焼失点 六 | ナノ



 六


 万事屋グラさん開店後、どうせ客などいないだろうと高を括り和室のこたつに籠っていると、意外にも雪かきの依頼が来た。新八を駆り出し、相変わらず定春とこたつでみかんを丸ごと口に放り込み、神楽は14インチのブラウン管テレビを眺めていた。
 鍋にするから神楽ちゃんも来て欲しいわ、とのお妙の誘いを断る理由などどこにもなく、志村家の道場へ直行し、そのまま泊めてもらった。

 翌日新八と共に万事屋に出勤するも、まだ銀時は戻っておらず、「銀さんどうしたんだろうね。」と眉をひそめる新八を、「あのゴキブリ並みの生命力を持つマダオのことネ。放っておいても死なないアル。」と一蹴する。
 そしてまた和室のこたつで酢昆布を咥え、テレビを見ながら昨日と同じく暇を持て余した。
「ケーったぞォ!」
 その一言で家事なり餌やりなり各自の事をやっていた二人が一斉に顔を上げる。
 それほど影響力があるのだ。それほど安心してしまうのだ。それほど信じて疑うことなど知らないのだ。
「あ、銀さんお帰りなさい。」
 ひょっこりと料理当番の新八が台所から姿を覗かせ、ちっとも変わらない死んだ目に跳ねた天然パーマの銀髪を確認すると、また家事に戻った。
「銀ちゃん!」
 神楽はこたつから跳ね起き、わずか一日しか隔てていない銀時を迎える。
「万事屋銀ちゃんですか。」
 波紋のない水面に一滴の水を落としたような、山峡に向かって叫ぶと弾き戻ってくるエコーのような、奥深い、しかし酷く安堵感を与える声色が鼓膜を打つ。
 聞き覚えのない声の方向に神楽は目を見やった。
 灰色がかった、あえて言うなら桜鼠か灰梅色の髪が背まで伸びている。銀時に隠れて顔ははっきりと見えなかったが、整った、しかし角ばってはない輪郭の丸い容姿が安易に想像できた。
「知り合いアルか銀ちゃん?」
 最も無難と思えた言葉が飛び出す。知り合いだけなどではない。そのような根拠のない確信が神楽にはあった。万事屋の自分たちの関係と限りなく近いがまた違う、しかし説明しようのない、あまりにも自然で当たり前なもので結ばれているようだった。
 家族?しかし以前家族はいないと公言していた。
 それは唯一神楽と新八が銀時の過去について知るものだ。戦争に出てたこと以外で。何故やどうしてと尋ねるほどの図太い神経など持ち合わせていない。だってその表情はあまりにも複雑だったから。あまりにも優しく、しかし絶望していたから。
 家族がいない。そんなわずかな欠片しか知らないのに、この二人はあまりにも家族に似た空気を醸し出していた。
「ん?あぁ、今日からここに住むことになったから。」
 あぁさみぃなおい。雪をナメたもんじゃねぇな。両手を擦りながらいつものように気だるげに中に踏み入る。
 銀時の発言にあるいは固まり、あるいは首を傾げ、あるいは誰か来てるんですかと手を止め再び廊下を見た。

「吉田です。いつも銀時がお世話になってます。」
 色々な意味で目を瞠りながらもすぐに納得の微笑を浮かべ、松陽は自己紹介をする。
「何言ってんだよ。俺が世話してやってんのに。」
「もぉ何言ってるんですか奥さん。ホント手が掛からなくって、いい子なんですよ〜。」
「おい神楽、お前は何母親になりきってやがる?」
「…オイオイオイ…そんな子に育てた覚えはないネ!…オイオイオイ…」
「俺も家計を火の車にする胃拡張チャイナに育てられた覚えはねェよ。」
「アァ?なんか言ったアルカァ天パの分際で?!」
「テメェに天パの苦しみが分かるのかよアン?」
「あぁなんかすいません吉田さん。」
 頭を下げながら、新八はいがみ合っている二人を引き離した。普段なら(命も惜しいので)スキンシップとして放っておくが、だが客の前では流石にマズいだろうと身を呈したのだ。
「あ、僕は志村新八です。」
「雑用係りと書いて駄メガネと呼ぶアルヨ。あ、三次元オタクに変換しても可ネ。」
 神楽ちゃん変なこと吹き込まないでよ、しかもそれ本名のカケラもないじゃん。新八はハハハと喉奥から笑いを絞り上げ、ジャパニーズスマイルで誤魔化した。尚、この日本人固有の必殺技はたいていのことは曖昧に解決してしまうという応用の効くシロモノだ。

