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ほう、ほうと梟が鳴き、夜の帳を降ろす縁側に座り一人空を見上げた。真っ黒な闇には点々と散らばる星はあれど、辺りを照らす月は見当たらない。
不意に背後の襖が開き、視線を向けた先で雷蔵がにこりと微笑む。そして私の隣へ並ぶと、同じように空を仰ぎ見た。


「また、潮江先輩のことを想っていたのかい?」

「まさか。ただ真っ黒だなと、」

「こんな夜に忍は動くもんね」

「……」


答えられない私に雷蔵はくすくすと笑って。やはり雷蔵には見え透いた嘘だったかと小さな苦笑混じりに肯定の相槌を返した。
少し前ならば、夜でも外に出れば遠くから聞こえていた分かりやすい声。それが当たり前すぎて鬱陶しいと思ったこともあるけれど、いざ無くなった今となれば夜の静寂を助長させるだけに過ぎず。


「きっと大丈夫だよ、先輩は優秀だもの」

「…ああ、そうだな」


にこりと笑えば、雷蔵も優しく笑い返し、眠そうにその目を緩く擦る。そうして、「三郎も早く寝なよ」と言葉を残し部屋の中へと戻って行った。相槌は静かに閉ざされた襖の音と重なり、私はまた一人暗闇へと残されて。


「…真っ暗だな」


ぽつり呟いた声は闇に溶け呑まれていく。誰も聞かない言葉に、返す声もなく。あの人は今も何処かで、誰より忍らしく、闇に紛れているのだろうか。


『先輩は優秀だもの』


ふと、先ほどの雷蔵の言葉が頭を過る。優秀、確かにそうだ。優秀だからこそ、あの人は忍でいられる。仕事を選ばないから、優秀とされる。私はいつだってそれが気に食わなかった。


『また会いましょう』


先輩の卒業する最後の日、そう言った私の言葉に先輩は答えなかった。ただ小さく笑って、私の頭を撫でて元気でな、それだけの、言葉を残して。


「…っ」


どこの城へ就職するのかは教えてもらえなかった。聞けば私はついて行ってしまうから、それは私の未来を狭めることだと先輩が言ったから。そんな優しさなんていらなかった、私はただ、側にいたかっただけ。敵対し闇で顔を合わせてしまうことを、何より恐れていた。


「会いたい」


無理な我侭も、子供染みた悪戯も、何時でも仕方なしと聞いてくれた。眉間に皺を寄せ怒鳴って、それでも最後には大きな溜息を吐いて、笑ってくれた。私はそれが嬉しくて、何度も困らせるようなことばかり仕掛けて。


「潮江、先輩」


最後の我侭と言えば、貴方は聞いてくれますか。私の意志を、心を、理解してくれますか。貴方に会いたい、側にいたい、笑って欲しい。ああ、それが全て叶わないというのなら。せめて、せめてその優しい手で。


私を、殺してください。


顔を手で覆い、背を丸めた夜。誰もいない静寂に私はひとり。綺麗な思い出は闇に溶けて、消えていく。繰り返し願うその姿を貴方が見れば何を思うのだろうと、些細な疑問に自嘲した。




ねだればしてくれますか


(バカタレ、そう呟いて)
(私を抱き締めてくれるのだろう)

(全ては仮想の理想に過ぎないけれど)
(貴方に、会いたいだけなんです)






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