焼失点 八 | ナノ



 八


 鳥の囀りと共に夜のかぶき町が姿を潜める。黎明の前の暗闇を経て、夜明けが来る。
 闇は長すぎて、濃すぎて、そして。
 太陽が、上った。
 目は覚めたものの、まだ夢と現の間を彷徨っていた。光の眩しさに耐えながら銀時は目を開け、横に向いた。靄が張ってあるかのように周りは朦朧としている。数回瞬きをし、そして目を擦るといくらか視界ははっきりとしてきて、隣に敷いてある布団に松陽がいることを確認した。ついでに時計に目を見やりまだ六時半だということを知って安心する。
 もう一回寝ようと寝返りを打った矢先、呼び鈴が鳴った。新聞勘誘と家賃催促以外ではめったに鳴ることのない音だ。家賃は先日やっと耳を揃えて返済したわけだし、こんな早朝から新聞の配達とは仕事熱心なこったと未だに回らない頭で考える。ん、待てよ。まだ毎回毎回呼んでもないのに律儀に呼び鈴を鳴らす奴がいる。そのことに気づくや否や、タイミングを合わせたかのように声がした。
「銀時くんいますか〜?」
 無視だ。布団を深く被り、勝手に無視を決め込む。
「すいませ〜ん、桂ですけど〜!」
 声高々と戸の外で桂が呼ぶ。それに驚いたのか、屋根に止まっていた雀が一気に飛び立った。バサバサと羽根の音がやけに耳に着くが、それでも聞こえなかったことにする。それほど眠かったのだ。というか面倒事に関わりたくなかったのも本音だが。
「桂ですけど!銀時くんいますか!」
 いっそ絶叫になっている声に耳を押さえながらふるふると銀時が立ち上がった。隣に目を配らせると松陽はまだ寝息を立てていた。それはそれで吃驚だが、あぁそういえば低血圧だったなと思い出す。

「桂小太郎ですけどー!」
「うるせェェ!お前黙ってくんない?そして自分が指名手配犯だという自覚を持て!」
 ガシャン!建て付けの悪い扉が軋んだ。成された風に鬱陶しいだけの無駄に髪質のいい長髪が靡く。桂は一瞬だけ目を瞠ったものの、すぐに仏頂面に戻り、そして淡々と告げた。
「おぉ起きてたのか銀時。俺はてっきりお前がまだ寝ているのかと思ってたぞ。」
「思ってんならこんな早く来んな。あぁそうですとも寝てましたよ。ったくどいつもこいつも俺の久々の安眠妨害しやがって…」
「静かにせんか。リーダーが起きるだろう。」
 いかにも嫌そうに寝癖でいつも以上に自由に跳ねている天パを更にわしゃわしゃと掻き回す銀時に桂が眉を顰めながら注意する。銀時はそれにチッと舌打ちすると玄関の壁にいかにもダルそうに寄りかかった。
「お前が静かにしろや。大体神楽はなぁ、図太いからこれくらいの騒音で起きるわけ…ぶはッ!」
 喋り終わるのも許さずに白い塊が銀時の顔面に直撃した。凶器と化した枕から煙が上がり、銀時はずるずるとその場に座りこむ。
「…レディに図太い…むにゅ…は禁…句ネ…」
「てめッ神楽!」
 跳ね起きざまに怒鳴りつけるのを桂は大げさに溜め息した。これは成長してないことを嘆くべきなのか、何時になっても変わらないことを喜ぶべきなのか。来る度にこの応酬は繰り返される。
「ほら目を覚ましてしまったではないか。」
「何人事みたいに言ってんだよ。って神楽寝てるし…寝言だったし…」
「まぁどうでもいいが、上がらせてもらうぞ。」
「うわこいつ今までの会話全て流したよ無かったことにしてるよ他人に擦り付けてるよウザッ。」
「静かにせんか。リーダーが起きるだろう。」
「それさっき聞いたってかお前が静かにしろや。あ、さっきも俺それ言ったわ。」
 何この無限ループ?と思わず銀時が頭を抱えると、襖の開く乾いた音がしてきた。
「二人とも静かにすることもできないのですか?」
「「はいすいませんでした。」」
 あくまでも穏やかな平坦な声で、しかしそれが更に恐怖を駆りたてた。もはや条件反射で謝り、恐る恐る振り返ると松陽は若干寝ぼけた姿だったが不機嫌なオーラを禍々しく纏っていた。
 外は今陽がサンサンとしていて、その朝日の下を小鳥が飛び跳ねて、朝帰りオッサンが千鳥足で足を縺れさせながら歩いて、それをマセた寺小屋に通学中のガキが氷点下の冷めた目で見てるんだろうなぁ…なんてあからさまな現実逃避をする銀時を横眼に収める傍ら、桂はこの寝起き様の天然の上に腹黒いある意味最強(凶)の師をどう宥めようかと考えていた。
 とりあえず未だに意識のはっきりしていない先生にあ、先生おはようございます、と何事もなかったように挨拶する。すると松陽も途端にあの黒いふいんきを嘘だったかのように引っ込めて、小太郎もおはようございます。そう普段の笑顔で返した。
「早いですね。何かあるのですか?」
「はい。失礼します。」
 一言断ってから上がり、履物をきれいに揃える様子を見て何が癇に障ったのか銀時がチッを舌打ちする。
「で、なんでそんな朝っぱらから来たんですか嫌がらせですかコノヤロー。」
「ちょっと昨日のことについて状況を整理しようとな。新八くんやリーダーは念のため知らない方がいいだろうし。」
「あ、そう。」
 素っ気なく返答ながら居間へと向かった。片方のソファーに銀時と松陽が収まり、その反対側、松陽と向かい合うようにして桂が腰掛ける。

