(中山と佐伯)


冬瓜を煮た。

キャベツなんかと違って気の効いた4分の1カットなど置いていない。買ったって持て余すだけとわかっているから、いつも素通りするのに。その日は売り場のつやつやした緑とまろやかな輪郭から目が離せなくなってしまった。
これでしばらく、4、5日は冬瓜続き、と思うとすでに少し倦み、いやまだ一口も食べていないのにそれはさすがに冬瓜に悪い、と思い直す。お弁当箱の中の、鶏挽き肉と煮た、透き通った塊に手を合わせる。いただきます。


視線を感じた。
というかずっと感じていた。


羨ましそうな、それでいてどこか哀愁の混じった目が何かに似ている、と考えすぐ思い出した。銀の髪と青い瞳、というカラーリングも手伝ってか、昔隣の家にいたハスキー犬に似ている。ような気がする。カツや唐揚げでなく冬瓜を欲しがっている、犬、と思うとおかしみがある。

勧めたら謹み深く断るだろう。見ていたことを詫びさえするだろう。今だって人の弁当の中身をじろじろ見てはいけないという内なる声と戦っているだろう(そこまでして見てしまうのが冬瓜の煮物、と思うとなかなか味わい深い人である)。

あげればいい。だって持て余しているのだから。しかし半分に切って断面にラップをした冬瓜を差し出されても彼は迷惑だろう。かといってタッパーに入った冬瓜の煮物を唐突に渡されても困惑するだろう。狙ってるみたいに見えるかもしれない。何か特別な日でもあるまいし。バレンタインとか誕生日とか、一体どんな日なら冬瓜を贈っていいのかよくわからないけど。

難儀だわ、と思いながら一欠片口に入れた。ほろりと崩れる。鶏の甘い脂が融けた出汁が染みでる。もともと失敗することなんてほとんどないけれど、上手にできた。思わず顔をほころばせるとまた少し視線を感じた。

食べさせてあげたいとは思う。旬の食べ物を頂くのは体に良い。19歳なんて体を作るのに大事な時期だし、当たり前のように母親の作るご飯を食べている歳でもある。お母様とは別居でなく、死別、だと聞いていた。私と同じく。
生の冬瓜はあげられない。料理をわざわざ作ってくるのも仰々しい。
気づいたら椅子を立ち上がっていた。


「佐伯君」

「はい?」

「あーん」

「……は?」


使ったお箸抵抗があるかな、普通あるわよね、恋人ならまだしも、と遅ればせながら思ったが、彼は素直に口を開けた。宝石のようにきれいな緑の塊をひとつ口に入れた。咀嚼して、飲み込んで、出汁に濡れた唇を舐めて、


「お、美味しいです。ご馳走様です」

やや呆けたまま、律儀に手を合わせる。

「そう。良かった。お加減みてほしかったの」

「え、ああ……本当に美味しかったですよ、生姜効いてて」


でも中山さんが食べるんだから、中山さんの好きな味付けでいいのでは、困惑もあらわに言う彼はやっぱりどこか犬みたいでかわいくて、そうねえ、と言いながら、両耳の辺りの毛をわしゃわしゃ撫でてしまった。給食のパンをあげたあとそうしていたみたいに。男の人らしい、自分のものにも、もちろん犬の手触りにも似ていない、硬くてちょっと傷んだ銀の髪。本当にどうしたんだろうこの人、というような、困りきった顔で彼はされるがままになっていた。佐伯君隣にいた犬に似てるの、と言いかけたが、より当惑させるのが目に見えているので、やめた。

ガラスが暖房で白く曇っている。明日はクリーム煮にしよう、と思った。



82.撫でる

きっと切り干し大根やおから炒めも羨ましそうに見てくる。おじいちゃんかよ。

この二人を脳内で常識人コンビと呼んでるんですが、中山さんはちょくちょくエキセントリックなことをします。
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