小説 | ナノ




 こんこん、と最後に形を整えるように木槌で叩けば、食堂のおばちゃんに頼まれていた桶の修理は完了である。


「はい、完成。」


 瞳を輝かせた、どこかなつかしい表情をした二人の井桁模様の前に桶を差し出せば、ぱちぱちともみじのような手を叩いて歓声を上げていた。


「うわあ、新品みたい!」

「福富先輩、すごおい!」


 なつかしいなあ、と目を細めた。六年前はそれは自分がやっていて、『福富先輩』に入る名前は『食満先輩』だった。あのころは六年生なんて絶対に手の届きそうもない、途方もなく大きな存在に感じていたような気がする。自分が六年生のように成れるなんて思ってなくて、多分成ろうなんていう意識もなかったと思う。い組あたりはあのころから上に追いつこうと必死になっていたけれど、ぼくらはただひたすら、先生に甘えるのと同じ感覚で甘え続けていた。「自分が目指す存在」では無く、どこか先生のような存在だと思っていたのだと思う。いつか自分があの場所に立つなんて、まったく想定もしていなかった。


「福富先輩、これどうやったんですかあ?」

「う〜ん、ちょっとむずかしいから、また今度ね。」


 甘やかすな、ときり丸に怒られるかもしれないなあ、なんて苦笑しながら、修理をし終えた桶を持ってこちらを見上げる形のいい頭をなでる。けれど、これが用具委員会のやり方なのだから仕方がない。あの当時は食満先輩しか知らなかったから意識することなどなかったけど、今考えてみれば本当に、いいだけ甘やかされていたのだろう。


『しんべヱにはちょっとむずかしいからな。また今度。けがをしたらいやだろう?』


 おれも伊作に叱られたくない、なんて、あのせりふを何度聞いたことだろう。危なくないように、なんて、本当にあまいひと。おかげでこのざまだ。

 釘の打ち方は、食満先輩。錐で穴を開けるのも食満先輩で、のこぎりの扱い方は富松先輩。鑢での削り方も富松先輩で、鉋の使い方も富松先輩。桶を作るときの弧を描く木の削りかたも、水が漏れない板の合わせ方も、結物のやり方も、みんな富松先輩。
 気づいたのは、多分六年に上がってすぐだ。いま、かわいい後輩となったあの井桁模様が自分たちのものであったころの、この色をまとっていた人を思い描こうとして、失敗した。

 やさしいせんぱいだった。いいだけ甘やかしてくれて、遊んでください、といえば笑って頭をなでてくれて、できないと泣けば、『仕方ないなあ。』なんていいながらぼくらを抱え込んで、一緒に金鎚を握ってくれるような、そんなせんぱいだった。

 けれど、だから。
 大切にされて、甘やかされて。それは知っているけれど、それを望んだのはぼくだけれど。

 その結果、このぼくの身体に、食満先輩はどれだけ残っている。

 用具委員として使い物になるような技術は、ほとんどすべて富松先輩から教わった。あたりまえだ、富松先輩とは三年間も委員会が一緒だったのだから。食満先輩から教わったことなんて、ほんの少しだけ。それすら、あまりにも基礎的過ぎて、そして成長したぼくらの体には合わないやり方は、色が変わるにつれてどんどん上書きされている。

 ねえ、なんで。もっと残してくれなかったんですか。

 それを望んで、受け入れていたのはぼくだったけど。でも、もっと厳しくしてくれれば、こんな。

 あなたを思い描こうとして、それがどこか夢の世界の人のような、脆さを感じずにすんだのに。



すこしずつすこしずつあなたは架空になっていくけど
(ほうら、南蛮菓子だよ。そう言って懐から包みをだせば、歓声をあげてちいさな子らは近寄ってくる。その手に鮮やかな包みを渡していれば、たまたま通りかかった乱太郎が苦笑した。うちの子たちが用具委員会をうらやましがるからせめて倉庫の中でやってよ、というのに仕方ないでしょう、用具委員会の伝統だもの、と返す。富松先輩はやっていらっしゃらなかったようだけど、と皮肉を返してくる乱太郎に、ふと笑った。ああそうだ、富松先輩は少なくとも委員会中はお菓子を出そうとはしなかった。これだけ後輩を甘やかしていたのは食満先輩だけ。まさかこんなところを継いでいるなんて、と苦笑して、けれどそれがまあ食満先輩らしく、そしてぼくらしい。)


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