焼失点 九 | ナノ



 九


 まだ夜が明けて間もない頃に屯所に騒音で近所迷惑との通報が来た。朝っぱらから騒がれておちおち寝てられないと夜の商売をやってるであろう通報人で、普段なら適当に受け流し、そのまま無視して、というかお前が朝っぱらから通報すんなよ昨日夜勤だったんだよ俺だって疲労が溜まってるわ寝たいわと一喝して切るのだが、今回はその騒音元が「桂小太郎ですけど!」と叫んでたのが悪かった。
 土方はチッと一つ舌打ちし、隊士を集合させてる間、煙草に火を付け一服した。吐き出される煙と息と煙草の先から流れる紫煙がそのまま早朝の寒空に昇り消える。隊士に指示を出しながら、そして朝一に行われる沖田の土方暗殺計画を今日も今日とて阻止し、パトカーに乗り込んだ。
「場所は万事屋か。やっぱり野郎、桂と関連があるんじゃねェのか?」
 山崎が簡単にメモを取った紙を読み返しながら土方は思わず眉を顰める。以前攘夷活動を行ってるか否かは白と判断されたがこれほどにまで頻繁に桂が万事屋で目撃されたとなればしょっぴくことはできないものの親密な繋がりがあるとして事情を聞いた方がいいかもしれない。聞いた所でどうせうまい具合にはぐらされるのは目に見えているが。まぁ面倒だし夜勤で眠いし今日はいいだろう。そこまで考えて土方は俺は総悟かと自分でツッこんだ。
「それにしても桂は馬鹿なんですかねィ。公で堂々と本名を叫ぶなんざ捕まえてくださいって言ってるようなモンですぜィ。」
 メモを隣から覗き込んだ沖田が若干楽しそうに言う。一瞬、その馬鹿を捕まえるのに四苦八苦してるお前は…との思考が浮かんだが人に言えたことじゃないので、そうだなと相槌を打っておいた。
「ま、俺の目標は昔も今も土方コノヤローを叩き落として次期副長の座を確保することでさァ。というわけで今回は有耶無耶の中俺に殺されて下せぇ。」
 オイィ!知ってたけど誰もテメーの物騒な夢なんざ聞いちゃいねぇ!つーかというわけってなんだというわけって?!関連性なくね?てか結局俺はお前の手に掛かるのかよ総悟ォ!
 そんな土方の虚しい心の叫びはパトカーのサイレンに掻き消された。

 そして万事屋の扉を蹴り破り今に至るのである。
 階下は包囲した。裏通りも塞き止めた。山崎はお登勢にお詫びに行っている。しかし憎たらしい捨て文句を残されまたしも桂を逃がした。おちょくられたことにより怒りと悔しさはあるがそれよりも最近は既視感と諦めを感じるは気のせいだろうか。
 視界は晴れたがんまい棒の濃い匂いが室内を充満している。盛大に巻き込まれた銀時の咳き込みが落ち着いたのを見計らって土方が問いかけた。
「おい、桂は何時からここに居た?」
「え?鬘?ウチに鬘なんてありましたっけ?ってなんでそんな私事情まで知ってんだよコノヤロー。お巡りさーん、ここにストーカーが居まーす!」
 壊れた扉の外に向かって銀時が両手でメガホンの形を作り大声でお巡りさんを呼ぶ。
「白々しいぞ万事屋。というか俺達が警察だ。」
「うわーそんな日頃から瞳孔開いてる物騒なニコチン中毒のマヨラーが警察なんて世も末だなオイ税金泥棒が。」
 土方のこめかみが引き攣る。
「そんな警察でも万年金欠の仕事がロクに来なくて平日の間っ昼間からソファーでゴロゴロしてる奴よりかはマシなんだよ。」
 銀時のニヤけた顔が凍った。
 テメーッ、と声を絞り出す。
「「ンだとやんのかコラァ!」」
 互いが互いの胸ぐらを掴む。
 お登勢に詫びをして来た山崎がアチャーと額を押さえ目を伏せた。沖田がいかにもサディスティックに目を細め興味津津といった風体で観察している。ついでに後ろに控える隊士たちに解散の号令を掛けると各々睡眠を取りに、また業務を始めるべく屯所に戻ったり、そのまま巡回路線に入ったりと散り散りになった。
 あの、沖田隊長はどうするんスかと隊士の一人が恐る恐る尋ねる。俺?俺はもう少し、土方のクソヤローが腐り落ちるまで見物しまさァ。そしてニィと腹黒さを隠しもしないいっそ清々しいほどのきれいな笑みを浮かべた。

