焼失点 三 | ナノ



 三


 玄関から薄っすらと雪が積もっていた。革靴がそれを踏むと、湿った雪はサクっと小気味の良い音を立て、足跡がついた。
「さみぃな、こりゃ。」
 いつもは着物から出している右腕に袖を通し、真紅のマフラーを巻く。
「あ、銀さん起きたんですか?」
 すでに神楽の雪合戦に巻き込まれ、びしょ濡れになっている新八が振り向いた。
「そうヨ。今日一日布団とお供するって言ってたのはどこの誰アルか?」
 喰らえ!と超高速で投げた雪玉はもうすでに凶器と化していた。
「おぉそういえばそんなこと言ったな俺。気が変わった。出かけてくるわ。」
 手を上げ、無気力に数回振り、その場を去ろうとした銀時を引きとめたのは、
「消える前に溜めた家賃二ヶ月分払え!それからとっとと消えな!」
「ッババぁ。さっきお宅の猫耳オバさんに渡しただろうが…な、新八。」
「僕に振らないでくださいよ。家賃払うのは銀さんの役目じゃないですか。」
 銀時に見向きもせずに新八が苦情を言う。
「何言ってんだよ。雑用しか能のないメガネが。」
「銀さん?何気に傷つくんですけど?つーか家賃払うのは雑用の一部じゃねぇだろ!」
「って神楽が前言ってた。」
「神楽ちゃんから引用かよ!」
「じゃ、行ってくるなー。」
「誤魔化すなこのクソ天パぁ!」
 そしてお登勢が全力で投げた雪の塊は、ボトッと銀時の顔面に直撃した。

 平賀源外に改造(なお)してもらっているスクーターをやっとの勢いで溜まった雪から引きずり出し、それに跨る。
「多分二、三日戻らねぇから『万事屋グラさん』、がんばれよ。」
 ハンドルを回して、スクーターを発進させた。
「え、ちょ、銀さん!二、三日戻らないってどこ行くんですか?」
 慌てて聞き返す新八の背中に、「隙だらけネ、新八!」と神楽の投げた雪がクリーンヒットする。ウグッと悲鳴と上げ、新八が昇天した。合掌…チーン。「おい作者勝手に殺すな!死んでないから!」(By 志村新八)

 海沿いの国道でスクーターを走らせながら、切りつけるような冷たい風に銀時は吹かれていた。ただ無心に道路の先を見る。前後に車がいないのを確認すると、更にハンドルを強く回し、速度をあげた。
 髪が強風に扇がれる。白、いや、灰色がかった雲の隙間がわずかにこぼれ出す日の光を、吹かれるがままの銀色の髪が乱反射した。風の向きが変わり、前髪が目に掛る。それでも彼は気にせず、そのまま運転し続ける。最も、直線的な道だったので、方向確認をする必要もなかったが。
 光は尚もその銀髪に反射され、それを澱んだ赤の瞳が映し出す。曲がり道で、一瞬だけコントロールを失いそうだったのか、身体を強張らせたのと同時に、その目にもわずかに光が射した。光を反射する髪と光の射した目。目に映された髪は、研ぎ澄まされた刃の如く、紅の瞳は獲物を待ち伏せる獣のそれだった。
 スクーターが止まったのは駅。自由席の切符を買い、そのまま電車に乗り込んだ。ガタンゴトンと軋みながら古びた列車がゆっくりとスピードを引き上げる。その揺れに身を任せながら、銀時は座席に寄りかかり、目を閉じた。