 居間が水を打ったような静寂に包まれ、時折銀時が気まずそうに肩を回したりする音と、神楽が寝返りを打ちつつ地球が酢昆布の大気層に覆われてるアル〜とそれはそれで恐怖な寝言に起きたのかとビクリと大袈裟に反応するだけだった。
 桂は一日ぶりの己が師を再びさりげなく、悟られぬよう眺めた。同じ癖のくの字もない真っ直ぐな髪は色素が薄めで、ただ重力にしたって垂れている。良い人をそのまま絵に描いたような顔は、まぁたまにさっきのように変貌することもあるが、整っていて、常に真っ直ぐ見詰めてくる。
 細部まで観察しても、記憶が間違っていなければ全く違うところがないのだ。長く、細い芸術家のような音楽家のような指も、しかし骨ばってはいない、何もかも包み込む掌も、振るまいも、袖を押さえ静かに茶を飲む姿も。
 でもこの人は死んだのだ。
「で、このまま睨めっこするの?本題に入らないの?新八来るまで居座るつもりなの?」
 沈黙に耐えられなくなった銀時が口火を切った。それに桂は我に返ったようにそうだったなと咳ばらいと共に観察をやめた。
 間違い探しをしても仕方がないのだ。もう分かり切ったことじゃないか。
「確認するが、銀時は一昨日の朝に出て、午後のおやつの時間くらいについたと。」
「まぁそんな感じだけどなに、おやつの時間って?まだそれを忠実に守ってるのお前は。」
「それでそのまま門に寄りかかってそのまま寝たと。」
「あながち間違っちゃねェが無視かヅラの分際で。」
 ヅラじゃない桂だ。律儀に返し、じゃあ昨日の夜明け頃に先生に会ったのだなと尋ねた。それには松陽がはいと頷く。
「本当に記憶が曖昧なのですが、気づいたら敷地の真ん中にいて、とりあえず外にいったら銀時が門のところで魘されてたので起こして、それから小太郎が来たまでです。」
「気づいたら、ですか。というか銀時、お前魘されてたのか?」
「何時ものことじゃねぇのか?先生、その前の記憶はどうなんだ?」
 とにかく話し先に進めろとそのことはうやむやに誤魔化して、銀時が先を促した。
「その前って…天人に斬られた時までしか…」
 必死に思い返そうと首を捻り、それでも思いだせないのか頭を抱える。
 それと共に銀時も無意識に記憶を掘り返していたのか、時々苦々しく眉間を寄せ、前屈みになり掌で目元を隠した。あの時最後に松陽を見たのは確か銀時だったと桂も思い返す。桂と高杉はその後駆け付けたのだ。着いた途端燃え盛る学舎を目の当たりにするのもそれなりにショックだったが、それ以上に銀時の心的外傷は大きかっただろう。あの焔は銀時の最初の居場所を一瞬にして跡形もなく焼き尽くしてくれた。ただの悪夢ではなかったのか、目覚めたらまたいつもの日常に戻るのではないのかと余りにも淡く儚いがそれでも僅かにその希望が抱けるほど呆気なく奪い去ったのだ。
 手掛かり全く無しか。そう揶揄するようにはぁと桂は小さく息をついた

