救いの手 | ナノ



※宗教を反対するような描写がございます。苦手な方は読まないことをお勧めします。読んで万が一気分を害した場合も、責任は負えませんことをご了承ください。もちろん、決して宗教を批判する目的のものではありません。
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 神を信じるか。

 確か、まだ村塾にいて、無知である故の幸せを謳歌していた時と思う。一度だけ、そう問うてみた。



 救


 一日の授業の終わりだった。正座をしていた塾生達は騒ぎ出し、整った画像が途端に歪んだように二、三人集い、散り散りと帰っていく。高杉はそれに混じるが嫌いだったし、正直見たくもなかった。奥の母屋へ(不本意ながら桂と)行き、日の降りる直前に家に着くように計算して帰るのは日課。混雑を避けたい、というのはもちろんあったが、もう一つの目的、というよりはこちらの方が重要だったりするが、何時しか先生が連れてきた養い子と遊ぶためでもある。
 初秋だったはずだ。漂う空気はまだ生温さを残し、吹く風は涼しく、時折冷たく、身を窄める。紅葉がほのかに、目を凝らさなければ気付かないほどわずかに色づき始めた、そんな中秋の名月を過ぎたか過ぎてないかの頃。前の年のこの頃に先生が連れ帰ったのだから、そう考えれば銀時が来て丁度一年ほどになる。
 縁側で高杉の持参した団子を一心不乱に食べる銀時に尋ねたのだ。
 神は信じるか。
 と。
 一瞬銀時は動きを止め、それから振り返った。もごもごと団子を詰め込んだ様子が、ハムスターに似ていて、思わず口角を上げそうになる。
 顰めた眉が、苦しそうにも、呆れたようにも受け取れる。は?何いきなり。大方そういう意味だろうと、高杉は一人で合点した。
「飲み込んでから言え」
 命令する口調に銀時はきつく高杉を睨むが、もちろん効くわけもなく、結局は素直にゆっくりと団子を咀嚼した。飲み込む時に、ふわりと綿飴のような髪が浮く。白銀が、庭の緑と橙と、異様に溶け合っていた。

「信じてるなら、居るんじゃねーの?」
 言いよどむ素振りもなく、さらりと銀時は言う。
「お前はどうなんだ?」
「俺?」
「他に誰がいる」
 桂はいない。授業について聞きたいことがあるらしく、今は先生の私室で討論中だろう。よって縁側には高杉と銀時と、その間に団子の串が数本、皿に転がっているだけだ。
 高杉は銀時に向き、返答を待つ。好奇心はあった。己には想像もできない環境に身を置いて来た銀時にとっての神は如何なるものか。憎むべき存在か、恨むべき存在か、もしくは神が存在するならば、それは己の創造物を平等に愛するものであり、しかしそれが事実でないが故に、神の存在を否定するか。高杉は非常に、そして珍しくも興味を持った。

「居ると思う。少なくとも俺は信じるよ」
 意外だった。しかししっくりと来た。なんとなく、そう言うのだろうと思ったのだ。特定の、どれかの神を信じるわけではない。神の如しすべてを束ね、司る万能な存在を信じている。
「俺は、神様に大分嫌われてるみたいだけどね」
 小声で付け加えられた内容に、嗚呼やはり拒絶され続けながら生きると受け入れてくれる存在に慣れないのだと高杉は思い至る。縋った結果、また振り落とされるのを恐怖している。
 そうさせたのはただ、神様とやらの悪戯だったのかもしれない。限られた色しか持たない封鎖的な地に異様な色彩の仔を産み落とし、迫害される過程を観察するため。救いの手を払いのけ、絶望しきった幼い命を試しているのかもしれない。それならば、万能な存在よりも希臘の神話に登場する人間的な(というのは控えめな表現で、自己中心的かつ狡猾な)神々ではないか。
 いや、根本的違う場合もある。試されているのは銀時ではない。試練を課せられているのは周りの人間。つまり自分もその一部である。
「西洋の宗教での神様は、こうなんだとよ」
 遠くに聞こえる、まだ塾を後にしていない者達のはしゃぎ声がどこか場違いのように感じられた。それよりかは、自分達のしている会話の内容が場違いなのかもしれない。

『その頭と髪は白き羊毛の様に、または雪の如く白く、その瞳は燃える炎の如し』

 これが神の容姿らしい。
 何の反応も示さない、ただ無気力な表情をした銀時を横目に、高杉はどっかの分厚い本で読んだ、と付け加えた。
「お前と同じじゃねェか。なー、銀時ィ」
 銀時が食べ終わった団子の串をもう一本、皿に置く。コトンと軽やかな音が響いた。
「そんなすごい存在じゃねーよ俺は。自分のことも定められない人間なんだから」