* * *

 ゴフッ
 牡丹雪で固められた雪の塊が少年の身体に的中する。
「詰めが甘ぇんだよヅラぁ!」
 勝ち誇った笑みを浮かべたのは紫がかった黒色の短髪の少年。彼の目線は今雪玉を当てられた長髪の少年に向けられていた。
「お前のロン毛が視界遮ったんじゃねぇのか!そのヅラを外せば視界も広がるぜ!」
「ヅラじゃない桂だ!そしてこれは地毛だと何度言ったら分かる!身長はともかく、脳まで縮んでるのか低杉!」
「誰が低杉だ!お前こそ地毛だったらそれ切れよ!鬱陶しいんだよ!」
「貴様そこに直れ!たたっ斬ってやる!」
 激怒した二人が更に雪玉作りに勤しむ。双方の目にはメラメラと焔が躍っていた。
 その脇で、雪合戦には目もくれずにもう一人の、銀髪の少年が雪を手で触り、玩んでいた。集めた雪を丸めたり、また潰したり、大きくして積み上げ、それを崩したり…雪、というものの存在を確かめているようだった。
「おーい銀時!」
 自分を呼ぶ声に彼は振り向く。そこには高杉に雪を当て、恨みを晴らしたばかりの桂が大きく手を振っていた。
「お前もやるか?」
 何を?そう言うかのように頭を上げ、桂と高杉に一応、目を向ける。
 雪合戦だ。
「つまり、」
 高杉が今築いた巨大な雪の塊を持った手を大きく振り上げ、
「こういうことだ!」
 目標を桂に定め、雪玉を思いっきり投げた。そしてそれが一直線に桂へ向かったのは、言うまでもない。
「汚いぞ高杉!他人が油断してる間に隙を突くなんて…!」
「汚いも何も、油断してるテメェが悪いんだよ!」
 お約束事のように口論を始めた二人を茫然と銀時は見つめていた。
「手を組もう銀時!」
 投げつけられる雪玉を避けながら桂が誘う。動く度に束ねられた艶やかな長髪が左右に揺れた。
「雪を、投げるのか?」
 困惑した口調で銀時が聞いた。
 それにこくりと二人が頷く。
「こんな風にか?」
 ベタベタと手で触っていた、水の滴る雪の塊を思いっきり高杉に投げつける。突然の攻撃に高杉は半ば反射的に辛うじて避けたが、上がった水しぶきをまともに受けた。
「ヅラぁ!貴様こそ手を組むなんて汚ぇぞ!久坂呼ぶからな!お前らが組んだら俺久坂呼ぶからな!」
「残念だったな…今日は日曜だから久坂は来てねぇんだよ!」
 勢いに任せて桂がまた雪を投げた。
「ならお前らも来るなよ!」
 銀時が突っ込む。日曜で、授業も質問もあるわけではないのにどうにも暇なのか、この二人は揃いに揃って日参している。
 あちこちへと避けながら高杉も雪玉を作り続け、次々と桂を標的にし、反撃をする。彼は今、師(せんせい)が言った、『攻めるのが一番の守り』を思い出していた。
 銀時がちょうど雪玉を投げた瞬間、襖が開く音がした。力に任せすぎたのか、投げた雪を大きく軌道を反らす。
「三人で雪合戦とは、元気で…」
 一寸とも偏らず、雪が松陽の顔に吸い込まれた。
 
 おい今の俺じゃなかった。俺もやってないぞ。いや、あれはミスだったんだって...単なる。ミスだとしても投げたのお前だろ。いやいやいや、お前に当てるつもりだったらからあれ。当たらなかった貴様が悪いぞ高杉。今頃変な屁理屈語ってんじゃねぇよ、結局は投げた銀時が悪い。あーやっぱ全員の責任だろ、ここは。
 一か所に集まり、小声で討論してるつもりなのかは分からないが、囁き、というのは結局声を細めているだけであって、案外聞こえやすいものだのだ。いつの間にか一つに固まって責任云々言い出してる子供たちに、松陽の口許がひくりとひきつり、小刻みに震えていた。
 
 * * *
 
「せん、せ…」
 伸ばした手が宙を切る。目を開けると、まだ列車がガタンゴトンを揺れており、自然と窓の外に目を向けると、吹雪のように降っていた雪は既に止んでおり、変わりに晴れやかな青空が広がっていた。
「寝てたのか…?」
 独り言を言い、掌で目元を覆う。やけにリアルな、それよりは昔のことをそのまま夢に見たようだった。
『次の駅は長州藩、萩です。まもなく列車が止まります。降りるお客様は忘れもののないよう、ご注意ください。繰り返します…』
 スピーカーから聞こえてくる曇った声を聞き、銀時はゆっくりと立ち上がった。ベルトに隣にかけておいた木刀を差し込む。
 朽ち始めた木材の修復に欠ける小さな駅で降りる。ピーッと蒸気機関車特有の発進音と共に、列車は再びゆっくりとガタンゴトンと動きだした。
 駅員一人もいない、改札もない駅に取り残されたのは銀時一人だった。
 ホームとも言えない台から見上げた空には、晴れなのに、ちらちらと雪が舞っていた。
 風花。
 その言葉が、彼の脳内を横切った。



 なくなってみるおしさ





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -