(夢主と怜依/51.寄り添うの続き)
すぐ戻るので! と当たり前のことを勢いよく言い(ホームの端まで何十分かかるというのか)、彼女は走って行った。さっき断った、赤いマフラーの端がパッタンパッタン尻尾のように跳ねる。日本人がヒトを犬系だの猫系だの言いたがるのがよくわからなかったが、彼女を見ると頷ける気がする。まるでFetchをされた小犬だ。
ムートンブーツで背伸びをしながら自販機のラインナップを楽しそうに物色している。彼女はこんな状況でも基本楽しそうに見える。なぜだか。紙幣を飲ませ、1本取り出し、小銭を入れて自分の分を買い、さらに小銭を入れる。買う。入れる。買う。入れる? 買う?
なに? あの子ここに何人いるように見えてるの? 怖くない?
「キャラメルラテと、ココアと、ミルクティーと、コンポタと、おしるこね」
内心恐々とする僕のもとに帰ってきた彼女は、律儀にひとつひとつ紹介してくれながら、ホームに等間隔に缶を並べる。ボーリングのピンのように並んだ缶の向こうで、どれがいい、とにこにこ尋ねる。走ってきたせいで鼻も頬も赤い。
「なんでこんなに?」
「なんていうかどれも甘さのベクトルが違うじゃん? どれがいいかなーと思って」
「一回訊きに帰ってきたら?」
「……そうだね!!」
えっ大丈夫なの? バカなの? 本気でショックを受けているらしい彼女のためにも、このお金があれば1回外に出て切符を買い直せた、ということはもう言わないことにする。先に選ばせてくれるようなので、ごちそうさま、言いながらココアを取った。
「帰ったら、支部の皆に配ればいいし……」
「冷えきってるけどね」
「じゃあ向こうに着いたらなんか仕事で関わる人にあげる……」
「むしろ向こうがお茶出してくれると思うけどね」
冷えて強張った指でプルタブに苦戦していると、横から缶を取って開けて返してくれる。普通は僕が開けてあげる場面だよね、と、バカバカしいことだけど若干男のプライドが傷つかないでもない。
「うわー手冷たいね、ごめんね、手袋貸してあげたいんだけど、怜依くん手が大きくて」
男の子だねぇ。
白い息を吐きながら言う横顔をしばらく眺めた。温かい手に包まれた指が、皮膚がぴりぴり痛む。こういうことをするからいまいち彼女を憎みきれない。何をされても。ココアはまだ口をつけられるような温度ではないが、立ち上る甘い湯気がそれだけで神経を解す。目的地までカイロにして、着いたら駅員さんにでもあげちゃおう、選ばなかった缶を襟首に勝手に押し込んでくれながら彼女が言う。
「いいよ」
「なにが?」
「僕に買ってくれたんだから、僕が飲むよ。誰にもあげないでよ」
一瞬目を大きくして僕の方を見てから、もーう!! 言いながら肩をバシバシ叩かれた。意味がわからないし痛い。肌に缶を当てるのはさすがにやめてほしいし服が伸びる。文句を言う口が足りない。
なんだかどっと疲れてスマフォの画面を見た。11:46。あと10分なら耐えられなくもない。というよりさっきまでと比べてずいぶん寒さを感じなくなった気がする。雪まで降り始めたのに。慣れたんだろうか、それとも、
「ていうか気づいたんだけど、歩くとかなりあったかくなるよ! ほらほら」
「グルグルするのやめて、酔う」
「はい……」
隣でうるさくはしゃぐこの子の、と思うのはなんだか癪だな。ぼんやり考えるホームに光が差す。重い灰色に霞んだ空気を切るように、静かに電車がホームに入ってくる。
71.待つこんなに自販機が充実した無人駅あるの?