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哀ちゃん―――志保さんとのやりとりから数日後。
協力をしてもらった明美さんに、結果の報告とこれからどうしていくかについて話をしようと思い、会いに来ていた。
結果の報告は簡潔に済ませた。けれど、これからどうしていくのかについては、正直自分自身も決めかねている部分があるからだろう、遅々として話が進まないことが予想される。終わったことを話すのは簡単だけれど、これからのことを話すのは難しいんだよなあ、と思った。
それでも。志保さんに生きていることを伝えられたことが嬉しかったのだろう、明美さんは上機嫌で話を聞いてくれた。
「……とりあえず、志保さんとの会話はこんな感じでした。志保さん、明美さんが生きていることを知って喜んでいましたよ」
「そう……私も、志保が無事だと分かって本当によかったです。手紙も、お役に立ったみたいで」
そう言われて、私も一安心した。正直、その場に行きたかったと言われても連れて行けなかった。志保さんに関しても本人に会わなければ信用できない、だなんて言われることなく明美さんの手紙を渡すことで信用してもらえたというのは大きかったと思う。
じわり、と実感が湧いてきているのだろう、頬を紅潮させて嬉しそうな表情をする明美さんは、とても美人だなと思う。私がこんなことを言うのは可笑しいかもしれないけれど、男が放っておかない感じ。しっかりしている風なのに、ちょっと気を許しやすいところなんて、庇護欲をくすぐるのではないだろうか。
そんなところにも、赤井さんは惹かれたのだろうな、と他人事のように思った。
しょうもないことを考えてしまったと、自分の考えを振り切るように話を続けた。
「今後は、手紙でのやりとりを行えるようにしていきます。ただ、受け渡しできるのが私だけになるので、頻繁に行うことはできないと思っていて頂きたいです。いずれは会えるようにできたら、とは思っているのですが……」
申し訳ない気持ちでこう言うと、明美さんは焦ったように顔の前で手を横に大きく振った。
「そんな、お気になさらないでください!むしろ、ここまでして頂いていることに感謝しかありません」
恐縮したようにそう言う明美さん。けれど、表情はとても優しくて。
「でも、赤井さんが本当に約束を守ってくれているだなんて、何だか不思議なくらいです」
その優しい表情をした明美さんの口から零れるのは、赤井さんの話。
ごく自然に、明美さんを笑顔にする存在なのだなと思う。けれど、明美さんは赤井さんとよりを戻すつもりはないと言う。
それはきっと、赤井さんが明美さんの生存を知らないからだと思う。きっと、死んだと思っている人間に好かれたって、なんて思っているのではないかと考えている。そんなことはないだろうと思うのだけれど。
「赤井さんのこと、好きなのですよね?」
ぽつり、と呟くように口から零れたその言葉を聞いて、明美さんが驚いたようにこちらに視線を向けてきた。多分、質問の意図を計りかねているのだろうと思う。
失言だったな、と思うけれど、今更先ほど口をついた言葉を撤回することもできなくて。明美さんの言葉を待つことしかできなかった。
「うーん、そうですねえ……好きだった、というのが正しいと思います。今は、人として好き、というくらいでしょうか。恋の相手としてという意味であれば、もうそういう気持ちは持っていないので!」
最後に、ふふ、と小さく笑うように言った明美さん。
多分、直接会っていないからそんな悠長なことが言えるのだろうなと思う。赤井さんは、本当に素敵な人だ。明美さんの話を聞く限り、恋愛に関しては言葉足らずなところもあるように思えるが、それを差し引いてもあまりあるくらいの魅力を持っている人だと思う。
―――赤井さんに、明美さんのことを話そう。
赤井さんに話したら、証人保護プログラムの話になるかもしれない。けれど証人保護プログラムで明美さんを保護するということは、もう二度と明美さんとして接することができなくなるということ。赤井さんがそんな選択をするとは思いにくい。いや逆に、明美さんの身を心配して進めてくる可能性もあるかもしれないが。
けれど、明美さんはそれを拒否するのではないかと思う。証人保護プログラムの話を受けてしまうと、もう二度と志保さんと会うことはできなくなる可能性が高い。
そうなると、赤井さんがFBIとしてではなく、個人的に明美さんを保護するという対応を選ぶかもしれない。
そしたらきっと。内気な美しいこの人は、また赤井さんと―――
サボテンの思慕
(あの人のことをきっと、)
(ずっと愛しているのだろう)
2020/9/14
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