斬る桂は返り血で表情が定かではない。こころなしか薄笑いを浮かべているようにも見えた。その桂に、「高杉お前、戦場で笑うな。笑みの中に刀があるぞ」と母親面で諌められたことがあるのだが、お前も大概ではないかといつのことであるかもあやふやな過去に愚痴をこぼしたくなった。ここにこれだけの兵力が集えば坂本もさほど障碍なく進めるだろう。しかしいなかった。血に染まる白が、温かな銀がいない。銀時が、前に進むことしかできない白夜叉が、いなかったのだ。
 ピリリと左腕に痛みを感じ、一瞥を遣れば籠手の上部から肩まで裂けている。戦場に取り残されたのは使えない人間と、天人と、死骸。
 秋は嫌いか。自分の生まれた秋に人が死ぬのが嫌いか。


 ひょう、と風が吹く神無月の始め。枯葉の目立ち始める地を照らす既に逝った夏の残光と巡り訪れた秋の柔らかい空。八百万の神々がおわせぬ月はこんなにも穏やかで、暖かくて、残酷だ。

 これもまた一興であるかと頬の裏側が切れたのを感じながら銀時は他人事のように思った。脇腹を押える左腕は使いものにならない。指が掠るのは剥き出した己の骨。箸のように折る衝動に駆られたが触れると痛いのでやめた。
 これは確かに面白いものではあるなと、酷く冷静に自分を見下ろしている自分に気付いた時はどれくらい経った時であるのか銀時は分からなかった。正確な日付など知らないが自分の生まれた日に死ぬという、これほど面白いことはないではないか。
 人は生まれたからには死ぬことが定められているわけだから、それなら早くその日が来たほうがいい。大切な人ができる前に死ねば未練なんてない。既にそのような存在が自分のような奴にでもいるわけだから叶わないが、せめてその人たちが逝く前に逝けば悲しみはないだろう。
 生きて死ぬことがそんなに甘いわけがないということくらい、噛み分けたものだと思っていたのだが。
 少し前に爆発に巻き込まれたが、もっともその前に捨てる命はねーかと誘った先鋒部隊の殆どは既に息をしていなかった。それが爆発によって肉片が四散したがしかしそれに周辺に居合わせた天人の大半を道連れにしたということであれば得したものだと、出来るだけ客観的にと銀時は感情を押し留めながら立ち上がる。下卑た感嘆の声と共に笑いが漏れた。うっせーと言おうとするも代わりに咳と血が出る。
「天下の白夜叉様もこのザマか?」
 衰弱しているのを見て銀時を嘗め回すように近くに群がる天人を軋む腕で一人斬り、
「んなザマの人間様に、テメェらの仲間はこれか?」
 前のめりに倒れる頭を踏みつければ更に笑いが広がる。さも面白そうに尚笑いの止まらない天人に顔を歪めた。連動したのか傷口が酷く痛んだ。ともかく気道は焼けていないようだ。
「いい顔じゃねーか。もっと歪めてみせろよ」
 荒い紙やすりのようなしゃがれた声と共に数人が一斉に飛びかかってくる。動きたくないとごねる手足を無理に動かせばみしりと関節が音を立てる。肉を骨から剥ぎ取るような激痛に一瞬意識が飛んだと分かった頃には右肩に刃物が突き刺さり、地に倒れていた。背中に感じるのは皮肉にも銀時が切り殺した天人の身体。刀をぐいとねじり込まれる。やはり灰か何かが詰まっていたのかそれとも流石に限界なのか掠れた声にならない喘ぎだけが漏れる。血の味しかしない口の中で最悪だと舌先で転がすように繰り返した。へぇこれで死ぬのか。最悪だ。聞こえる者は誰もいない。その筈なのに聞き慣れた靴音が喧噪に混じって聞こえた。最悪だ。

