(夢主と佐伯)



七夕が晴れるのって何気に珍しいと思う。涙雨がどうの、というニュースを毎年見るし。だからまぁ、見られるなら見て帰ろうかな、くらいの気持ちで屋上に上がった。

7月、普段退社する17〜18時程度ではまだ全然暗くもないし星など見えない。と気づいたときには意地になっていた。喫煙者たちのために備えられたベンチに座り、なんとなく持ってきた裏紙を前に、願いごとを考えてみたりする。部屋を片付ける。免許を取る。そのためのお金を貯める……これは願いごとではなくTO DOリストというのでは。

屋上の隅で温い空気を吐き出し続けていた室外機がフォン……と止まり、ノブの回る音がした。ようやく空が光量を落とし始めた頃だった。


「お疲れ様です」

「まだ何も見えないよ」

「そうでしょうね。月と金星くらいかな」


何も書かないまま湿気に波打った裏紙を隠し、ベンチから立って柵にもたれた。彼も1メートルくらい離れた屋上の柵に手をつく。夏の湿った温い空気は匂いを伝えやすいように思った。コーヒー、フリスク、柔軟剤、微かな汗、匂いはほぼ気配のようで、彼がもっと近くにいるような気がしてしまって落ち着かない。私の匂いも伝わってるんだろうか。汗臭くないだろうか。
どうぞ、と白い缶のプルタブを起こして差し出してくれる。買ってきてくれたのか、冷蔵庫内の無記名のもの(とられても文句は言えないのだ)かわからないけど、青い水玉の散ったレトロなカルピスは七夕の夜に最高にしっくりくる。


「何か願いごと、しましたか」


裏紙の存在を悟られたようでなんとなくぎくりとしたが、笹飾り綺麗でしたよ、駅前とか商店街とか、と彼はのんびり続ける。


「届くのに何十年もかかるって思うとねぇ、何も思いつかない」

「その辺はなんとかしてくれるんじゃないですか、神様だし」


プシ、と炭酸の抜ける音に引かれて彼の手元にも目をやる。銀のロング缶。スーパードゥラーイ。


「みせいねんー」

「先月ハタチになりました」

「え、ま、まじ? 誕生日だったの?」


そうです、6月生まれ、双子座。事もなげに言って天を仰ぐようにビールを流し込む。いやその飲み方絶対もっと前から飲んでただろ、と思いながらも、ハタチ、という響きになんだかぼんやりしていた。
先々月、19歳と18歳!? 1歳差!? と驚愕したばかりなのに、今は20歳と18歳なのか。20歳と18歳は全然違う。差は常に一定なのに、なんだかすごく離れてしまったような、置いていかれたような気がするのが不思議だ。
私が高1でブレザーに着られていた頃、彼は高2で最後の部活に励んでいたり、私が高2で女子高生を謳歌していた頃、高3で進路に迷ったりしていた……などと考えてみたものの、1学年上、の彼のこともいまいち上手く思い描けなかった。私服なのか制服なのか。というか高校に行っていたのか。その頃から支部長だったのか。平支部員だったのか、そうでさえなかったのか。何も知らない。

まぁ訊けば教えてくれると思うんだけど、訊けば教えてくれるだろうと思う程度には仲良くなってる自信があるんだけど、そういうことではなく、と思いながら空を仰いだ。晴れの七夕、と言っても、すなわち「雨は降っていない」程度の意味でしかなく、小豆色の空全体を薄い灰色の雲が覆っている、果てしなくパッとしない空だった。

星から見たら無きに等しい1メートルや1年を、近く感じてドギマギしたり遠く感じてセンチになったりしている。かくもささやかなり人間。


「どれが織姫と彦星なんだろね」

「わからないで見てたんですか」


笑って、白い指で空を指す。迷いなく、あれがベガ、あれがアルタイル、あれがデネブで三角形、と教えてくれる。ピンクでかわいいから私が勝手に織姫と思ってたやつは火星だった。火星て。違いすぎだろ。

灰色の空のピンクの星を見る。火星と教わったそれはもう、さっきまでのように有象無象の星のひとつではなかった。私はこれからも、夏の夜空にピンクの星を見つければ、ああ、あれは火星だ、と思うし、そう教えてくれた人を思い出すだろう。教わったことは失わない。ずっと。

どこにも書いたりしないけど、願いごとは決まった。本当はずっと決まっていた。


「6月の、何日生まれ?」


もっとあなたを知りたい。



06.願う

この人クリスマスも職場で酒飲んでたな。皆の退社後は結構フリーダムしてると思う。

佐伯はアサヒ、久賀原キリン、中山エビス派と思う。あとはビール飲まない。

20171029
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