(主に夢主と佐伯)



机に載せたボストンのあらゆるポケットを探る。自分のパンツのポケットを探る。またカバンのポケットを探る。繰り返しながら色を失ってゆく顔、皺の寄っていく眉間を見ていると、何が起こったのか察するのは容易である。

「縁くん、何か見つからないの?」

「友達んちにUSBメモリ、忘れたみたいで」

「そっか。今日要る書類入ってるんだよね、きっと……でも友達なら、縁くんが取りに行った方がいいね」

勝手に結論付けるように言って、私は私の仕事(マグカップたちの茶渋をとる)に戻った。若干不自然なくらいの打ち切りっぷりになってしまったようで、給湯室へと戻る背中に少しだけ視線を感じた。
そもそも声をかけたのは、何か忘れたりなくしたりしたのならば、取りに行く・交番や鉄道遺失物係に問い合わせる・代替の物を買いに行く、などの行動を忙しくない私がとればいい、と思ったからだったのに。たとえ初対面の彼の友達であろうと、お互いの特徴を伝えあって大学の前まで取りに行く、くらいのことをするもやぶさかではないのに。そうできなかったのは。彼が鞄を探し終えて顔を上げながら、声にならない声で、

「ハルナんちか」

と、言ったからである。


うーん、と、塩素の臭いが立ち込める給湯室で考えた。忘れてきたって言うから自宅か電車かと思ったけれども、つまり、彼は昨日友達の家に寄った、恐らく泊まったわけか。ということが私をもやつかせている。
天涯孤独と言っている彼に、女性の親族はいるはずがない。ユカリやレイやサクヤも大概女性的な名前だし、逆にリツは男の子にもありえる感じだし、この世代、男女を名前で判断するのは困難、という論の補強が日本支部周りでできてしまうわけだけど。

ハルナちゃんはなー。
ハルナちゃんはちょっとなー。

彼がどこの女の子の家に泊まりに行こうが別にいいんだけど、付き合ってもない女の子の家に泊まって平気だっていうのが、なんか、がっかりじゃない? と誰にともつかないことを考えながら、1つカップをすすいでみる。薄くなった気はするけど完全ではない。やっぱり研磨か、手荒れそうでイヤだな、と思いながら底を擦っていく。

だって、女の子の家に泊まって、何もなかったわけないし。彼の友達なら多分大学生だろう、そんなに大人数で雑魚寝できる環境ではなさそうだし、なら2人きりでワンルームだか2DKだか? に泊まって、ヤらなかったわけない。と思う。それならそれで、1回ヤっちゃった女の子のこと「友達」なんて言うのも、まぁ、がっかりだ。
彼女でもない人のうちに泊まったことが問題なのか、泊まった相手を彼女としてないことが問題なのか、なんだこれ、鶏と卵みたいな、違うか、もうよくわからない。とにかく、セフレですか。そういうのありなんですかうちの上司様。ふーん。
ささくれ立っていく心、暴走する思考が指先に無駄な力を込めさせる。研磨しすぎてる気がする。コップが削れている。すん、と鼻をすすると塩素でツーンと痛かった。

渾身の研磨の甲斐あって、マグカップたちは白い輝きを取り戻した。気持ちとは裏腹に。ハイターの体への害を思って念入りに洗ってから、コーヒーを淹れる。次は塩か酢を試してみた方がいいかもしれない。淹れてから、あ、縁くんがいるか確認すべきだった、と気づく。愛しのハルナちゃんちに取りに行ってるかもしれないし、とナチュラルに思って、自分の低レベルな意地悪さに落胆した。いいや、いなければ私が2杯飲むし、せっかく薄く苦く淹れたやつだけど、と思いながらトレーにカップを載せて階下に下りる。

コーヒーはもう1つ必要だった。


「お、かわいい女子じゃーん」


ありがとう。でも誰?

茶髪のフワフワ無造作ヘアー、ボタンダウンシャツにチノパン、まぁ普通のサワヤカ大学生、は、一体?
いやさすがに今日の今日だけに、ハルナちゃん関係者だろうという憶測はあるんだけど、もしかして、目を白黒させる私に彼はニヤリと頷いてみせ、


「佐伯の友達の榛名卓巳でっす」


と、名乗った。

ああ、そう。名字。名字!!

動揺を表すようにコーヒーが波立ち、カップが5個乗ったままのトレーを縁くんがそっと取り上げる。ローテーブルに置きながら、じゃあそろそろ帰れ、とハルナちゃん改め榛名くんにとんでもない塩対応をする。


「2限あるのに届けてやった相手にそれはなくね? コーヒーくらい飲ませろよー」

「それはそれで今度奢るから帰れよ。2限あるんだろ」

「ま、まぁ、コーヒーくらい、」


淹れてきますね、と笑いかけてきびすを返した。いいのに、という苦りきった声と、ありがとう! 天使! という調子のいい声が聴こえてくる。うん。縁くんの友達っぽい。コミュ力的な意味で。必要以上に弾んだ気持ちで、給湯室への階段を上る。さっき会っただけのよく知らない大学生に、きれいなカップでかなりおいしいコーヒーを淹れられそうな気がしている。


「で、どっちに誤解されたくなかったの? 今の子? 黒髪のおねーさん?」

「……なんて?」

「お前、自分の忘れ物届けにわざわざ呼びつけるヤツじゃないからね。取りに来るか、せめて中間地点で落ち合うかだから。普段は」

「忙しい日も疲れてる日もあるだろ。あるんだよ。早く2限に出ろ」

「もう間に合いませんー自主休講ですー。コーヒー飲みながらさっきの子に佐伯の爛れきった高校生活の話をしーよう」

「次酔い潰れたら路上に捨てて帰るから」



40.疑う

すぐわかった読者様も多かろう。寒い思いをさせてすまない。夢小説っぽいのが書きたくなって。

実際はお互い合意なら一夜の遊びも構わない、と思ってるくせに、その貞操観念を他の支部員に知られるのはイヤ、というような器の小ささ。それが佐伯くんです。

20170131
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