焼失点 十一 | ナノ



 十一


 焼け焦げ、黒炭と化した木々と、外側の火災を免れた枯木が外側からは、幾重にも折り重なって進入を拒絶するように見えた。
 近藤がついた時にはもう、現場を囲むようにしてテープが張られてあった。片手を挙げ、直立状態の隊士に一言断ると、テープの下から潜って一般人立ち入り禁止区域に踏み入る。労いの言葉を掛ければ疲れにより無表情だった隊士の顔が僅かにほころんだようにも見えた。残業の父親を眠気と戦いながらも帰ってくるまで待った子供の、ささやかな誇らしさの混じった表情だ。
 坂の上にあるのもあってか、予想以上に敷地面積が広く感じられた。資料で読んだ300000平方メートルの概念がいまいちピンと来なかった、というものある。およそ五百メートル掛ける六百メートル四方の長方形だ。
 来る前に読んだ資料を思い出しながら、近藤は今の病院の状況と対比する。
 緑は割と多かったらしい。青々と、いっそ不似合いなほど生い茂った草木を包む様にして病院棟の建築材料の飛び散った灰が覆いかぶさっている。
 そこを隊士達が慎重に歩く。取り残された人員の救助が大方終わった、その表情は先程屯所に報告しに来た山崎ほど硬くはなかった。
 時々指示を出しながら全体の様子を把握するため近藤が入ってきたところの反対側、正門の辺りに来た時、聞き覚えのある、しかし真選組の隊士ではない声が届いた。

「新八お前地図もっかい確認しろ。これで読み間違えでした、つっても洒落になんねーぞ。」
「時間と体力返せヨこら。」
「いや僕が悪い感じになってんのこれ?」
 新八の口調には半ば呆れも含んでいる。そうアルお前が悪いネ眼鏡、と神楽が言い切った。
 何度も皺くちゃの、押入れから引っ張り出したであろう地図を眼鏡に押し当て、細かい字を確認した。ありがちな似たような感じの違いも、同じような読みのような落とし穴もない。
 しかし視線を現実に戻すと、目の前にあるのは紛れもなく硝煙の廃墟。更に鮮やかな黄色のテープは胸の高さほどで張られていて、そこには大きく「一般人立ち入り禁止」との言葉が印刷されている。
「...依頼、パーアルか?」
 感情の抜けた、悟りの一つでも開いたような表情で神楽が呟いた。
「神楽、夢は何処までも追うものだ。」
 励ましているようだが、銀時の目も据わりきっている。安っぽい夢だな、と新八がボソリと言う。お通ちゃんのニューシングル、と絶望を含んだ口調で付け加えるのも忘れない。それも十分に安い夢ですよ、と松陽が述べた。
 再び無残なほどの焼け跡に目を向け、松陽はわずかに瞠目した。
 そして、向こう側から近づいてくる人影。
 あれ?人影?え?近づいてくる?
「おー奇遇だな義弟よ!そして万事屋にチャイナさんと...?」
 今日も今日とて腕を大きく広げ、駆けて来るゴリ...ゲフンゲフン...ストーカー...あーもう面倒だからゴリラでいいよもうそれでいいじゃん!ともかくゴリラが近くまで来た。隠そうともせずに新八が無表情になる。
「誰が義弟だテメーいい加減にしろよ。近藤さん、おはようございます。」
 切り替わった!すっぱり切り替わったよこの子!と珍しく銀時がツッコミを入れたところで神楽が手を軽く振った。
「あ、ゴリラネ!とうとうジャングルに帰ることに決心がついたアルか?」
「いやジャングルってどこなの神楽ちゃん。」
「コンクリートと鉄のジャングルヨ。」
「ウマイ!うまいけどそんなんいらないから。」
 一通りボケを裁くと新八は今更気が付いたように、ここどうしたんですか、と近藤に振り向きながら聞く。黄色いテープ越しの会話だった。
「ああ、昨日爆発したみたいでな。もうニュースにもなってる頃だと思うけど...」
 確か取材許可したからな、と近藤は顎を擦る。万事屋は今日まだテレビをつけていないことを思い出し、そういえば俺のオアシス結野アナのブラック正座占い見逃した!と銀時が悲鳴にも似た叫びを上げた。死にはしないネと神楽が冷たく一蹴する。ヒュウと、タイミングを計ったかのように風が五人、いや、四人と一匹の間を駆け抜ける。枝だけとなった木々があおられ、空々しくそよいだ。
「とりあえず、どこかに座ろうか。」
 沈黙の後、テープを潜りながら近藤が提案した。
「あれ近藤さん仕事は?」
「視察は大体終わったからちょっとくらい神様も許してくれるって。」
 俺が奢るよ、と言いながら近藤が階段を降りていく。いやそれ神様が許しても土方さんが許しませんよと、近藤の背中に向かって新八は呟いた。