「お取り込み中すみません。」
 ふと静かな、しかし騒然とした中でよく通る声が耳を打った。
「片付けないといけないんで、ここで喧嘩するのは止めてもらえませんかね?」
 玄関先では近所迷惑も甚だしいですし、あと銀時、お前も手伝いなさい。
 至って丁寧な口調に滲み出る有無を言わせぬ言葉。土方は銀時の胸ぐらを掴んだ手を緩め、居間へと目を向けた。沖田も初めてその存在を認識したようで、僅かに瞠目しながらその人物を見る。
 見た目は二十代後半から三十代、しかし落ち着いた物言いと佇まい、そして服装からは老成した雰囲気を漂わせ、これが還暦を迎えた老人だと言われてもシックリ来るような気がした。色素の薄い背に掛かる長髪もその印象に拍車を掛けている。本当に老人で肌の調子が特別にいいだけなのか、はたまたその歳でそれ以上の経験をしたのか。
 土方にはよく分からなかったが恐らく後者だ。
「あ、先生。」
 銀時の声に土方の肩が跳ね、我に返った。この万事屋が先生と呼ぶ不思議な空気を纏う人は目の前にいるのに何所か遠くに居るように霞がかって見える。暫く茫然と立っていた土方は酷く儚い残像を見ているような錯覚陥った。目を擦り、あの万事屋に学があったなんてなと他愛もないことを考えていると何時の間にか銀時が土方の胸ぐらを離し、居間へと入って行った。
「ごめん、今片付ける。」
 そして普段からは想像できないほどの素直さに更に驚いた。例え99%は明らかに己に非があっても残りの1%に全身全霊を掛けて謝らない人だ。それに吃驚したのは沖田も同じらしく、旦那、と呼び止めた。
「その御仁は誰なんですかィ?」
「俺の先生。」
 いやそれはさっきの会話から察したわ。思わずツッコミそうになるのを辛うじて喉元で飲み込み、土方は、え?先生?と投げかけた。
「そ、先生。」
 しかし銀時はそれ以上説明する気はないのか、先程言ったことを繰り返すだけだ。
 これで話しは終わりだとでも言うように背を向けた銀時に松陽はあの方達は、と問いかける。
「ん?武装警察真選組の副長の多串くんと一番隊隊長の総一郎くん。」
 気だるげに寝むたそうに答えると銀時は何所からとなく箒を取り出す。
「誰が多串だテメーは土方をおおぐしと読むのか、アァ?」
「旦那〜、総悟でさァ。」
 もはや決まり事のような常套句。
 そうですかと納得した松陽は、
「折角ですし上がってください。」
 と微笑みを浮かべる。長年の経験からかその笑みの真意を悟ったのか銀時はそーそーと口角を上げた。
「お宅らが来たせいでヅラがんまい棒投げたんだ。片付け、手伝わねェとは言わせねェぞ。」
 種類の違う笑い方なのに、顔を見合わせまた玄関に振りかえった師弟は悪戯に成功した子供のようで表情が全くと言っていいほど同じで、土方はやはり夜勤で疲れすぎて見間違えたのではと目を強く擦った。

