それは、秘密 | ナノ


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「お疲れさまでした、お先失礼します」


風見さんや同僚の返事を背に受けつつ、警視庁から出る。

今日は調子よく仕事が終わって。

定時とは言い難いけれど、いつもよりは早く仕事が終わったと思う。まあ、用事があるから切り上げたと言っても間違いではないのだけれど。


「……さて、どうしようかしら」


目下、私の頭を悩ませているのは、昨夜赤井さんから入っていた着信履歴のことだ。

こちらから折り返し連絡をしても良いのだけれど、再度連絡が来たわけではないので、連絡し倦ねているのだ。


もしかして、しょうもない連絡だったのかもしれない。そう思うと、こちらから折り返し電話をするのは憚られるし、どうしたものだろうか。せめて、電話を掛けてくるならば用件をメッセージでもいいから送っておいてもらえると助かるのだけれど。


そこまで考えて、ひとつため息を吐く。

再度連絡が来るまで放置しても良いのではないだろうか。そんな考えが頭の中を過ぎったけれど、流石にそれは拙いかと考え直す。


それにしても、最近は面倒ごとが多いなと思う。これまでも公安に潜入している黒の組織の協力者という立場から、面倒なやり取りが必要になることは度々あった。けれど、赤井さんがここに介入してきたことによって、更に面倒ごとが増えたような気がする。

まあ、そんな文句も言ってはいられないのだけれど。


どうしたものかと思いながらも、とりあえず米花町の方へと足を向けている自分に少し笑う。何となく、呼び出しなのではないかと察してしまっているのだ。けれど、こちらから連絡するのが憚られるのは、赤井さんから着信のあった時に自分がしていたことを思い起こすと、何だか心臓が掴まれるように痛むから。


ブブブ、ブブブ……


バイブレーション設定にしてあるスマホが着信を知らせてきた。こんなタイミングで電話をかけて来る人物なんて限られている。風見さんか、倉田さんか。ジンは多分ないだろう。それだったら、あとは―――


「……赤井さん、」


何となく察していた手前、連絡しなかったことをほんの少し悔やまれる。まあ、責められる覚えもそれほどないので、待たせるよりはと思い電話に出る。


「……もしもし?」
『昨夜は忙しかったのか?』


……電話に出た途端に言うことが、これなのかしら。赤井さんに、挨拶もなしにこんなこと言われる筋合いはないと思う。まあ確かに、電話を折り返さなかった私が悪いかもしれないけれど。

要件を察していた側としては、少し悪かったかしら、なんて思いながら返事を返す。


「ええ、ちょっとね。何か急ぎのご用でも?」


私がそう問うと赤井さんは、急ぎというわけではないが、と前置きをして続けた。


『唯の予想通り、ボウヤがあの後俺の所に来たんだ。適当に言って帰したが、これからどう対応するのか考えたいと思っているんだが』
「対応?」
『ああ。お前と俺の言っていることが食い違っていたら、ボウヤは余計に怪しむだろうからな』


赤井さんにそう言われて、まあ確かになあと思う。余計なことに首を突っ込みがちのボウヤのことだ。気になることがあったら、後を追ってでも真相解明しようとしてくるに違いないと思う。

本当に、危なっかしいボウヤだ。


「―――嘘を吐く準備をするということね、分かったわ」


嘘を吐く準備、だなんて。

酷いことを言っている自覚はある。けれど、間違ってはいない。真実の姿を話すことはできないの。私も赤井さんもボウヤも、黒の組織に関わる人間であることは間違いないだろう。けれど、決定的に関わり方が違う。

私は黒で、赤井さんは白。そしてボウヤも、白なのだから。


……そうでしょう、銀の弾丸さんたち?






(いろんな嘘を吐いて)
(まるで、道化師みたいね)



2020/7/15


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