「絵美、ここに寄っていこう?」


「ここ…?」


沖田さんが指差したのは一軒の家。ただの人の家にしか見えないそれに、ウチは首を傾げた。



「ついてくればわかるよ」


そう言って戸の前まで腕を引かれる。



「黒崎先生、沖田です」


「…沖田?」


家の中から、ちょっと怖そうな男の人の声がした。しかも明らかに歓迎ムードじゃない状況に、冷や汗が流れた。声がして少し経つと、足音が戸の前まで近付いて…止まった。



ガラッ!


「先生、こんにちは」


「…何の用だ」


……あの、この人怖いんですけど。総司の笑ってるのに笑ってない顔も怖いけど、この人は明らかに怖い。しかも声が低い。目付きの悪さが土方さん以上です。総司が何でいきなりここに来たかもわかんないから、どうすることもできなくてとりあえず俯いて黙ってることにした。



「そんな嫌そうな顔、しないでもらえます?今日は先生に看てもらいたい子を連れて来たんです」


看てもらいたい…子?って……


「私!?」


「ん、そうだよ?」


「え?え!?な、何で私!?」


突然の展開に頭がついてかない。看てもらうって言ったって、ウチは別にどこも何ともない。というかいきなり連れて来られただけだし。…しかも、何?看てもらうってことはこの人…お医者さん?……嘘だろ。



「君、怪我してるでしょ?消毒はしたけど、ちゃんと看てもらった方がいいからね」


「べ、別にこんなのほっとけば治りますよ!」


「駄目だよ。女の子は、傷残しちゃ」


「あの…傷が残っても困るような顔でもないんで…」


「…とりあえず状況はわかったから、さっさと入れ」


「お邪魔します」


「え、ちょっ…!」


沖田さんは嫌がるウチの手を引いて家の中に連れ込む。ウチの意見なんて聞いちゃいない。…このくらいの怪我でわざわざ医者に看てもらうなんて申し訳ないって気持ちは勿論だけど。…何より、この怖い先生とやらに看てもらうなんてとんでもない。この無愛想さは、医者というより闇医者の方が似合う。絶対に嫌だ。



「適当に座れ」


「絵美、隣においで」


「は、はい…」


笑顔で自分の隣をポンポン叩く沖田さん。有無を言わさないその笑顔に素直に従った。



「………」


ギシッ…

ビクッ!


「おい、傷見せな」


…ビックリした。沖田さんの隣で縮こまってたら、いつの間にか目の前にその人がいた。ほとんど睨んでんじゃないかって感じの顔と低い声は、ウチを怯えさせるには十分過ぎるほどだった。



「…どうした?」


「あーあ。先生が怖い顔するから、この子 怯えちゃったじゃないですか」


「…悪かったな」


「絵美、大丈夫だよ。この人、顔は怖いけど腕は確かだから」


「テメェ、覚えてろよ」


「やだなあ。冗談ですよ、冗談」


「絵美。心配いらないから、傷見せてごらん?」


「………」


スッ…


沖田さんに言われるがままに腕を差し出した。傷は何ヵ所かあるけど、とりあえず一番見せやすい腕にした。



「これか…」


黒崎…先生は、そう一言だけ呟いて傷口を診る。少し診ると薬箱っぽいとこから何かを取り出して傷口に塗り始めた。そのあと包帯も巻かれたんだけど…その手つきと見た目とのギャップに、すんごい驚いた。ウチを扱う手つきはすごく優しくて、「このくらいの傷でバカじゃないか」くらいのことを言われるんじゃないかと思ってたウチにとって、思わずガン見しちゃうくらい驚きだった。



「痛むか?」


「ぅえ!?…い、いえ全然!」


「そうか」


「先生の顔が怖すぎて見ちゃった?」


「いやいやいや!…あの、なんか 優しくてビックリして…」


「「………」」


「…え」


何故か二人は目を見開いてウチを見た。…すんません。ウチ、何かマズイこと言いました?



