小説 | ナノ




三月のその日、忍術学園では学園を去る六年生と残される後輩たちとの間で、別れの言葉が交わされていた。
ときにはどこからかすすり泣く声も聞こえてくるが、作法室からは泣き声など聞こえてこない。
委員長である仙蔵を前に、後輩たちはしゃんと背筋を伸ばして向き合っていた。まるでいつもの委員会のように背を正している様は、とても仙蔵の別れを惜しむようには見えない。



「立花先輩、ご卒業おめでとうございます」



そう言って頭を下げた綾部に続き、残りの後輩たちも軽く頭を下げる。
今まで仙蔵に教わってきた作法を見せるように。それが彼らなりの誠意だった。
次に顔をあげたときにもやはり涙はなく、唇を真一に結ぶ様に思わずといった風に破顔した。
いやはや驚いた。いつの間にかお前たちは、立派に育っていたんだな。
嬉しそうに目を細める仙蔵に、後輩たちにもようやく笑みが浮かぶ。
笑みを浮かべながら、まるで世間話でもするように仙蔵は話し始めた。



「さて、私はもうここを去ることになる。まだまだ半人前ではあるが、本物の忍びとして世にでるわけだ。そうなったとき、感情というものは酷く邪魔になる。それはお前たちもよく知っているだろ?」



何か身に覚えでもあるのか、気まずそうに視線を逸らす者がいた。
それを咎めることはせず、寧ろ恥じることはないと言う。何せ、お前たちは既に強いのだからな。



「さっき用具のやつらと出くわしたのだが、向こうは酷い有り様だったぞ。皆顔をぐしゃぐしゃにして泣いていてな。卒業ごときであの成さまとなれば、先が思いやられる。まあ、悪いことではないと思うがな」



立花仙蔵という先輩から送られる最後の教えは、今までのものよりもどうにも回りくどく解りにくかった。
お言葉ですが、と綾部が口を挟む。先輩は何を仰られたいのですか?
もう自分達に残された時間はあってないようなものだ。
急かす気持ちで言葉を待つ。また、一秒二秒と時が過ぎた。
緩慢な動作で肩を竦めて、鼻の頭に皺を寄せて笑った。それは彼らしくない、作法や美しさなんてものをなくした笑みだ。



「泣いて、くれないか」



顔を歪めて、うまく泣けないんだと仙蔵は言う。自分は忍になるために感情を殺しすぎて、泣くことができなくなってしまった。だから代わりに泣いてほしいんだ。
どこか遠くから、誰のものともしれない泣き声が聞こえてきた。
いいえ、と首を振ったのは藤内だ。その隣では綾部が顔を伏せ、何かを堪えるように下唇を噛んでいる。



「僕たち作法委員は、確かにあなたの言うように強いものたちばかり……です。それは、きっとあなたが……、ふぅ、委員長だったから、で……ひくっ」



鼻を啜る音が聞こえた。一年の二人は上を見上げて、鼻を真っ赤にしている。
そこまで言って、あとは言葉にならなかった。同じように唇を噛み、下を向く藤内の拳に滴が落ちる。
代わりに言葉を紡いだのは綾部だ。あげた顔はいつものように何を考えているのか解らないものだったが、眉間には僅かに皺が寄せられていた。



「あなたのお陰で私たちは強くなりました。だから、幾らあなたの頼みとはいえ泣くことはできません。強くあるというのは、そういうことでしょう?……代わりに、涙ではなく、笑顔であなたを見送りましょう」



そう言って全員が笑った。涙で汚れた顔を雑にぬぐい、無理矢理口の端を吊り上げただけの笑みだ。
それでも、美しいと仙蔵は思う。嗚呼、この子たちはなんて強く、美しいのだろう。



「強くありなさい。それが私からお前たちへの最後の望みだ」



泣くなと言った。言われた後輩は、確かに泣くことをやめた。
強くあるというのは大変ですねと、冗談めかした声に笑みを浮かべる。
やっかいなことに、我々は強い。故に最後のときになるかもしれないというのに、皆して泣き、慰めあうことはできなかった。




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