そういえば、夏祭りだなぁ、今夜は。

などと、わざとらしく、考えてみた。そういえばも何も、昨晩まで一緒に行ってくれる友達を探していたのに。みんながみんな彼氏と行くと知って、色気づきやがって! と立腹していたくせに。

スマフォの画面を見る。19時半だ。宴もたけなわというかなんというか、ざわめきとか、盆踊りの音楽とか、ここまで響いてくる気がする。廃工場群は音が通りやすいのだ。晩ごはんの焼きそばでも調達してこようか、屋上で20時からの花火だけでも見ようか。

「……いいや」

むなしいし。結論づけてスマフォをデスクに置く、目の前に、


「かき氷買ってきて。お釣りは使っていいから」


白い指に挟まれた、千円札が突き出された。



夏宵イチゴフロート



「うーん」

最初こそ、喜んでいました。偶然にもお祭りに行く口実を与えられたので。しかし私は無理にでも怜依くんの腕を引っつかんで連行してくるべきだったのだ。かき氷にもいろいろ味があるから選べ、とかなんとか言って。
現状、すれ違うのは、浴衣のカップル、中高生のグループ、親子。独りなの、私だけ。

ここまでとは思わなかった、支部にいるよりわびしいんですけど、と胸内で嘆きながら(独り言も言えない)、神社の周りの、鎮守の森? 的なとこに入る。花火を見てきてもいい、という許可をとってしまったからだ。急いでかき氷を買って支部に戻り怜依くんと花火を見るのが正解な気もするけど、付き合ってくれない気もするし、ならせめていい所で花火を楽しむべきかもしれない。5分5分だ。人生は選択の連続なのだ。蚊が寄る足をパチンパチン叩きながら、なんとなく奥へ奥へと向かう。百日紅の濃い紅や、楠の厚く照る葉が、夏の夕闇でなんだか艶やかだった。

「……奥まで来すぎ?」

思わず言ってしまった。人が少ない。反比例するように蚊が多い。奥まったこんなところまで来ているのは本当にカップル、まぁなんかそういう雰囲気になっているカップルばっかりで、もう何も聞かざる見ざるを決め込んで腕組みをする。ゴツゴツした幹に背を預けて待っていると、ポポン、とテストするような小さい音の後、空に大輪の花が咲いた。わっ、とさざめくような人の声がそれに重なる。

緑の、開ききって散る瞬間だけ反対色に赤く光る花。
温度を持っている、というか温度の塊であるのが不思議なような、深い青の花。
金の、枝垂れて地面にまで降りてくるような、滝のような光。
瞬きをする度にまぶたの裏に光る、それさえ花火のような、ピンクや緑の残像。

夢中で見た。怜依くんも見ているかなとか、きっと見ていないなとか、炎色反応ってどうやって覚えたっけとか、花火の色はかき氷のシロップみたいだなぁとか、どうでもいいことがとりとめもなく頭をよぎっては消える。張り出した枝に空が遮られるから不人気な場所なのだろうが、葉群を透かして見る花火はよりチラチラして、レース編みみたいで私は好きだった。シャッター音がいくつも聴こえたけど、撮ろうとはあまり思わなかった。蛍とか、それこそさまよう魂とか、そういうのみたいだ、光の粒が。友達と来たらきっと思わなかったような、センチなことまで考えた。

バババババ、と何発もかたまって上がって、しばらく沈黙する度、終わりかな、と囁きあって去る人がいる。それを何度も繰り返すうち、本当に終わりが来て、辺りには火薬のにおいと、木立の影だけが残っていた。怖いとか危ないとか全然思いつかなくて、しばらくぼうっと、木にもたれていた。

さびしかった。支部にいるときより、独りで来る道中より、今。

みんな誰かと来てるのに、とか、花火が終わってしまった、とかそういう単純なことではなくて。もっと言葉にできないような、微かな切なさ。

本当は、偶然じゃないことなんか、知ってる。あんなにコンビニスイーツに厳しい人が、お祭りの、高いだけでそんなに美味しくないかき氷なんてほしいわけないとわかってる。私のことを思ってお祭りに行かせてくれたんだなぁとか。でも一緒には来てくれないんだなぁとか。そんな、思いやりとか、距離とか、漠然としたそういったものが、さびしかった。言う端から、なんかそういうことじゃないような気がするんだけど。



「遅かったね」


満ちてくる言いようのないさびしさから逃げるように、早歩きで帰ってきたのに、彼はそう言った。突き出した紙のカップがちょっとへにゃっとしていたので、本当に遅かったのかもしれないけど。言い返してこない私を少しだけ赤い瞳で見て、融け始めたかき氷を彼はストローですくう。

「何も買ってこなかったの? 食べてきた?」

「いや、うーん……胸がいっぱいで」

ふぅん、とどうでもよさそうに言って、もう2、3口、イチゴ味の氷のかけらを口に運ぶ。飽きた、あげる、と言ってこちらに差し出す。ええー。間接キスとかそういうのを恥ずかしがる方ではないんだけど。もうかなり融けた、私がわざわざ買いに行ったかき氷を、飽きたという理由で、譲渡されるのはさすがにいろいろ引っかかるんですけど。

「なんか思ったより全然美味しくなかった……ほとんど色素と香料だね」

「正直すぎかよ。そんなもんだよ」

本当に知らなかったのだろうか、屋台の食品のクオリティを、赤い氷水を口に運びながら考える。うん。色素と香料。目を閉じて食べたらきっと何の味かもわからない、ニセモノのチープなイチゴ味。私には予想通りで、期待通りの、お祭りの魔法が解けたどこか切ない味だ。カップに描かれた、妙に色鮮やかなペンギンとシロクマも、蛍光灯の白々しい灯りの下ではなんだか居心地悪そうに見える。

「私がお祭りに行きたがってたから、お使い、させたんでしょ」

「え、本当に違う……」

「ツンデレなんだからー」

「それよく言われるけど何?」

廃工場群は煙も流れてきやすいのか、花火のにおいがこの辺りでもしている気がする。目を閉じて甘いだけのシロップを味わうと、まだ消え残っている残像が、まぶたの裏をゆらゆら流れる。目を閉じたまま、言う。


「次からは、一緒に来てくれるともっと嬉しいな」

「僕は話を聞いてもらえると嬉しいけど」


まぁいいや、どうでも、と笑う彼の唇は赤い。きっと私とおそろいに。わけもないさびしさはもう、胸のうちのどこにも、探せなかった。
神崎はツンデレではない(どちらかというと素直クール的な)ので、「別に君のためじゃない」と言ったら本当に君のためではない。

さもアナザーサイドみたいに書いてるけど、佐伯と中山の夏祭りの話の1年後です。

20160902
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