「…あはははは!君、やっぱり面白いよね!」


「え?え?」


「黒崎先生に【優しい】だって。よかったね、先生?」


「………」


「だ、だって…」


「別に悪いことを言ったわけじゃないよ?ただ、黒崎先生って君みたいな女の子や子供には、怖がられて泣かれることが多いんだ。だって実際怖いしね。だから驚いちゃった」


「………」


うん。確かに泣きたくなるよね…この顔じゃ。でもウチへの触れ方が、やっぱりお医者さんだし、優しいなって思ったんだよね。ガン見しちゃった時も、怒るどころか心配してくれたし。



「あの…傷、診てくださってありがとうございました」


「…ああ」


「…俺は黒崎祐。このとおり医者をやってる。お前は?」


「え!?…え、えと ##NAME4##、立華絵美です!あの、一応新選組に居候してます…」


「新選組に…?」


「あ、いや!」


ヤバ…。ウチが新選組にいることって、言っていいことなのか?でも沖田さんが連れて来た時点でバレバレだよね。でもわざわざ言う必要もなかったかな…



「…おまえら、一体何のつもりだ?」


「そんな怖い顔しないでくださいよ。別に悪いようにはしませんから」


「そいつのそれも刀傷だろ。テメェまさか…」


「それについては謝りますよ。僕が付けた傷です。絵美、ごめんね?」


「う、ううん!もうあんま痛くもないし」


…しまった、ここは全然痛くないって言うべきだったか。…でもまだちょっと痛いんだもん。それはいいとして、ウチのせいで話がマズイ方へ行き始めた。先生また怖い顔だし…



「お前はどうしたいんだ?」


「え?…私、ですか?私は…んむ」


「おっと。それ以上は詮索しないでもらえます?」


ウチはやんわりと沖田さんの手で口を覆われた。…これ以上は言うなってことか。



「…ふざけんな。テメェらの仕事は京の民を護ることだろ。ことと次第によっちゃ見過ごせねえぞ」


「この子に危害を加えるつもりはありませんよ。…少なくとも僕は」


「…ぷはっ!」


怖い火花が二人の間で散る中、沖田さんの大きな手がウチの口から離された。息がかかるのが恥ずかしくてあんま息してなかったから苦しい…



「おい、絵美」


「は、はい!」


ふいに先生に名前を呼ばれた。


「言いたいことがあるならこの場で言っとけ。…後悔のないようにな」


「………」


…きっと、先生はウチのことを心配してくれてるんだ。初めて会ったウチのことを。…やっぱ優しい人だな。職業柄見過ごせないのかな?なんて先生の心配を余所に余計なことを考えてるウチだけど…



「少なくとも、沖田さんは優しい人です」


「え…?」


ウチの言葉に沖田さんが目を丸くする。



「先生が心配してくださったのは、とても嬉しいです。…でも私、とりあえずは大丈夫だと思います」


「…いいのか?」


「…正直、不安なことはいっぱいあります」


「だったら」


「でも…私、まだ沖田さんに恩返ししてませんから」


そう言ってウチは苦笑した。もしかしたら、今ここで助けを求めれば、いつ殺されるかもわからない生活から脱け出せるかもしれない。あんな男所帯で息苦しい暮らしを、しなくてすむのかもしれない。…けどウチは、とりあえずここで頑張るって決めたから。それで、沖田さんにはちゃんと恩返しをしたい。…助けてもらった、恩返しを。



「…そうか」


「あの、色々とありがとうございました」


「絵美、何かあったら俺に言え。相談になら乗ってやる」


「――はい」


あんまり優しくて、…涙が出そうだった。初対面のウチを、ここまで心配してくれるなんて。怖そうなんて思ったりして、悪かったなぁ…






*****



「俺は一時的にここを借りててな。俺の家はこれだから、帰ったあと何かあったら文を寄越せ」


「ありがとうございます」


帰り際、先生から小さな紙を渡された。先生の家の住所みたいだ。先生はここに住んでるわけじゃなくて、一時的にここを借りてるらしい。ついこの間、新選組の定期診断に来てたとか。先生はすごい名医で、新選組も定期的に診てもらってるんだって。



「沖田」


「わかってますよ。悪いようにはしませんから」


「じゃあ、帰ろうか?」


「はい」


「先生、ありがとうございました!」


「ああ」


ウチは笑顔で頭を下げた。慣れない世界で、人の優しさに触れられたことがすごく嬉しかった。もう少し頑張ってみようって…そんな気になれた。今度またお礼に来たいな。無理かな?



