―――オレ、黄瀬涼太。帝光中二年、モデルやりながらバスケやってる…あ、逆だった。の、イケメンレギュラーっス。ついこの前…って言っても一ヶ月は経ってるか。ウィンターカップも順当に優勝して、残り少ない二年生ライフをゆるやかに過ごしていた。…そんな当たり前の日常をぶち壊す出来事が、突如オレを襲った。


あの日はモデルの仕事帰りで、辺りは既に暗くなっていた。あの時間じゃ元々人通りは少ないし、オレの通る道はほとんどいない。所謂裏道っスから。いつも通り、ただ普通に歩いてた。ちょっと横道に目をやってまた前に視線を戻したその時…その子はいた。オレの目の前に座り込む女の子。突然、目の前に現れた。…いや、“女の子”…じゃない。そう見えるけど、オレの本能が告げる。コレは【人間】だと。


―――【人間】。オレ達魔人が住む魔界と別次元に存在する人間界に住むモノ。本来決して交わることのない存在。オレ達とほとんど変わらない見た目で、言葉も交わせるモノ。オレ達魔人にとっての…【エサ】だ。数百万年に一度、次元の歪みで稀に落ちてくる人間は、オレ達魔人にとっては極上のエサだった。…とはいえオレも学校で習ったくらいのもんで、実際に遭遇するなんて夢にも思わなかったし、姿形が変わらないってのも軽く考えていた。


…で、いざ目の前にしてみたら思考が停止した。本能で人間だってことはわかった。けど実際に目の当たりにすると、あまりによく似た姿に何を言っていいかわからなくなった。幼い顔つきに大きな瞳がオレをずっと見上げていた。…――初めて見る人間は、普通の、小さな女の子に見えた。


オレが困惑で動けなくなった頃、前方から人の声がした。どうやら向こうの男達もこの人間の存在に気づいたらしい。その瞬間、男達がこちらに走り出そうとするより先に人間は横道に逃げ込んだ。そのまま小さくなっていく後ろ姿。オレは慌ててその後を追った。


…少し走って早速見失った。昼間なら逃がさない自信はあるけど、夜だとそうはいかない。小さな後ろ姿はすぐに暗闇に消えていった。辺りを見渡しても、人間はおろか男達もいない。仕方なく別の道を探そうとしたオレの視界に小さな公園が映った。…なんとなくその公園が気になり中を探すことにした。


…人間を食べたことによる効能は、 不老不死や万病の薬に魔力増幅、はたまた永遠の美貌まで、嘘か本当かわからないような噂が飛び交っている。オレはそんなものには興味がなかったんスけど、肉の味には興味があった。なんでも、極上のステーキを何倍もウマくしたような、この世のものとは思えない味がするとか。青峰っちや紫原っちが聞いたらすかさず飛んできそうだ。まあ実際手に入れたら皆で食べるのも悪くない。見つかればラッキー。…その程度の考えだった。


ゆっくりと公園の中を探索する。けどやっぱりいない。オレの気のせいだったか。諦めて外に出ようとした時、ふと奥の茂みが気になった。オレは導かれるように茂みを掻き分けた。…そこには、小さく震えながら身を隠す人間の姿があった。小さく悲鳴を上げて逃げ出すソレをオレはすかさず地面に押し倒す。叫ぼうとする口もしっかり塞いで。…その子は、さっきよりさらに震えていた。


…―――人間はエサだって、もう逃げ場はないんだってことを、オレは惨たらしく下で震えるその子に伝えた。…その子は、ボロボロと泣き出した。不安と恐怖に染まった瞳が、悲しげにオレを見つめていた。…人間はエサだ。ずっとそう教わってきたし、そういうものだ。実際、会った瞬間人間だってわかった。それは、獲物を見つける本能みたいなものだと思う。だから情けをかける必要なんてないし可哀想だなんて思う必要もない。…そのはずなのに、普通の女の子と変わらない見た目で弱々しく震える姿が、オレの決心を揺るがせた。どうしたらいいか、わからなくなった。