「自分のことを定めようとするのも人間だ」
 もはや条件反射的にそう言った。
「じゃあ高杉は信じねーの、神様」
「俺は、」
 神は信じない。存在を否定しているわけではなく、存在しているとは思っているが、信頼を置けないということだ。
 実在するかどうかも分からないものに願いを込める意味が高杉には分からなかった。だが軟弱で打たれ弱い人間は縋るものが必要だということは分かっていた。どうせ縋るなら、例えばあの空や、この足の踏む大地を掴めばいいものの…実在するではないか、ちゃんと。無常を謳う仏も、空と大地はそう簡単に変えられまい。少なくとも掴み所のない信心よりは現実的なように思えた。
「俺は神の存在は信じるけど、神は信じねェ」
「はぁ?」
 結局はどっちだ、と銀時がわざとらしく肩を竦める。
「神サマの救いの手とやらは嘘っぽい。大体ちっぽけな量の金入れただけで願い叶えてもらえるわけねェだろーが」
 分厚い本を思い出す。
 革張りに金箔の押してある本で、蔵の隅に隠れるようにして、だが丁重に仕舞ってあった。引っ張り出し父に見せれば決して公に出してはならないと諌められた記憶がある。なるほど禁書かと、余計に読みたくなったのだ。

 笑ってしまった。盛大に、笑ってしまった。
 神の仔は人間の罪を清めるために、十字の枷を背負ったと言う。人々に平等な愛を注ぐ、とも書いてあった。生まれながら持つ罪とは存在そのものなのか、完全な平等なんてないではないかと、鼻で笑ったのだ。
 この教えを説く自称、神の遣いである者もその日を生き残れるかどうかも分からない人のことなんて忘れ去るような詐欺師がいるに違いない。
 内容を思い出して、再びフンと小さく笑った。
 平等は正しいかもしれない。しかしそれを説くには人の心は歪みすぎた。確かに人間は咎を持ってして生まれるかもしれない。しかしそれは神にも、神の仔にも救えないと、高杉は思った。
 神に救いはない。人間を救うのは人間で、人間を貶めるのも人間だ。

 カタリ、と彰子戸が開かれ桂が出てくる。
 残り少なくなった団子を相変わらず一心不乱で口にする銀時と、難しい顔をする高杉と、その中央にあるちょっとした山と化した串の束。その様子がそよぐ風に揺れる庭の木々と相まって合成写真のように不自然だったが、その不自然さが印象派画家の絵を彷彿させた。
「重々しい空気だな、高杉」
「っるせー」
 あからさまに顔をしかめ、高杉は桂から視線をずらす。串の山が目に入る。当たり前だが、無機質だった。
 高杉は今度は己の手にある食べかけの団子に目をやる。白、桃色、草色、そして黄色。黄色?とわずかに眉を顰めるが、中秋の名月だから黄色なのか、と無理やり納得することにした。
「あ、ヅラー!高杉がな、いきなり変なこと聞いて、それから俺も聞き返したら黙り込んじまってな。それから笑ったんだぜ?シツレーだって思わねー?」
 すかさず銀時が桂に報告をしていた。口が軽い奴、と知らず知らず高杉は舌打ちする。
「ヅラじゃない、桂だ。で、高杉は何と聞いたのだ?」
「ん?神サマを信じるか、だって」
「大方、神は信用できない、とでも答えたのだろう、高杉は」
「あれ、なんで知ってんの?」
「こいつは中二病という病に掛かっているらしいと聞いたのでな」
「へー。中二って幾つ?」
「十三、十四歳頃だ」
「じゃあ高杉はまだ十も行ってないのにもう中二病なんだ。大人だね」
 黙って聞いていればなんと言う話を持ち出しているのだ。高杉は掌を強く握り締めた。そしてバンッ、と力任せに縁側の床を殴った。団子の串を載せた皿がカタ、と音を立てる、そして串の山が崩れた。
「て〜め〜らぁ!誰が中二病だアアン?」

 日の光が赤みを帯びてきている。直視しても目が痛まなくなった。

「団子は美味かったか、銀時」
 散らばった串をまとめながら桂が聞く。
「ん。でも前ヅラが持ってきた饅頭も美味かった」
 それを傍から聞いていた高杉はそうか明日は饅頭を持って来ようと決意を固めたのである。


 例えそれが歪んでしまってもいいから、助けを求めた君に、救いの手を差し伸べたい。



引用:「聖書」ヨハネの黙示録



2011・10/10



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難産でした...
最近スランプなんでしょうかね。文章がまとまらん。
冒頭にも申した通り、宗教を批判するつもりではありません。読んで気分を害したという方はすみませんでした。
誕生日かすってもないけど、一応銀誕です。
銀さん2x歳おめでとうございます!






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