140 | ナノ



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(2015・1/18)
ふと思い立って草履を引っ掛けた、それにしては随分な長旅だ。大きな手に引かれて来た道、超えることはないと思っていた垣根は、小さな小さなものだった。与えられるよりも、与えること。教えられるよりも、考えること。全てはここに残っていた。全てはここに残してきた。それでも今でも刻まれている。頭に、この手この鼻に。椿の小径、ありし日の君。
/帰ってみても、いいんじゃない?
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(2014・8/12)
ことことこと。とんとんとん。夕陽のこがねと茜色が、包丁を握る手元を映す。煮えた鍋からふうわりと鼻腔をくすぐる匂いも相まって、それはとてもあたたかくやさしい。客間の中古テレビが飛ばす聞き古した冗句と扇風機がいびつに首を振る音。誰もが思い浮かべる夕餉前の穏やかな喧騒と静寂に不意に二つの足音が忍びよる。窓の反射を盗み見て、新八は気付かれないように小さく笑った。ああ、きっとここで振り返っては、いけないのだろうな。
/八っつぁんおめでとう!
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(2014・8/8)
頬に触れた指先の冷たさに、神楽はわずかに身震いした。しろい、傷痕だらけの、骨ばったおおきな手である。やさしく輪郭をたどる男の手を少女は引き寄せた。受け止め、引き止め、縋るように。けれど、だけれど、どれだけ強く握ろうとも体温が移ることはなく、地面に濃く滲んだ滴だけが結末を知らせる。
――「あれ、旦那とチャイナ。何やってるんですかィ?」
「「今際の際ごっこ」」
「…お前ら馬鹿だろ」
/こういう悪ふざけは大好きです。
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(2014・2/8)
うねるがらんどうの海は色を呑み込み、月のない空を雪が皓々と染めた。腕を回したこの背中は、熱を移してしまえばきっとすぐにでも溶け灯りの下で踊り狂う雪に浚われていく。消えるのだろう、きっと。ついには、お前も。訊ねる前に封じられた唇に心など宿さぬのにそれでも、ただ名残惜しい、だなんて。
――闇は黒いとはいったい誰が断言したのだ。夜さえ白いこの地は、その白さこそ闇だというのに。
/大雪だったので。イメージ的には銀高の高杉視点。
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(2013・12/31)
安らかに横たわるあなたを見つけた時、私の口は言葉を忘れた。あなたに伝えようと押入れの中で、そして押入れに収まらないほどになっても毎晩毎晩投げかけていたそれの代わりにあなたの、私たちに見せたこともないような親の慈しみに幼子の純真に、私はあなたの身に流れた時を知ってしまった。ずっとずっと一緒だとずっとの意味も考えずに口にしたいつかの思い出が今頃石に砂に風になったとしても、もういいのだ。もういい。永遠なら、すでにここにある。
――神楽。/未来
211字。万事屋よ永遠なれ。
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(2013・9/19)
大陸では団円の餅を家族の人数分だけ切ると言う。俺らは半分だな。笑いながら真っ直ぐ包丁を入れた人は随分と昔に消えた。自分を残して死ぬということ。その重さ軽さを彼はきっと知っていた。血と泥に濡れ転がり落ちた命の上を固めてできた世界。今宵も変わらず照らす丸い月を、今は六つに切り分ける。
――嫦娥が月に昇る時、翻った髪の色を誰が見ていただろう。/ 中秋の名月、お登勢
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(2013・8/10)
闇に輝く華の散るその瞬間、砂を撒くような雨の雪崩れるような音が好きだ。目は打ち上げられる火薬を追い、耳はどこかで余韻を探す。瞼を閉じて見るのが好きだ。下らねェと煙で花火を汚しながら吐き捨てるお前は、それでも、好きなのだろう。言葉にするよりも前にそれは、音になることすら拒否された。
東京湾花火大会と掛けて。
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(2013・7/26)
あなたがいなくなってからというものの、狭義的な世界は破滅し広義的な世界には変化などもたらさなかった、何も。変化を畏れるか望むかは終ぞわからぬまま、わからぬが追う者去る者刻む者捧ぐ者はあれどもあなたの栄光と尊厳と記憶と体温にまみれた、光はてなきこの地このみちをきっと、誰もかへらぬ。

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(2013・6/21)
かつての血に骨に、かつての命の上に思わず立ちすくむような儚さで咲く白昼夢、淡い青紫いろの花は雨に育まれいずれ雨に朽ちる。夏になると雨乞いをするらしいよ。で、雨が降りすぎると日照り乞い。随分気楽なもんだよな、人間って。柔らかい輪郭を持った囁きの先にぽつりと一言。嫌いじゃねーけどよ。
―…苔に覆われた碑を読むにはそこは屍すら残さない戦場の成れの果てだった。 / 夏至
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(2013・4/27)
血と泥と風と雨の匂いに誘われて対面した。野獣じみた獰猛な目に映るのは己と同じ景色ならば、そこから流れた、確かにひとだと裏付ける一筋も、己と同じ、己の代わり。「てめぇ、死ぬぞ」温度のない涙に一言、「ああ、死なない者なんぞ、おらぬ」過ぎぬ嵐などかのような残酷なことが、あってたまるか。
朧 嵐 / 涙の温度
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(2013・4/19)
人はどこからどこへゆく?同じ地を踏むこともなく同じ空を見ることもなく、嗚呼気付けば、もうそこにも、どこにもいない。記憶は繰り返し引っ張り出される度にすり減り、淡く残ったいびつな景色は霧でぼやけた山の輪郭ばかりたどっている。星になったというのは、効くね。でも、ここにいる。傍にいる。
ミツバ
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(2013・1/11)
どうせ去りゆくのに無様に引き留めるのが慰めで、それがひとの性というのならばその哀しき愛しき性へ。飛び去ってゆく半ば、既に浮いているものを糸如きで繋ぎとめようとするように、しずくとなり滴るその色水は静かな着地ではなく静かな離陸を手助けているのだ。何しろ皆のいる所は二つあるのだから。
神楽母へのお題 涙の温度
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(2013・1/1)
一日の計は晨にあり、一年の計は春にありとあなたは諳んじた。今年はこれをやってあれをやって。並べたてたものの結局は涙と焔とで遮られた視界が瞼の裏に焼き付いただけで。ちりちり積もる牡丹雪は渺小たるものだが気付けば銀色世界のそれは時が如く、もうほら、十何回目かの、明けましておめでとう。
お正月へのお題 牡丹雪 / 隙間だらけの視界
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(2012・12/3)
笑いというのは一番苦しんでいるものが発明したと読んだのはいつだろう。行燈が一つ、月の如く灯っている。もしたまたまそれを横切った影が貴方だと指させたのならば、貴方はまた笑うのか。かなわねえなんて頭の掻くのか。でも全てはあの時あの場所にいた貴方と、玄夜の風で消えぬ火種がいけないのだ。
山崎退へのお題 夜風 / 偶然という悲劇
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(2012・11/3)
君はいつも傘を持っていたね。思い出すのはその背中。覚束ない足取りで追い掛けた広い広い背中。霧のような雨の中、頬を伝う水の滴は確かに冷たくて、それを拭った君の手は暖かかった。心は存在していたのだ、君の心は確かに。それら全てが夢でありますように。さすれば君を、憎めるようになれるから。
神楽へのお題 小雨 / 夢でありますように http://shindanmaker.com/151602

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(2012・8/29)
縋るように手にする刃の切っ先は互いを捉えるはずではなかった。抉るように捉えるのは過去か未来かどちらも知りはしない。死ぬなら戦場で、荒野を墓場に。いつしかそう言ったのを想い出し、それを繰り返す。荒野を墓場に。無様に生え残った牙で夜明け前の暗闇を切り裂き、慟哭に似た咆哮を上げながら。
高銀へのお題 夜明け前 / 死に場所は荒野 http://shindanmaker.com/151602

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(2012・8/19)
見上げた蒼穹は痛いほど眩しいのに頬を打つのは雨だ。「のう陸奥」挑むように空とその先を見据える彼は鉄錆の匂いを纏っていた。自分は無垢な笑みを浮かべる彼しか知らない。「わしと宙に行かんがか」自分は彼を知らない。まるで狂うのはさだめであるように、もしくは単なる狐の嫁入りか。彼は笑った。
陸奥へのお題 狐の嫁入り / 狂うさだめでした http://shindanmaker.com/151602

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(2012・8/8)
その結晶は水と化しながら肌を滑っていく。「あんたはまだなんにも知らないんですねィ…」溶けきれないそれを愛でるように撫でた。まだ何色にも染まっていないそれはだから何者にも臆面しない。「泥に塗れて這いずり回って下せぇよ」そしたらまた来い。どちらがより汚れているか、比べようじゃないか。
沖田へのお題 風花 / 飴と鞭と無知と無恥 http://shindanmaker.com/151602

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(2012・7/21)
時が流れるのではない。この世の時以外の全てが時から離れて行くのだ。もし当てもなく途方もなく全速力で追い掛け絶望し嘲笑い無念の中に沈睡するならば、いっそまだ夢と呼べた無様な塊を後生大事に握り締めていた頃に死にたい。そう言ったら、貴方は笑うだろうか。貴方はまだ、笑ってくれるだろうか。
流星群 / 今が幸せだから今●●てくれないか(今が幸せだから今殺してくれないか)
http://shindanmaker.com/151602
前半はどっかで読んだ。後半は私の本音。

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(2012・6/20)
「勝てば天国負ければ地獄…だってよ」無気力に言ってのけた部下は何をも俯瞰し、臆さない。「聞いてるのか馬鹿提督よぅ」彼が見下ろすのは自身の長。まだ幼さを残す少年。幼い故に、血に従順な故に残酷な子供。「でもね阿武兎…俺はまだどっちにも行きたくないよ」だってもっともっと、俗世の日々を。
阿武兎。冒頭のフレーズを使いかっただけ。

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(2012・6/4)
何かを誤魔化すのはのは苦手と言えばそうだし、得意と言ってもそうである。要は相手だ。「いやだなぁ、何のことかさっぱり分からないヨ」笑顔が寒々しい。爽やかすぎて、むなしい。ふざけるなと言われても、彼は笑う。蒼穹と喩えるには汚れすぎた目を細めて嗤う。「…俺は笑ってなんかいないよ」と。
神威へのお題 青空 / 笑うな、嗤え http://shindanmaker.com/151602


(突如湧いたネタだとか練習だとか唐突な衝動等々)