 神楽は銀時を長椅子に抑えつけながら蒼い瞳を松陽に向ける。胸を撫で下ろし、穏やかな表情で兄弟喧嘩を微笑ましく見守る親のようだった。
「神楽…ッイデ!…見てるなら助けてくれない?先生。」
 その言葉に神楽は自分が銀時を締め上げているのを今更ながら気づき、手を緩めた。先生?そしてわずかに首を捻った。
「ヨッシーは銀ちゃんのセンセーアルか?」
 首元を擦りながら銀時が起き上がる。
「神楽ちゃん、だったかな?銀時は私の教え子ですよ。」
 松陽はしゃがみ、神楽と同じ目線になり答えた。
 ふ〜ん、と神楽は松陽と銀時二人を交互に見比べる。そして不思議そうに手を顎に当て、それにしても、と考え込んだ。蔑むような冷めた目で銀時を見る神楽に銀時はなんだよと顔をしかめる。何でもないネ。そう流し、再び二人を観察する。ただ、と神楽が続けた。
「なんでこんな素敵なセンセーに教えてもらった銀ちゃんがこんなマダオになるか不思議でたまらなかったアル。」
「何でもあるじゃねェか!つぅか何で会ったばかりの人の個性見抜いちゃってんの?」
「私の眼ェナメんじゃねぇよ。女は幾つになっても女なんだよ分かったかコルァ。」
 なんか口調変わってるよ神楽ちゃん!そんな声が響いたが神楽は無視をする。
「なんだか楽しそうですね。」
 これで一安心です、と松陽は新八の入れたお茶を啜った。
「いやどこが楽しそうなんだよ!明らかに俺被害者だよねこれ!」
 すかさず銀時は振り返り反論するが、松陽はかまわず静かに湯呑を置いた。変わったのだなとつくづく思わせる。あの研ぎ澄まされた五感も、獣のような鋭い警戒心も彼の素性の一部ではあったが、子供と戯れる彼のこの表情も紛れもなく素であった。それほど信頼でき、信頼されているのだと悟る。
「神楽ちゃんと新八くんはここで働いてるのかな?」
「そうアル。私と新八は従業員ネ。」
 いかにも誇らしそうに神楽は答える。あ、でもロクに給料も貰ってないけどナ。へぇ、と松陽は静かに銀時を一瞥した。
「え、先生?ちょ…え?なんでそんな目で見るんですか?」
 しどろもどろする銀時に松陽は相変わらずの柔らかい表情で肩をすくめて見せた。
「いえ、別に。」
 神楽はそのやり取りを見て何かを見出した。センセー意外と人弄るの好きアルナとか、銀ちゃんのドSは多分センセーから来たネとか、親子みたいだとか。

