*タイトルはネタであり、至って真面目なお話です。BLじゃないです(笑)
若干某作品とリンクしていますが、あまり気にしないでください。











相変わらず変わっていないな、と苦笑する毎日だ。


誰もいない書斎でふと窓から入ってきた風に懐かしさを覚える。
ぱさりと揺れた青い髪を耳にかけて、ユアンは顔を上げた。
目を通していた書類を机におき、心地よい風を肌で感じながら頬杖をつく。ああ、もう春なのか。まどろむ意識の中そう思った。



2つの世界を統合してもう随分と時がたった。数年前、自分を見上げてぎゃあぎゃあと喚いていた赤色の少年は今ではもう目の高さをあわせて話せるほど成長している。この前久し振りに会ったときなんか、やけに目付きがクラトスに似てきていたので思わずどきりとした。そのとき、確かにロイドの少年時代は終わりを告げたのであろう。子供というのはすぐ大きくなる、といつかのクラトスがぼやいていたが、ロイドの大人びていく仕草一つ一つを目の当たりにしてユアンは大いに納得した。
同時に何だか虚しくなった。


自分はもう、変われない。


今年の春は自分にとって何度目の春なのだろう。ぽかぽかとした居心地の中、ユアンはひとりごちた。変化をしないと時間の経過に執着しなくなるのだ。自分が瞬きをしている間に、周りはどんどん変わっていく。
日々目まぐるしく変わっていく世間を眺めるのは、つまらなくはない。自分がすでに世界の原理からはずれているだけに、移りゆく世間を他人事のように見つめられる。当たり前だ。本来自分が最先端で生きるべき時代はもう終わったのだから。それは古代大戦時であるが、世界が統合されたときにも再び終わったのだろう。今は新たな若い命達が新たなやり方で世界担っていく、新たな時代だ。



だからこそだろうが。
最近、ふとした時に彼を思い出すのだ。自分にとって唯一「旧友」と呼べる―――あの男のことを。



彼は口数が少なかった。
ユアンも彼ほどではないが、あまり普段喋る方ではないので、旧友と言えどもそこまで会話はしていない。おそらくそのへんできゃあきゃあと騒ぐ女子供のほうが、4000年と生きてきた自分達よりも会話に溢れていると思う。
だが、それでも伝わるものはあった。


かつての古代大戦時には口喧嘩もよくしたものだ。
あの頃は若かった。外見は今とさほど変わっていないが。
精神年齢は20代。故にすぐちょっとしたことでカッとする悪い癖がユアンにはあった。今でもそうなのだから若い頃はもっと酷い。口論というか一方的にユアンがクラトスに怒鳴っていることがほとんどだった。クラトスは何を言われても直情しない。静かに冷静に、すました顔で意見を述べる。それを見るとユアンはさらに頭に血がのぼるのだ。まるで見下されているようで腹が立った。実際クラトスにそんな気がなかったことはわかっていたし、見下されていると感じたのは心の底では彼が正しいことを認めていたからなのだろう。
クラトスはユアンとは違って己の視点や事情だけで物事を語ったりしないのだ。決して言い訳も弁解もせず、事実だけを述べていた。

だがしかし、とユアンは静かに笑う。その表情は自嘲的な笑みでも皮肉むいた笑みでも悲しい笑みでもない。優しい思い出と大切な人達を追憶する微笑みだった。


自分は、あの旅をきっと一生忘れないだろう。
瞼の裏に描かれる光景は未だに鮮明だ。ドタバタと走り回っては、自分の周りをぎゃあぎゃあと騒いでいた愛しい姉弟。それを困ったように見ていた自分の旧友。
初めて手に入れた居場所と、何の躊躇もなくハーフエルフの自分を受けとめてくれる人たちに何度も涙が出そうになった。
それは家族に似ていた。出生の理由で失った自分の温かな家庭が帰ってきた気がしたのだ。

前まではそれを未練として心の中に秘めていた。
彼女が生きていたことを、そして残酷な終末を迎えたことを忘れてはいけないと思った。同時に義弟の方向の間違えた怒りを止められなかった弱い自分達も――――――。


クラトスの今生最愛の女性は随分前にこう言った。


正義のヒーローの強さは物理的なものではない。相手の痛みと苦しみをどれだけわかっていたかどうかだ、と。


自分は今までマーテルやクラトスやミトスの正義のヒーローでいられただろうか。
たまに考えたりするが、やはりそれは違う気がするなとユアンは思った。彼女の意見は正しい。だがそれは自分ではない。


きっと自分にとって一番正義のヒーローは……………





「………くだらんな」



はあ、とため息をついてユアンは再び書類に目を通した。脳裏にかすんだ情景は優しくうっすらと消えていく。過去を見つめすぎては今を生きれなくなることをわかっていた。ただそれは、失った幸せから目を反らしていた自分とは違う。今の自分にとってあの日々は、煌めく太陽や風になびく美しい木々や花に似ていた。それだけ、優しくてたまに恋しい記憶として心に置くことができている。




『父さんが最後に言ってたぜ、ユアンをよろしくってな!ほったらかしにすると淋しがるからってさ。
だから俺、父さんの変わりに定期的に顔だすことにしたんだ』


そうケタケタと笑った彼の言うとおり、あの男はやはり自分を不器用なりにわかってくれていた。そんなふうに思う。
今では会うことはもちろん、直接言葉を交わすこともない。彼は宇宙の果てできっと今でも仏頂面で不器用で優しい彼のまま、強く生きているだろう。
そう思うからユアンは強くなれる。口が裂けても本人には言わないが。




世界にとっての英雄がロイドでも
自分にとっての英雄はやはり、違った。
それをわかっているからあの時ロイドは「父さんの変わり」という表現を使ったのだと思う。つくづく鋭いのか鈍いのかわからない男だ。あれは父親似だと思った。


ちなみにユアンはオリジン解放時にクラトスが言った言葉が、未だに忘れられない。親と子の一騎打ちのあと、無理やりオリジンを解放したあの馬鹿は、らしくなくボロボロになった姿で弱々しくユアンの名前を呼んだ。そのときロイド達はオリジンと交渉していたから、クラトスの擦れた声はユアンにしか聞こえなかった。


『………喋るな、傷が開く』


クラトスの重みがかかる右腕に力をこめて、ユアンは視線を彼に向けた。クラトスは傷だらけだった。枯渇してしまったマナを彼に注いでいる最中なので、いつだって死の境界がクラトスの目の前にあった。それをユアンは恐れ、そして焦っていた。

なのに当の本人は信じられないほど落ち着いていて、見たこともない優しい瞳で、笑って自分を見つめていた。そのときユアンは初めて、地をはってでも生きる人間の姿が美しいと思った。


『ユアン、ありがとう』


渇いた唇を震わせて言ったのは一言だけだった。そして彼は自分の力で立ち上がり、ユアンの腕から離れていった。マナが十分行き届いたのだろう。
ロイドとオリジンの元へと向かうその背中は、傷だらけだろうがなんだろうが昔となんらかわらない。
そのとき、随分昔に言われた言葉の真意に気付いた。


―――――お前がいるから安心して前を向ける。


当時はわけがわからず、すっとんきょうな返事をしたが、その背中を見て4000年の時を越えて意味を悟った。
ユアンにとってクラトスとは、何をしてもかなわない相手だと常に思っていたから、自分の前を行くその背中だけをいつも見ていた。強くて危なっかしい彼の背中を――――

それを見ている自分がいるから、彼は先を行けたというのか。



「やはりくだらん」


再び同じセリフを吐いた。
もはや独り言の域を越えた、大きな声で。

ありがとうなんて言われる筋合いはどこにもないとユアンは思った。
それほど大したことはしていない。それとも、把握していないところで、自分も彼を救えていたのだろうか。
だとするならば、とユアンは窓から空を見上げた。
地上からでは、先を行くクラトスの背中は見えない。だがしかし、それでも見つめていたいと思った。宇宙の果てをいく、あの背中を。


ありがとう。
きっと彼は命を救ったことだけに対して言ったわけではないのを、ユアンは知っていた。
自分達には、今まで互いに伝えれなかったことが沢山ありすぎた。あまりに会話が欠如していたから。
今まで言えなかったことをすべて精算して「ありがとう」にまとめ上げたのだろう。


もう会えるかもわからない、伝えれるかもわからない人に向けて、ユアンは「言葉」を風にのせた。窓から空を見上げて、囁くその姿は女神が恋に落ちてしまうほど、凛々しい。
綺麗な青髪をなびかせて、彼は踵を返し窓際から離れた。いつもより少し早足で快活な足音を慣らしながら、今日も地上もといレネゲードの廊下を歩く。膨大な量の仕事をこなし、たまに昔を思い出しながら今を生きている。大事なことから逃げた自分らの罪を今から償っていこうと、旧友と約束したからだ。


女神の愛した大地からその大きな背中が見えるくらいの視力が自分にあったなら、なんて…




考えてない。たぶん。





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