小説 | ナノ




卒業してからずっと。
気付けばいつも、私は闇の黒と返り血の赤の世界にいた。

頭や時間が狂うほどに闇に居着いて、まるで井戸から汲み上げた水を呑むように血を浴びる。
仕事の後は必ず人の臭いがこびりついていて。
鮮血を浴びた後は入念に風呂に入った。

端から見れば血の臭いなんかしない。なのに、私はいつでも自分から血や死の臭いがする気がして。
だからこそ、ごわついた布で真っ赤になって皮膚が裂けるくらい己の体を掻きむしった。

それでも臭いが消えなくて、一時の癒しが欲しくて、私は街でおんなを抱いてまわった。
おんなといっても女ではなく、柔らかな胸や肢体を持っているわけではない。
正直、女は子供が出来ると面倒なだけだし、甲高く嘘くさい睦言や喘ぎ声、甘ったるい香りと厚い化粧が嫌いだった。
私が女装したほうが遥かに美しいだろう。

なので私は、声変わり前の子供に金を積み、好んで抱いた。
まあ所謂、男娼だ。
仕事の合間に男色楼へ足を運び、比較的聡明な顔立ちをしているいつもの男娼を呼ぶ。
少しの酒と言葉をかわしたら、敷かれた布団へと二人して落ち交わる。
柔らかな頬や聡明そうな瞳に少しの色を灯して此方を見る男娼に口付ければ、それから相手の男娼はもう乱れるだけ。

──私はというと、時より男娼が見せる悩ましげな表情に、かつての後輩を浮かべてただ貪る。

舌の先まで出た名前を飲み込んで、唾液と共に口を吸う。

ああ今、この男娼の瞳に理性が灯った。
聡明な子だから、私がお前を通した“誰か”を抱いていると気付いたのだろう。
それでもその理性を掻きなぐって欲情を醸すところに、男娼の真骨頂を見た。

鈴のような声でねだってくる、その言葉に従って私は男娼を激しく抱き、翌朝になるくらいには枕元に金の入った巾着を置いて、男色楼を後にした。




****




朝日が顔に射してきて、ふと男娼は目が覚めた。
枕元には大量の金が入った巾着。
ああ、帰ったのかと理解した。
重く痛む腰を庇いつつ、ふと化粧台の鏡を見れば、薄紅い華が転々とした細い身体に、女のような男に“化けた”自分の顔。
昨夜の乱れで少し化粧がよれてはいるが、そこそこ美しく化けたなと、自分でも感心してしまう。

「…鉢屋、三郎…先輩…」

先程までの可愛らしい声ではなく、声変わりが終わりかけている低い声でぽつりと呟いて、化けの皮を剥がせば、そこにはもう男娼なんかはいない。
──黒木庄左ヱ門、かつて鉢屋三郎の属する委員会にいた後輩が、鏡には映っていた。


卒業後、庄左ヱ門は三郎が属する城と敵対している城へ勤めることになった。
下の立場ではあるが優秀な庄左ヱ門はある日、敵対している城の忍を暗殺してこいと命を下される。
偶然にもその忍は男色楼に通っているらしく、変装が得意な庄左ヱ門は直ぐさま美しい男へと変化し、男色楼に潜入した。

しかし、来た客はかつての尊敬していた先輩。
まだそれだけなら冷静な庄左ヱ門は彼を暗殺できた。
だが庄左ヱ門はそれができなかった。
何故か。

──訪れたかつての先輩は、死にたいという目をしていたのだ。

本来なら気付くであろう、自分の変装も彼は気付かない。
それほどに彼は疲弊し堕ちていた。

庄左ヱ門は、そんな彼を殺せなかった。
寧ろ本物の男娼のように、彼が望む態度をし、望む言葉を与えた。

そんなある日、抱かれている最中にふと彼が、

「庄…──」

と小さく小さく熱にうかされるように呟いたのが聞こえたのだ。

勘違いかもしれない。もしかすると、恋い焦がれている他の人物の名前かもしれない。
それでもその名前を彼が口にした時、少しだけ堕ちた瞳に光が灯ったのを見た。

そして、もういいではないか、と思った。
もう、楽にしてあげても、と。

予め舌の裏に仕込んでおいた毒針を、口吸いの時に彼に刺しておいた。
即効性のある痛み止めに遅効性のある猛毒を配合した優れた毒物だ。
きっと彼は何も気付かず毒に蝕まれ、良くて激しく苦しみ、…悪くて死ぬだろう。

「さようなら…」

──私は貴方のことが…、

許されないことを呟き、一瞬にして服装を艶やかな“男娼の自分”から真っ黒な“忍の自分”に変える。

三郎が行ったのだろう朝焼けの方角を見つめ、きちんと正座をした。
そして、深々と頭を下げたのだった。



背筋を伸ばして、目を逸らさない、それがどれほどの難事であったか


顔を上げた時に、庄左ヱ門がどのような顔をしていたか。
それは朝日が隠してしまい、わかりはしなかった。




*アトガキ*

救いのない話で申し訳ありません。
自分の中での未来の三郎は病んでるカンジがするので…。
許されない、届かない想いが裏題だったり。

自分の好きなように書いて若干拙いところもありますが、素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。



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