 天気は朗らかな冬晴れ。刺すような鋭く冷たい空気はしかし酷く透明で澄んでいる。
 そんな凍てつく空気が開け放たれた窓から入ってくる。
 どうにも落ち着かなくて土方は煙草を一本取り出しマヨネーズ型ライターで火を付けようとしたが、もう既にんまい棒の匂いで充満してんだから更に汚すなとの言い分の銀時とその傍らで沖田が受動喫煙って言葉知ってるんですかィ?あれ周りの人に危険ですよ?責任取れんのか土方?とわざとらしく顔をしかめるので仕方なくライターを仕舞った。こンのドSコンビがと土方は心底舌打ちしたのは果たして何度目か。
 残ったんまい棒を掃き取り、消臭スプレーなり芳香剤なり使ったものの、強烈な鎖羅魅味の匂いはしつこく家具や床に残っている。
 神楽も起き出し掃除が終わり松陽が茶を淹れたことで土方と沖田は大人しくソファーに座っていた。
 土方の対面で湯呑みをコトリと置いた松陽。それが合図のようにして申し訳程度に修理した扉が開いた。因みに修繕代はきっちり真選組に請求することになっている。
「銀さん神楽ちゃん、あと吉田さんおはようございま〜す!」
 居間まで足を運び中の様子を目の当たりにした新八は僅かに固まったがすぐにいつもの様に笑いかけた。
「あ、真選組の皆さん来てたんですね。朝からのお勤めご苦労さまです。」
「今日は遅かったアルナ新八。」
「神楽ちゃんが起きるのが早かっただけでしょ。珍しいこともあるんだね。」
「寝不足は美容の大敵アル!メガネの癖にいちゃこら付けてんじゃねェよだからお前は新一じゃなくて何時までも新八なんだよ。」
 容赦ない毒舌が飛ぶ。
 僕は生まれた時から新八だけど。苦笑する新八。そういえば万事屋(ここ)で働くようになってから色々開き直った。それにしても、と続ける。
「今日はどうしたんですか土方さんに沖田さん?」
「此処に桂がいると通報を受けましてねィ。と言っても騒音被害だったんですけど土方バカヤローが逃しちまって...」
 慌てて土方が待ったを掛けた。色々と不穏な台詞が飛び回っている気がする。しかも土方○○ヤローにバリエーションが出来ているのは過労による幻聞だろうか。というか幻聞であってくれ。
「取り逃がしたのはお前も同じじゃねェか総悟!」
「まぁた土方さんは短気なのがいけねェや。」
 総悟ォ!何時もの応酬を始めた真選組の二人を背にちょいちょいと新八が神楽の服を引っ張った。
 土方と沖田を横目にひそひそと囁き合う。今日桂さん来てたの?来てたネ、もうすっごい夜明けから来てて私の安眠を妨害したアル。そんな早くから?そうヨ、銀ちゃんもセンセーもそれで起こされちゃったネ。そっか、だから早かったんだ。煩かったから取りあえず枕飛ばしておいたヨ。オイぃ!それ俺に当たったんだけど枕とは思えない凶器だったぞマジで座り込んで意識飛びかけたぞヅラに当たらなかったのはともかくどうしてくれんだよ神楽!あ、それ銀さんに当たったんですか。
 飛び交う会話の内容を聞きながら松陽が一人ソファーに座り茶を飲んだ。
「あ、吉田さんなんかいきなり騒がしくなってすいません。」
 それに気づいた新八が軽く頭を下げ、松陽がいいえ、楽しそうでこっちまでが嬉しくなりますと本当に嬉しそうに微笑んだ。
 沖田からの嫌味やからかいを徹底的に無視し土方が茶を口に含んで何とか気を静める。吉田、吉田と何回も脳内で反芻した。どうにも耳慣れしていた。吉田なんて有り触れた苗字だがそれとは違う気がする。今目の前のこの陽炎のような何時でも消え入りそうな人物と照らし合わせると吉田と言う単語は妙に聞き覚えがあったのだ。
 考え入ると突如にして割れるような裂けるような刺すような、そんな激しい頭痛に見舞われ、そういえば夜は一睡もしていなかったと今更ながら思い出した。
 すっかり馴染んで松陽と談笑している沖田を行くぞと突く。
「悪ィ、邪魔したな。」
 軽く会釈して土方は玄関へと向かう。その後に沖田が続いた。
「邪魔したと思ってんなら二度と来んなよ!」
 背後からそんな声がしたので、とりあえず振り返って睨んだ。
 そんな視線をものともせず、だが松陽が「失礼ですよ。」と咎めると途端に不良少年のようにそっぽを向く。それがなんだか可笑しくて思わず吹き出すと何だよと反対に睨まれた。
「今度来た時は酢昆布一年分持って来るヨロシ!」
 続いて神楽が言う。誰が好き好んでお前の所なんかに行くか。テメ―には言ってないヨサド野郎が!お前は酢昆布十年分なら考えとくアル。死ねと沖田が罵った。
「大概図々しくなったなお前も。あ、元からか。」
 感嘆したように銀時がへらりと笑って。
「なに言ってるの神楽ちゃん。僕は出来たらお通ちゃんのサイン入りニューアルバムが欲しいです。」
 何気なく新八も要求を付ける。こちとらサンタじゃねぇんだよと土方は心中ごちた。

 やはり室外だけあって寒い。当たり前のように煙草を取り出した土方は迷うことなく屯所へと足を運んだ。先ほど万事屋で見た吉田という人物についても調べたいが今はとにかく寝たい。すぐにでも布団にタイブしたい。例えそれが冷えててもいいから。
 沖田は巡回(という名のサボり)に行くと言い出し、サボるんじゃねぇぞと釘は打っておいたが多分恐らく絶対に聞かない。
 常備してる通信機からザーッと砂音がする。こちら土方、ともはや条件反射で応えた。
「こちら山崎。ホシの場所を掴めました。」
 ああそういえば何所かの病院が爆発して被害が甚大だった。テロとして調べてるんだと土方は段々と回らなくなる頭で思い出す。
「取りあえず近藤さんと総悟に知らせろ。あと病院の詳細を調べろ。続けて探りを頼んだ。」
「分かりました。副長は...?」
「俺は今日非番だ。とりあえず今は寝かせろ。」
 だるい口調から何かを悟った山崎は一言失礼しますと残し通信を切った。
 一口吸うと煙が肺を侵食していくのが分かる。吸いこんだのは酸素とニコチンと冷たい空気で、はぁと吐き出したのは煙草の煙と白い息と。それらが酷く透明で澄んでいる空気に溶け込み青空に吸い込まれていく。連日降った雪がまだ道端に積もっていて日差しを反射しかなり眩しい。とりあえず今は寝たかった。



 





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