 ご飯できましたよーとの新八の声に松陽は手伝いますと立ち上がった。
 神楽は煩い14インチブラウン管テレビの映すバラエティー番組に耳を傾けたままこっそりと銀時を見る。いつもの新八と神楽を眺める優しい眼差しと重なったが、いつもとかすかに違い、構ってもらえ喜ぶ子供のような雰囲気だった。
 ふと自分もいつもそんな空気を纏ってるのかと神楽は気づく。そして銀時もまたそのような表情をするのだなと思うと何故か嬉しくなり無意識に口角を引き上げていた。
「何一人でニヤニヤ笑ってんだよ。」
「考え事ネ。どーせマダオには理解できないことヨ。」
 おいそれどーいう意味だ神楽、と食いつく銀時を神楽は手伝いするヨロシ。センセーが手伝ってるのに生徒が何もしないなんて道理が通らないアル。そう言い放ち長椅子から腰を浮かせる。
 台所に行って神楽が人数分の皿を取り出した。
「給料もロクに払わない糖尿寸前のマダオだけど、私達…」
 隣でおかずを慣れた手つきでよそう松陽の耳元で囁く。
 私達何かと楽しくやってるネ。
 神楽は銀時のことを何も知らない。ずっと家族同然のように付き合ってきたつもりなのに何も知らない。それでもいいと思った。我ながら淡白だと実感するが。少なくとも今の銀時は楽しそうだった。ならばそれだけで十分だ。この吉田という先生は恐らく過去を知っているのだろう。家族同然に付き合ってきた自分達でも一線引かれる銀時の過去を。聞けば教えてもらえるだろうが、別に知らなくでもいいのだ。ならば聞いて自ら恐縮するよりは今の彼だけを分かればそれでいい。何故なら彼は過去の道程を歩いて今に至るのだから。
 酷く甘い考えだと解っていたが、神楽にはそれの方が居心地がよかった。

 それを松陽は何か満足したように、納得したよう微笑み、新八を見て話題を変えた。
「新八くん、あの歳で結構料理できますね。」
「新八の料理は地味にうまいアル。十代半ばだけどもう我が家の立派なお袋アルヨ。」
「神楽ちゃん、それ僕褒めてるの?貶してるの?」
 奥から新八の苦笑が届く。
「もちろん褒めてるアル。喜べヨ、ぱっつあん。」
「いや、なんか素直に喜べないんだけど…」
「あぁもう新八早くしてくんね?一昨日の夜以来何も食ってねぇから腹めっちゃ減ってるんですけど。」
 未だに何かを煮ている新八を見て銀時が催促した。というかさっきご飯できましたよーつったよね?出来てねぇじゃん。
「それ明らかに銀さんが悪いですよね?何で昨日食べなかったんですか。」
「いやぁ…なんつっかな、忘れてたわ、ホント。」
「いや忘れんなよ。」
 今度こそできましたよー、と新八が台所から出てきた。おぉ、と死んだ目を輝かせる銀時に実は雪かきを依頼した人が太っ腹で、いつもより少し多くお金が入ったんですよと説明する。
 神楽が松陽を急かす。はいはいと松陽は神楽の頭を撫でながら座った。
「そういえばこの量、四人にしては多くありませんか?」
 卓袱台には所狭しと並べられた白米。軽く十人分には達している。
「見てれば分かりますよ、吉田さん。」
 その言葉に再び食卓に目を向けた松陽は溜め息をつく新八に気がつかなかった。

 一同いただきますと手を合わせてから真っ先に米を平らげる神楽を見て松陽は呆れるほかなかった。「家計を火の車にする胃拡張チャイナ」。先ほど銀時の言ったことが脳内で反芻する。隣に座る銀時と対面にいる新八を見やると諦めたように神妙な顔立ちで頷かれた。
「どうしたアルかセンセーに銀ちゃん達。弱肉強食ヨ。食べないと食べられるネ。」
 ふと神楽が顔を上げ、いかにも無垢な目で見てくる。もちろん、その間も箸を止めることを知らない。
「なんでもないよ神楽ちゃん。」
 新八が揚げ物に箸を伸ばした。
「その、いっぱい食べるのはいいことですよ。」
 かける言葉が見つからず、曖昧に松陽が答える。
「そういうこと。」
 炊飯器からそのまま平らげる神楽を傍然と、ウチの米が、などと呟きながら銀時が相槌を打った。
 よかったですね。唐突に松陽が言う。それは銀時に向けられたのか、それとも新八と神楽に向けられたのか分からない。どっちにもだろうか。
 うん、よかったアル。何がよかったのかも不明だが、神楽が満面の笑顔で応えた。
 仲良くなってんなァ。長椅子の背に腕を預けながら呟いた銀時に羨ましいアルかと聞くと、別にぃ、と棒読みの答えが返ってきた。



 慕
 それは自分たちが彼に向けるもので、
 彼も誰かにその念を向けるものだった。







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