「そいつは玩具じゃねェんだよ、いい大人だろうが。目ん玉付いてんならちゃんと見やがれ。…ああ、もうそいつぁ使いもんにならねェってな」
 物騒な台詞に銀時が目を開ければ人を食ったような表情の、要するにいつもの高杉の顔が必要以上に近くにあった。横を見れば天人の屍が律儀に積み上げられていて、それに言っていたのだと気付く。銀時の視線に気付いた高杉が触るのも嫌だったんだがなァとぼやいた。
「それよりテメェ、狸寝入りしてんじゃねェ」
「してねーよバカヤロー。というか天パが玩具みたいだなんて言うなヅラみたいなヅラにすっぞオイ」
 予想以上に声が出たことに目を瞬かせていればほら帰るぞ馬鹿と頭を叩かれた。撫でるように労わるように軽く、軽く。
「なんだよその幽霊でも見たような目は。手でも貸してやろうかァ?」
「っ誰がいるかボケェ…!」
 腕で身体を支えようと力を入れた先には麻痺したはずの痛みが鮮明に伝わる。図体デケェお前を背負うなんて今回きりだと垂れた腕を肩に回されながら早口で言われ、反論する間もなく背負われる。は、チビに背負われんのも今回きりだととりあえず返した。
「お前なぁ、とりあえずアレだ、ゆ、ゆぅ…うん分かるだろ低杉チビ助、アレだよ、あれはスタンドなんだよとりあえずそれを覚えろや」
 広々とした翼の鳥が飛んでいた。
 薄雲の流れる晴天を横切るのは雁だろうか。もうそんな季節なのかとほうけて銀時は空をそのまま眺め続ける。何しろ身体のどこを動かすにしても痛むのだ。はたと脇腹を見やれば高杉の袖と思われる布が巻かれていた。地には死だけが、その真上には雁が飛んでいる。
「鴻雁来だからなァ」
「何それ」
「だからテメェは馬鹿なんだよ銀時」

 もしも、と沈黙の末に高杉が口を開いたのはなんで生きてるんだろうなと銀時が呟いた後だった。
「人が生まれると同時にさ、死んでるんだよ。なんで生まれたんだよじゃあ」
 茨城いたじゃねーか、キャバクラ行く奴。あいつ今日死んだじゃねーか。
 何故残していく。何故殺すために彼らの生んだのだ。何故人として生まれた日に人の死を見届ける。それは人は独りで生まれおのおの独りにて滅びゆくからか。それは自分が残されるのを恐れているからか。その答えを容易く導き出すほどには穢れた世を生きすぎたし、それを否定するにも縋るにも、歳不相応に成長しすぎた。
 歩くだけの高杉の背中に切れていない側の頬を預ける。
 もしも。そして唐突にそう言う高杉の声がくぐもって銀時の片耳に響いた。
「もしも皆くたばっちまったらよォ…」
「それはやだ」
 皆とはどこからどこまでの皆かは知らないが、即答する銀時にまぁ聞けと高杉が宥める。
「そしたら俺はお前が死ぬまでぜってー死なねェよ」
「嘘吐け」
 小さな点のような本陣が見えた。指揮を執る桂と傍で笑う坂本のいつもの風景を想い出し、なんだか笑いとともに苦い何かが込み上げてくる。少々乾いた笑いだけが、鱗雲のそよぐ空の下に漏れた。便乗するように高杉もくつと声を出して笑う。
「法螺話じゃああるめェ。俺が死ぬならその前にお前を殺す」
 冷気を漂わせはじめた空気にぽつりと浮き、溶け込んでいった呟きに応えこそなかったが、確かにその耳に届いていたのだ。

 ぽっかりと浮かぶ欠けた月にふいと酒を飲みたくなった。
 銀時は屋根に腰掛けているのだが、下には神楽と泊りの新八が寝ている。一時間ほど前までは一階で騒いでいたのだが、今はまるで何も起こらなかったかのようにすべてが寝静まっている。真選組の近藤とどこからどう見ても桂にしか見えないキャプテンカツーラがどこをどうやってどういう経緯でロックとソウルを持って改革を起こすことについて意気投合した上に話に花を咲かせることができたのかは永遠の謎だが。
 夜の空気に冷やされた酒が喉を焼く。
 この前京に行った時に手持ち無沙汰なもんでなァ、菓子買ったんだが甘いらしいからおい銀時、いるか?桂に手当てをして貰っている時にいきなり頭にめがけて小粋な包みが投げつけられたのを今でも覚えている。
 拾い集めても元に戻ることはない欠けたカケラが一瞬だけ貼り合わさったように、蘇る。
 時が流れすぎたのか、それとも自分が進みすぎたのか。
 なぁお前はいつ死ぬつもりなんだよ。ふとそこはかとなしに問うてみた。お前が死ぬその前に、死んでやるからさ。
 時に思いを馳せるそれは遥か彼方に置いてきてしまった、遠すぎる昔。
 きっと自分達が求めたのは、たったそれだけのことだったのかもしれない。



 




2012・10/10


――――――
きっと貴方を追い越したいだけ。


こんなものではありますが、
貰って下さる勇気のある方がございましたら今月いっぱいはフリーですのでご自由にお持ち帰りください。
その際ご一報頂ければ管理人は舞い上がって小躍りを始めます←。
ちなみに実は坂本が戦を抜ける前の最後の誕生日だというどうでもいい裏設定があったりします。
最後に2X歳おめでとうございます坂田。





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