「………」


「………」


……あれ?それはいいけどなんか静か……そういえば、沖田さん さっきから口をきいてない気が…



「………」


沖田さんて、よく喋る人だったよね…?もしかして…怒ってる?やっぱりウチが余計なこと言ったから…



「あ、の…沖田、さん」


「ん、何?」


「…いえ」


「もしかして、僕が怒ってるとか思ってる?」


「え!?あ、いや、その…」


いきなり図星をつかれてしどろもどろ。もう隠すとか隠さないとかってレベルじゃないし。バレバレだし。



「…別に、怒ってるわけじゃないよ」


「そうですか…」


「………」


「あの、その割にはいつものように話しかけてくださらないので…」


「………」


「………」


「…ただ、ね。嬉しかっただけだよ」


「…嬉しかった?」


「そう」


「な、何がですか…?」


「気になる?」


「ええ、まあ…」


「君の言葉が、さ。結構嬉しかったんだよね」


「私の…言葉?」


ウチ、何か言ったっけ…?



「【恩返し】って言ってたでしょ?君。あれ、僕は結構嬉しかったって…気付いてた?」


「え…?」


「そんな傷まで付けた僕に対して、恩返しだなんて思える君は、すごいと思うけど?」


「そ、そうですか…?」


「うん。僕はそう思うよ」


「だって…沖田さんは、二度も私を助けてくれたじゃないですか」


「僕は別に、助けたとは思ってないけど?君、怯えてたじゃない」


「た、確かに怖いは怖かったですけど…命を拾ってもらったのは、変わりませんよ。今だって沖田さんが庇ってくださらなかったら、 様子見じゃなくて処分だったかもしれないんですから…」


今こうして外を歩けるのも、全部沖田さんのおかげ。沖田さんは何も言わないけど、きっとすごい苦労をしてくれたんだと思う。それこそ、処分スレスレの目撃者を昨日の今日で外に出すなんて、普通あり得ない。せいぜいどっかの部屋で軟禁が関の山。そういうことをちっとも顔に出さずに、当たり前のように優しくしてくれる。…恩返しをしたいって思うのは、当然じゃないかな。



「君、素直だね」


「私、ひねくれてますよ?」


「…沖田さん」


「何?」


「まだちゃんと言ってなかったんで…」


ウチは沖田さんの目を見て姿勢を正す。



「――ありがとうございます。…私、感謝してますから」


「…っ!?」


「私、一度は捨てた命ですけど…沖田さんに恩返しするまでは、頑張りますね」


「………」


「沖田さん…?」


「…君、それわざと?」


「え?何ですか?」


「…何でもない」


「…?」


「手、繋ごうか?」


「………」


「手、出して?」


「……ぅえ゛えええ!?」


「…何、その反応?傷付くんだけど」


「あの、だって…!」


「僕と繋ぐのは、嫌?」


「っ…!//」


そんな淋しげに笑わないでください!めちゃくちゃ可愛いですから!



「繋ぎます!」


「ありがと」


…ギュッ


ヤケクソで差し出した左手を、沖田さんの大きな手がしっかりと包み込む。…そういえばウチ、男の人と手を繋ぐなんて初めてだ。沖田さんの大きくてゴツゴツした手に、改めて男の人なんだなって実感させられた。だってこの人、笑うと可愛いんだもん。



「何考えてるの?」


「え!?いや、何も」


「嘘。百面相してたよ?可愛かったけど」


「…わ、私 顔に出てました!?」


「へえ?顔に出しちゃいけないこと、考えてたんだ?」


「っ!//」


は、嵌められた…!戸惑うウチを余所に、沖田さんはすごく愉しそう。この人、ホントに人をからかうの好きだよな…



「絵美ちゃん」


「はい?」


「…ありがと」


「――…はい」



ウチはここに来て二度死にかけた。…そのせいかな。生きてることが嬉しいって…初めて感じた。人との繋がりが嬉しいなんて…今まで生きてきて、思ったことは一度もない。ウチは今まで、本当の意味で生きてなかったのかもしれない。生と死が紙一重のこの世界だからこそ、命の重みを感じた。もしかして、ウチがこの世界に来たことにも、何か意味があるのかもしれない。…ううん。いつかきっと、見つけてみせる―――…








この世界に生きて


手、あったかいな…

next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -