小説 | ナノ




『好きだよ、綾部が』



 いつだったか、あの人に言われた事があった。
 あの時は心底恥ずかしくて逃げてしまった。しかも、他の忍たまたちがいる前でだからなおさら。滝なんか自分のことじゃないのに顔を真っ赤にしていたし。自分のことじゃないのにね。



『愛しているし、大好きなんだ』



 それからというもの、吹っ切れたのか会うたび会うたび愛の言葉を囁いて、ウザいなぁ、よく厭きないなぁ、なんて無表情ながら内心思っていた。何で諦めないの、一度だけ聞いたことがあった。立花先輩が卒業して、あの人が六年生に、私が五年生に進級した春。桜が満開で、いい穴掘り日和だった。えぇと、何と言っていたんだっけ。
 あぁ、そうだ。



『厭きる訳ないだろ。愛しているんだから』



 その瞬間、あ、この先輩はバカなんだと確信した。口には出さないけどね。だって、遠くのほうから不破先輩が睨んでくるんだもの。そんなに好きなら告白でもなんでもすればいいのにねぇ。
 今さらだけど、告白されてから一度だって私は先輩の想いに応えたことがない。応える勇気がない。応えてから進む勇気がない。
 それでも、卒業するまでには、先輩が卒業するまでには、気持ちを伝えたいと思ったんだ。いつの間に絆されたのか、あの人が他の人に笑うたびにイライラして、ずっと一緒にいたいと思うように、想うようになった。
 だから、だからだから



『卒業したら、逢いに行きます』



 伝えたのに。
 伝えたのに。
 どうして。



「約束を果たすには早すぎるだろ、まだ卒業していないじゃないか」



 この世は酷く生き辛い。



「お前の相手は、私なんだな」



 困った風に笑う先輩は、卒業したときよりも傷が増えていて、どこか、哀しげで、
 私は今にも泣き出しそう。
 卒業試験なんだ。とある城の城主暗殺、それが卒業試験。お抱えの忍軍には、それはそれは優秀な忍がいるとの情報。
 なんとなく、頭の奥では分かっていた。だって、試験内容を聞いたとき、ふと先輩のことが思い出されたんだもの、
 それでに、鉢合わせしなかったら、出逢わなかったらそれでいい、そう、考えていたのに。



「なぁ、綾部。そういえば、お前は私とやりあったことないよな。学年合同の組み手の時だって、兵助か雷蔵とばかりやりあっていたし、私の相手は大体が平だったしな」



 あぁ、無常。貴方の瞳には、もう私は映っていないのでしょうか?
 辛い、辛い、



   行くぞ」



 キィンキィン


 容赦なく、あの人は苦無で切りつけてくる。
 どうして、こんなことになってしまったのだろう。私は、私はただ、卒業試験を合格するためにここまで来たのに。貴方に逢いに行くために今までやってきたのに。これじゃぁ、これじゃぁすべてが台無しじゃないか。



「お前の実力はこんなものか? 私をガッカリさせないでおくれよ」
「・・・・・・っ・・・!」



 辛い、辛い、哀しい、貴方に傷つけられた腕が痛い、貴方に殴られた頬が痛い、貴方に蹴られた腹が痛い、貴方に、貴方の瞳に映らないことが、凄く、痛い。



「っ、がぅっ・・・! ぐあぁっ!!!」
「余所見しているから」



 脇腹を突き破った苦無にはドップリと私の血がつき、素早く引き抜いた先輩は赤い舌でそれを舐めとる。



「お前、・・・こんな弱かったんだな」



 闇を映し出す先輩の瞳に、私の中の何かが壊れたのを感じた。



「っ、う、うあぁぁぁぁぁぁああああぁあああぁぁあぁあああぁああああああっああああああぁぁぁあぁああ!!!!!!!」



 懐から取り出した苦無を驚愕している先輩に投げつけ、それは頬を掠り赤い一本の線を作り出す。続けて八方手裏剣、六方手裏剣を打ち、忍び刀を構えて油断している先輩の懐に入った。鳩尾に蹴りを繰り出し、脳天に踵落としを決める。脳が揺らぎ、意識が一瞬だけ飛んだのを見逃さずに、忍び刀で、


 貫いた。



「ぁ、っ、がふっ、」
   っ」



 一瞬。一瞬。一瞬。
 ニヤリ、と口元に狐の如く笑みを浮かべ、完璧にやりっきたと意識をズラしていた私の腕を力いっぱいに引き寄せ、



     
     んん、!?」



 唇を合わせてきた。
 後ろへと倒れていく先輩に覆いかぶさるように私も倒れる。


 暗い森の中、月明かりに照らされて先輩の表情が見える。



   おめでとう、綾部」
「・・・・・ぇ、」
「これで、卒業できるな、」



 先輩にしては珍しく、柔らかく笑んだ。



「卒業、おめでとう」
「っ、な、なんで、え、」
「なんで知ってるか? ふっ、天才の、ごほっ、天才の私に知らないことなんてないんだよ、」



 息しづらそうに、苦しそうに眉を顰めて笑いながら私の頬に血に塗れた手を当てる。
 なんだ、これ、



「卒業試験、うちの殿を暗殺すること、なんだろ?」
「ぁ、」
「安心しろ、殿はとっくに死んでるから、から、お前は、私を殺して終わりだったんだよ」
「ぇ、?」
「だから、卒業試験は、合格」



 ごほごほと咳をするたびに血を吐く先輩。
 殺して? 終わり? なに? どういうこと? 先輩は死ぬの? 合格? 何が? どういうことなの?



「ああぁ、せんぱい、せんぱい、いやです、なんで、やめてください、わ、わたしは、そつぎょうしたら、あいに、あいにいくのに、」
「わかってる、わかってるよ、っ、がはっ、はぁ・・・・・・なぁ、綾部、」
「なに、なんですか、」



 涙が溢れる。意味が分からない。なんで、先輩は。
 先輩の頬に涙が零れ落ち、頬を濡らす。親指で涙をすくって苦笑する先輩。瞳には、ちゃんと、私が映っている。



「名前を」
「・・・なまえ、?」
「そう、喜八郎、て呼ぶから、三郎、て呼んで?」
「っ、」



 ね、お願い。
 無邪気に笑ってそう呟く。



「さ、ぶろう、三郎さん、三郎、三郎、大好き、返事、遅れました。大好き、大好き大好き大好き、愛してますっ、三郎さん・・・・・・!!!」
「私も、大好きだよ喜八郎   



 淡く、微笑した先輩。大好きな先輩。・・・・・・三郎、さん、? 三郎さん、?



「さよなら、喜八郎、愛しているよ」



 あ、嘘。三郎さん、息、してない? 心臓、動いてない? なんで、冷たくなっていくの、?



「ぁ、あ、あっ、うわああああああぁぁああああああぁああああああぁぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああぁあああああぁぁぁぁぁああああああぁぁああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁぁああああああぁぁあぁあああああぁっっっ!!!!!!」



 もっと、もっともっともっと早くから、貴方に捧げておけばよかった。



 もっと、もっともっともっと早くから、貴方をもらっておけばよかった。



 きっと、寂しがり屋な貴方は一人じゃ泣いてしまうんでしょう。



 だから。



 来世では、一緒になれますように、お祈りして逝きます。





(終わり)


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