「久賀原さん」


呼びかければ、彼は玄関に向けていた体を少しこちらに傾けた。聞き間違いかと疑うような、顔だった。もう1人の女性支部員ならまだせめて何とも思わなかったのかもしれないが、残念ながら私だ。

日本に滞在中の今、2、3日に1度くらいの割合で久賀原朔夜氏は支部に顔を出す。その分怜依はあまり出勤しなくなるので私は寂しいけれども、佐伯君は嬉しそうにするし、私の知らないところで荒事を請け負ってくれていたりするのだろうから、感謝すべきことなのだろう。


「ごめんなさい、お帰りのところを。少し早いですけれど、」


まぁ、私もあまり好きじゃないけど。この人。

鞄を探る私を、眉間に皺を寄せた険しい表情で見ている。そんなに警戒しなくても、銃や毒を出そうというのではない。お菓子だ。かわいらしいものだ。暫くは頻繁に顔を会わせそうだし、14日に久賀原さんの分だけなければ気まずいだろう、程度の考えで、買っておいたもの。


「チョコレートです。甘いものがお嫌いでなければ」

「ああ……そう」


鞄から箱を出し、玄関の彼へと歩み寄っても、彼はまだ微かに険しい表情で斜め下辺りを見ている。私は久賀原さんを好きじゃないし、久賀原さんも私に好かれていないことは悟っているだろう。でも理由は多分彼の思う通りではない。好きな人の嫌いな人、というだけの理由で人を嫌いになりはしない。私はただ、人の顔を見て話をしない人を好きになれないだけだ。


「律儀に、どうも」


深紅の箱に(中身は見えないが)甘さ控えめのシンプルなカレが6枚。義理として贈るに至って無難な、素っ気なすぎるくらいのそれを彼は持て余すように見ている。受けとる手も出さずに。「甘いものがお嫌いでなければ」の返事もなく。
とりあえず同じ職場に属す人間ではあるんだから、この場を穏便に終わらせることくらいしなさいよ、と思う。社会人なのだし。


「いいえ。義理なので」

「義理もないと思うけどね」


君と俺の間に、と皮肉げに笑って、やっと手を出して箱を手に取った。久賀原さんと怜依の諍いに関しては口を出すまいと思っているのだが(さすがに中立にもなれないだろうから)、たまに、あなたの気持ちもわかるわ、と怜依に言いたくなる。そういえば久賀原さんって、おいくつなんですか、と嫌味のつもりで言ってみる。

まぁ本当に年齢不詳な見た目ではある。今日は結っていない長い髪は、黒いトレンチコートの肩にかかってより明るい茶色に見える。怜依や佐伯君に慣れてしまっているが、この人は染めて茶色い髪をしているんだな、ということを初めて思った。頭頂では濃い栗色、何度も染められているのであろう、さすがに傷んだ毛先は赤みを増して煉瓦色、くらいでグラデーションを描いている。


「21」


虚を衝かれて普通にびっくりしてしまった。佐伯君がとても先輩のように扱うので、二十代半ば〜後半くらいなのかと思っていた。


「なんだ。同じね」

「今はね。2月生まれだから」

「ああ、早生まれ。もうすぐですか?」


器用だな、と呟いて短く笑う。敬語とそうでないのをコロコロ使い分ける様を言われたのだ、と思うと少し頬が熱くなる。


「もうすぐというか……まぁ、明日」


え、と声が出る。明日? 13日?

こんなところでお引き留めしている場合では、とか、そっちの方の贈り物は何も用意してない、とかとっさに思ったが、よく考えたら前日にお祝いをする人もあまりいないだろうし、他のもっと仲良くしている支部員にも誕生日プレゼントは贈っていない。少し落ち着いて、それは、おめでとうございます、と言った。


「やっぱりこれも早いですけど。お誕生日、 おめでとうございます」


今年の彼の誕生日を祝うのは、一番乗りかもしれない。そう思うと気持ちが改まって、お腹のところで手を組み、繰り返して頭を下げた。困惑した視線が頭に降るのを感じたが、これは私が彼の誕生日を祝いたくてするのだから関係ない。誕生日を祝われるのは嬉しい。日本支部に入って、久しぶりに祝ってもらって、私はとても嬉しかった。顔を上げた。まだ気まずそうにしていた彼の顔が、くしゃりと崩れた。


「……ありがと」


彼の困惑した顔は今日だけでも嫌になるほど見た、いちいち困らないでよ、と微かに苛つかされもした。笑った顔はやっぱり困っているようで、なのに、眉を下げた笑顔は何とも言えず。

かわいかった。

この人は私を嫌いなのだと思っていた。嫌いな神崎怜依の付属物として、私のことも嫌いだから、話しかけもしないし目を合わせもしないのだと。もしかしたら違うのかもしれない。彼はただひたすら、困っていたのかもしれない。私の扱いに。

じゃあ、と言って、結局15分ほど引き留めてしまった彼は改めて玄関へ向かう。ガラス戸を押し開ければ、吹き込む風に茶髪がさらりと舞った。傷んだ毛先は光る、玄関から差し込む橙の光にチラチラと光る様は不思議と綺麗だった。誕生日の分としてヘアケアの何かを贈ろうか、と一瞬だけ思って、すぐに、いいや、と思い直した。きっと困るだろうし、そう思って笑うのは、そんなに悪くない気分だった。



この雪の最後の一片


ひとりでガハラ兄さんかわいいーとなりながら書いたんですが、本編で出てきてない設定満載で置き去り感半端ない。

とりあえず神崎と久賀原は仲が悪いことだけ覚えてもらえれば……

20170212
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