(夢主と怜依)


「寒い」

「寒いね! 今年一番の寒気はダテじゃないね!」

「寒い……」

「小雪がちらつくとか言ってたし!」

「寒い!」

「ごめんなさい!」


突然だが、私が勤めているのは超能力対策機関日本支部、という。日本第1支部とか日本支部関東支所とかではなく。つまり日本でひとつしかなく、日本全域が管轄だということだ。北海道のてっぺんから沖縄の先っちょまで、行く必要があれば行く、ということ。
経営には余裕がないが(一部を除き)時間には割と余裕ある我々、行ける範囲ならば鈍行を乗り継いでごとごと行くわけだが。


「ごめんて……休日ダイヤを見てたの……」

「それはもう聞いた。そしてそれを逃したら1時間後だというのも聞いた。ので、怒っている」

「怒ると体力を消耗しちゃうよ……」

「怒って熱を生み出してないと凍死する」


凍死は大げさじゃん〜本州だよ〜? と思ったが言えるはずもない。というかまだ言ってないのに睨まれた。この状況で私に申し開きできることなと何もないのだ。
もう感覚のない耳をさらに切りつけるように、風がビョウビョウ鳴る。怜依くんはできるだけ表面積を減らそうとするように固く丸くうずくまっている。コートのフードをかぶり、ボトルネックを口元まで伸ばし、苦難に耐えるように細めた目元だけが見えている。私を風避けにするように足元に丸まっているので、黒猫を飼ってるみたいでかわい……


「時刻表を見る、それだけだよ? それだけの仕事に失敗できる人間がいるとは」


くはない。禍々しいです。

本人曰く怒りで熱を生んでいるらしいが、どちらかというと暗い呪いのオーラで2、3℃低く感じる。だからもっとポジティブな話しよ? とか思うだけでギラギラした赤い目に睨まれましたけど。怒りなのか本当に寒さなのか、ふるふる細かに震えていた彼が、耐えかねたように妙に勢いよく立ち上がった。


「もう無理。やっぱり1回出よう。コンビニくらいあるでしょ」

「え、でも、切符代」


駅員さんに説明したら許してもらえるかもしれないけど、ここは無人駅である。自動改札を飛び越えれば、など無茶なことを考えないでもないが、基本的に小心者なのでそういうことをしたくない。


「買い直す。自腹でいい、もう」


さすが遠方だなーと思いながら、券売機に大人二人で四千円の紙幣を入れたのを思い出す。アレをもう一度……。


「……わ、私の分も払ってくれたりは」

「ものすごくおこがましい発言を聞いたけど気のせいだよね……?」

「ええ気のせいです! 私は残るので! 45分後くらいにお会いしましょうね!」


立ち上がった怜依くんに代わるように、すごすごホームにうずくまった。地面が近くなると伝わってくる冷気がいっそうひどい気がする。しばらく降る視線を感じていたが、それがなくなった。憤りが伝わるような、カツカツ鋭い足音が改札の方へ遠ざかっていく。他に電車を待つ人はさすがにまだいない、反対側のホームにも人はいない。駅員さんもいない。

ひとりきり。

と思った瞬間、一際大きくヒュオオオオと風が鳴った気がした。嘲笑うように。スマフォを取り出して画面を見る。11:13。しばらく見つめていても数字は増えない。話し相手がいなくなった途端、時間の流れは泣きたいほど遅い。電車が来るまで、というより怜依くんが戻ってくるまで、これをあと45回くらいやるのだ、と思うと本当に泣き出したくなってきた。時間つぶしに何かアプリ、と思ってホーム画面を繰る、手がかじかんでスマフォを落とした。拾ったら画面にちょっとヒビが入っていた。あーもう。泣く。

マフラーに顎を埋めてぎゅっと目を閉じた、その時隣にふっと気配を感じた。他の利用客が! と見開いた目に映ったのは朝から見慣れたダッフルコートの濃い茶。


「なんで戻ってきたの……?」


僕も自分にそれを訊きたいよ、むっつりした声音で彼は言った。ムスッとしたまま私の隣に、さっきのようにしゃがみ直す。分厚いウールのコート越しに伝わるわけはないと思うんだけれど、それでも触れ合ってる左肩あたりにはほんのり体温が感じられる気がした。その奥で続いている細かい震えも伝わってきて、心から、ごめん、と思った。

ポケットのほぼ固まった昨日のカイロ(やや温かい、と思えなくもない)をぎゅうぎゅう彼の手に押し付ける。巻いていたストールも外して巻きつけようとすると、それは僕がひどい人みたいに見えるからいい、と苦笑して断られた。苦笑いというかもう顔の強ばり、くらいのレベルだったけれど、私は今日初めて彼が笑ってくれたことに安心した。しぬほど。



「そうだ!! お飲み物を買ってまいります!!」

「えっなんなのその口調」

「なんで思いつかなかったんだろ! 何がいいですか先輩!」

「先輩というか僕は君の上司なんだけど」


もうツッコミ疲れたように投げやりに、一番甘そうなの、と言って、もう話す気はないように顎を襟元に埋め直す。普段より引き締まって堅いように感じるコンクリートを蹴って、ホームの端へ走り出す。

途中で振り返って見れば彼はもう遠くて、茫漠と灰色のホームにぽつりと黒いかたまりが落ちているみたいに見える。吹き付ける風とあいまってそれはなにかとてもさびしい風景で、これを見て彼は帰ってきてくれたのかも、と思った。私の視線に気づいたらしい怜依くんが顎で早く行けというような動作をし、私は首をすくめて踵を返す。重く垂れ込めた灰色の空から、ついにひとひら、白いものが舞った。



51.寄り添う

前サイトで書いたやつを思い出して書き直し。
こんな感じで、恋の話ではないものが多くなりそうです。
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