ひとまず家に連れ帰ろうと手を離したら、その瞬間噛み付かれた。予想外の抵抗にオレも思わず距離を取ると、小さな影はまた暗闇に消えていった。オレも慌ててその後を追ったけど、結局また見失った。…あの時のオレは、言い様のない焦りを感じていた。「早く見つけないと」。そればかりが頭を占めていた。エサを取られたくないから?わからない。わからないけど…ひたすらあの姿を探して走り回っていると、静まり返った街中に男達の声が響いた。それはさっきあの子を追って行った男達のものだった。オレは急いで声のする方へ向かった。


…―――追い付いたオレが見たものは、その子を捕らえた男達。そして、抵抗して、男に殴られ、壁に打ち付けられ、ピクリとも動かなかった、…その子の姿だった。男達が嬉しそうにナニかを話している。人間が手に入るんだからそりゃそうか。…人間。オレ達魔人のエサ。情けをかける必要もなけりゃ可哀想だと思う必要もないモノ。牛や豚と同じ。いや、下手すりゃそれ以下。モノと変わらない。…はず、なのに。そいつらの、モノのように扱う態度に、動かなくなったその子の姿に、頭が真っ白になって気づいたら飛び出してた。その子を抱えて暗闇に消えた。後ろで何か騒いでた気がするけど、その時のオレには耳にも入らなかった。ただ、腕の中のその子だけが気掛かりだった。


…男達を撒いてその場に座り込む。…生きてる。それがわかった瞬間、ほっとしたのを今でも覚えてる。腕の中のぬくもりに、ひどく安心した。ただのエサだったはずなのに。自分の気持ちがよくわからなくなった。見つかればラッキー。その程度の気持ちだったはずなのに。…少なくともその時のオレは、他の奴に渡す気は微塵もなくなってた。この子が他の奴にいいようにされるなんて想像もしたくない。…その感情が、執着心からくるものなのかは、わからないままだった。


―――裏道を通り、なんとか家にたどり着く。とりあえずベッドに寝かせてみるが目を覚ます気配はない。…赤く腫れ上がった頬が痛々しい。慣れない手つきで手当てして、小さな寝息を立てるその子を改めて見つめる。…小さな、女の子。どこにでもいる、普通の女の子だ。…けどやっぱり違う。見た目はそうでも根本的に違う。この子は…人間だ。オレ達魔人のエサ。青峰っちや紫原っち、…ああ、きっと黒子っちも喜んでくれる。―人間の肉が手に入ったって言えば。…違う、肉じゃない。オレは、この子と話がしたい。もっと、この子のことを知りたい。…なんでこんな気持ちになるのかわかんないけど、不思議とイヤじゃなかった。あの時はただ、その子が目覚めるのが待ち遠しかった。



…―――それが、オレと絵美っちの出逢い。
オレもまさか人間と出逢うなんて思ってなかったし、ずっとエサだって教えられてきたから。…出逢った時は随分と酷いことを言ったと思う。おかげで目を覚ましたあとは叫ばれるわ怯えられるわ泣かれるわでそりゃあもう大変だったっス。…まあ自業自得なんスけど。そのあともしばらく塞ぎこんじゃって…ムリもないっスね。いきなりまったく知らない世界に一人放り込まれたんスから。しかも男達なも終われて…いやまあオレも追ってたんスけど!で、でも結果オーライっスよね!アイツらに捕まってたらマジでシャレになんないっスよ。オレ達もまあ色々あったっスけど、最終的には本音もぶつけ合って打ち解けたんスからね。今じゃもう可愛くって可愛くって…食べようとしてた自分が信じらんないくらいっスよ!すごく大切にしてるっス。まだちょっと遠慮してる部分もあるみたいだから…また近いうちに、話聞いてみるっス。もう、不安な思いはさせたくない。…いや、オレが絶対させないっスよ!








あの日、あの時あの場所で

あの日、あの時。オレがあそこにいたのも、運命ってやつだと思うんス。…なーんて、ちょっとクサいっスかね。でも本当に…そう思うんスよ。

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