「あの、こちらは?」
 団子屋で一段落したところで、ボケとツッコミの繰り返される会話についていけなかった松陽が近藤のことを尋ねた。そういえば、と銀時が紹介する。
「ほら、今朝会った多串くんと総一郎くんの上司で真選組の局長、近藤勲。」
「万事屋、お前俺の本名知ってたんだな!」
「通称ストーカー。ゴリラは綽名とかそういうんじゃなくて事実だから。」
「万事屋、お前わざとだろ!絶対わざとだろ!」
 へー、今時ゴリラも人語が喋れるなんて、賢いゴリラさんですね、とまだこの時代の事情をよく理解していない松陽が微笑みながら近藤の頭を撫でようとする。いや幾ら天人が我が物顔で地球を歩こうが侍が刀を失おうが、本物のゴリラが人語を話せるわけありません。律儀に新八が心の中でツッこむが、口には出さなかった。
「あなたは?」
 お人好しだと一目で分かる朗らかな笑みと共に近藤が聞いた。その表情に悪意など間違っても含まれて居ない。疑うことを知らない子供のような純粋さに、土方然り沖田然り、アクの強い真選組の面々が惹かれているのだろう。それでも姉上は渡しませんけどね、と新八は決心するが。
「銀ちゃんの先生アルヨ。」
 ね、センセー、と頭を撫でてもらっている神楽は松陽にかなり懐いている。松陽も満更ではない。村塾では男の子ばっかりでしたからねぇ、女の子もかわいいですねぇ。のほほんと、神楽の赤橙色の前髪を梳いた。
「あ、もしかして吉田さんですか?」
 神楽と松陽のやり取りを眺めていた近藤がふと閃いたように言葉を発すれば、銀時は怪訝そうに首を傾げ、そして探ったのかと、近藤を睨んだ。視線に気付いた近藤が慌てて、トシに聞いたんだと弁解する。
「朝屯所で今にも寝そうなトシと入れ違って、万事屋の先生の吉田って人に総悟と会ってきたって一言告げて自室に引きこもったよ。」
「沖田さんは巡回ですか?」
「うん、総悟は見回り(サボり)だと思う。」
「今なんか副音声が聞こえたんですけど?」
 団子の刺した串をこちらにビシッと向ける新八と奢りだということをいいことにひたすら団子を貪る銀時と神楽と、端に座ってニコニコしている松陽を横目にとにかく、と近藤は無理やり話しを戻した。
「まー万事屋の先生は俺達の先生でもあるわけだ!」
「どこから来るの?その確信。関係なくね?」
 というかお前らが血眼になって捕まえようとしてる桂と高杉の先生でもあるんですけどその前に。流れに乗って危うく出そうになった言葉を慌てて飲み込むように更に銀時は団子をほお張った。ちなみに、餡子が団子が見えなくなるほどかけられている。一見、海鼠のようだ。
 心なしか、周りの客が遠ざかって座っているようが気がする。道行く人の顔は間違いなく青ざめていた。元々皮膚の青い天人でさえ、青を越して紫色になったように見えた。ここに土方がいて、マヨをふんだんにかけていたら、天人の顔色は白になるはずだ。
 そんな団子(らしきもの)を目の当たりにすれば食欲は落ちるが、既に慣れたものなのでその異常性を咎める者は誰もいない。新八は食べる気のなくなった団子に目を向けた。
「でも、依頼、水の泡ですかね...」
 依頼?と近藤がすばやく反応する。
「入ったんだな、珍しく。」
「嫌味はやめてください。」
 ジト目で近藤を流し見ればすかさずすまんすまんと手を振られた。
「悩みはお義兄さんに言ってみなさい!必ず受け止めてやる!」
 ドンと胸を叩き、両手を大きく広げた近藤がゴリラと重なった見えた、なんてのはいつものことだ。何あそこのオッサン、キモい、と道端の若い女の子の囁きと刺すような視線に新八は本当に肌を針で突かれるような錯覚に囚われた。

 串をカタン皿に戻した近藤が立ち上がる。財布を取り出した手が若干震えていたのは見なかったことにしようと新八は心に決めた。
「もし、携帯を見つけたら渡すよ。」義弟に頼ってもらえたこと(妄想)に目尻を下げる反面、わずかに困ったように眉を寄せた。「期待はしないでくれ。」
 随分と野口さんと諭吉さんの減った財布をしまいながら、じゃ現場に戻らないと、と近藤が踵を返す。
 ありがとうございましたと松陽が律儀に頭を下げ、よろしくお願いしますと新八が付け足した。
 それを聞き、おお義弟よ!と涙ぐむ近藤が鬱陶しかったので、新八は、あ、近藤さん、と呼び止めた。そして今朝姉がいっそ爽やかに微笑みながら零していたことを言う。
「姉上がまた布団を敷く畳の真下に潜んでる馬鹿を見つけたら地獄を見させるって、言ってましたよ、朝。」
 この場合の地獄はおそらく本物の地獄だろう。

 両手を頭の後ろで組み、銀時間がふらふらと駅に向かって歩く。近づくにつれ、人口密度も高くなっていく。見失わないように新八が銀時の後ろに引っ付き、松陽が神楽の手を繋いだ。
 五倍の依頼達成金が手から掏り落ちていくのを目の当たりにして、誰もが、主に万事屋三人は落胆を超してどこか放心していた。元からこのような件など存在しなければ気に掛けることもなかったのに、一度虫のいい話しを持ち掛けられれば期待と比例して失望も大きくなるもの。まるで呪いの言葉のようにお通ちゃんニューシングル、お通ちゃんのライブ、と新八は繰り返し呟いていた。お通ちゃんって誰ですかと松陽に聞かれれば、いつ、どう着替えたかは謎だが新八は一瞬で親衛隊の服装となり、寺門通とはなんたるか、その偉大さと可愛さを延々と説き始めたのだ。
 ところで、と松陽が切り出したのはどうにか電車で全員分の席を確保し、その規則正しい揺れに瞼が閉じかけそうな時だった。神楽は松陽に寄りかかり既に夢の中で、「定春7086号〜」などと唸っている。新八は少し離れているところに座ったので雑音に掻き消され聞こえていない。
「ん?」
「あの病院、行ったことありました?」
「いや、通うとしたら俺大江戸病院だから。」
 糖尿予備軍だし。小声で会話を交わせば、やっぱり、と松陽が眉間を押さえた。やはり甘味は量を抑えるべきでした。
「そういうのではなく、もっと昔、私が“生きていた”頃には、という話なんですけど。」
「知らねー。先生はよく江戸に講義に来てたからその時かもしれないけど、誰もついてかなかったし。」
 ぶら下がっているポスターや広告に目をやると某々俳優、モデルのスキャンダル記事が大きく吹き出しに書かれている。さっきの病院、と銀時が考えようとするが、何せ元の外見も分からなかった。
「でも新八によるとその病院、設立されたの十五年前だってよ。」
 あれ、十五年前?銀時の記憶が間違っていなければ松陽は十五年前に“死んだ”ことになっている。師がこの病院に立ち寄るのは不可能だ。最もその後の記憶が消えているので定かではないが、消えている記憶に覚えのあるわけがない。
 他の広告を眺めれば、寺門通のシングルライブの日時が記されていて、チケット残り僅か!とポップ体で強調されている。新八はそれを苦々しく凝視していて、銀時は思わず憐れんだ眼差しを送った。
「やはりデジャヴというのですかね。」
 今のは忘れてください。にこやかに松陽は笑い、今日の夕食、手伝いましょうかと尋ねた。

 黒々とした木々がやはり己の侵入を拒絶しているようで、近藤は苦笑をこぼしながら階段を上った。中ほどまで行ったところで、慌しく隊士が駆け寄ってきた。確か、十番隊の稲山だ。
「局長!大変です!」
「どうした?」
 大変だという言葉に近藤は駆け足になり、稲山もそれに従い踵を返した。
「とにかくちょっと来てください!穴が、ものっそいデカい穴が!」
 どうやら人命に関わるものではなかったようで、(もし人命に関わるものでも近藤一人で解決できるわけではないが、)近藤は稲山を止めた。先に説明してくれと言えば、とにかく来てくださいと繰り返される。
 穴だ。
 まさにものっそいデカい穴だった。
 建物のあった場所の真下にまるで地面が吸い込まれたかのような、きれいな立方体の穴が開いていた。

 くるくるくるくると、わた雲が縺れる。


綿





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