「まぁそのことは一先ず置いといて…俺もできる限り情報は集めるから。」
 そこで桂は一拍置き、湯呑みをコトンと置く。
「時に銀時。携帯を持とうと思ったことはないか。」
「買ってくれんの?」
 微かに期待を込めた眼差しで桂を見やる。別に期待はしていなかったのでバッサリ断られた時も別段落胆は感じなかった。
「戯けを。いい大人なんだから自費で買いなさい、もう!」
「なんでお母さん口調?」
「攘夷志士とて経済的にきついのだ。」
 当たり前のように、むしろ誇らしげに胸を張りながら桂が発言する。がんばってくださいね、と状況を理解してるのか理解してないのか松陽が労った。
「かまッ子クラブで稼いだ金を使ってまで国も救われたくないから、前も言ったけど。」
「携帯を買う金もないのか、銀時。」
「なくて悪かったですね。あってもンなもん買うくらいならパフェ食うわ。」
「お前らしいと言えばお前らしいが…昨日こっちから連絡しようとしたが繋がらなかったのだ。」
 誰に、と桂は言わなかったが、銀時と松陽も誰かは分かった。というか、お前あいつの番号持ってんの?というか、あいつ携帯あったんだ。すると桂は目を瞠ってお前は奴の番号持ってなかったのか?と反対に驚きを示す。鬼兵隊は資金源が豊富だから、そう説明した。ついでにチッと舌打ちを付け加えるのも忘れない。
「あいつが携帯持ってようが持ってまいがどうでもいいことだけどさ、俺が電話したら繋がると思うのか?」
「思わんな。」
 桂がすぐさまに言うと即答かよと銀時が面白くなさそうに腕をソファーの背もたれに乗せた。
「元気なんですか?」
 唐突に松陽が聞くと銀時と桂は一瞬だけ瞠目するとあぁ元気だと確信をもって答える。
「爆発するくらい元気ですよあいつは。宇宙海賊と手を組んでチャンバラやるほど力が漲ってますよ。」
「元気だな。もう有り溢れるくらいだよ。変な生物兵器利用して俺らが殺されかけられるくらい元気溌剌だよ。」
 ここぞと皮肉と嫌味を連発させていたが、そこまで言ってしまったと銀時が口をつぐんだ。へー、とあくまでも冷静な松陽の顔に徐々に微笑みが浮かぶ。しかし目が全く笑っていなかった。えぇ笑っていませんでしたとも。
「殺されかけたんですかぁ」
 再びへー、と意味深に呟き、袂を分かったものの、銀時と桂は思わず高杉の行く末に冷や汗し、合掌した。彼らには松陽の背後に悪魔どころか大魔王が見えた気がしたが恐らく気のせいではないだろう。

 大分陽も眩しくなっていき、半透明の窓から光の束が射し込む。再び起き出したかぶき町からの喧騒が届いてきた。
 ふいにドドドドドと地鳴りのような轟きが近づいてくる。そしてパトカーのサイレン。
「ちょ、真選組に思いっきりバレてんじゃん!確実にこっちに近づいてきてるよどうしてくれんのヅラくん!」
「ヅラくんじゃない桂だ。フン、幕府の狗が嗅ぎつけたか。」
「いや、何かカッコよく言ってるけどそれお前が玄関であれほど叫んだら狗だけじゃなく馬鹿でも嗅ぎつけるわ!てか一々律儀に返さなくていいからムカつく!」
 そうこう慌てているうちに会談を駆け上がる音が響いてきた。うっさい!警察だからってマナーを守りなマナー!下のお登勢が叫んだところで、警察確定だよ、ヤバいよと更に銀時が焦った。
 ガッシャンと扉が蹴り破られる。そういえば今月になって玄関の扉壊れたの何回目だろうとどこか他人事のように思った。
「御用改めである!真選組だァ!」
「今日こそ縄に着いてもらいますぜィ、桂ァ!ついでに巻き込まれて死ね土方コノヤロー」
「テッメ、そーごォォ!今完全にバズーカ向けてるよね!って神妙にお縄に着け桂!」
 ドカドカと土足でチンピラ警察24時と謳われるに相応しい形相で真選組副長を先頭とした集団が入りこんできた。
「旦那〜。桂来ませんでしたかィ?」
 慌てて知らないと言う前に窓が裏路地に続く窓が開け放たれた。
 ボフッと粉々砕けたんまい棒が今の床に投げられ、四方八方に粉塵が飛び散る。煙幕のように周りが白くなり聞こえるのは「さ〜らば〜!」との腹立つくらい飄々と言ってのけた声だけ。
 目元を押さえ、吸いこんだんまい棒の欠片に咳き込みながら開け放たれた窓に駆け寄ると、百メートルほど前でエリザベスに乗って屋根の上を跳び回っていた。
 自分の足使えェ!つーかもう二度と来んなァァ!そんな大シャウトツッコミが炸裂した後、銀時はさてこの真選組の面々をどう誤魔化そうかと思案し始めた。









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -