それは、秘密 | ナノ


 34


「……見られてますねえ」
「そうですねえ」


確かに私ものんきそうに言ったけれども、昴さんものんきそうに返事を返してきた。そうですねえ、って。ふざけているのだろうか。


「コナンくんと灰原さんですね」
「おや、随分と目が良いようで」


にこにこ、と表情を崩さないまま話を続ける。ここで見られていることに気付いていると悟らせない方が無難だろうと思って。


「まさか、スナイパーの貴方には敵わないと思いますけれど」
「おや、そんなことはありませんよ。僕はスナイパーではないので」


表情を崩さないまま、そう言ってくる沖矢さん。まあ確かに、スナイパーなのは赤井さんであって沖矢さんではないけれども。のんきな返事を返してくる余裕があるのだったら、何とかしてほしいところだ。


「何かを話していることは分かっても、内容までは聞こえていないでしょう。聞こえていたとしても、外では当たり障りのない会話しかしていませんし、大丈夫だと思いますが」
「……コナンくんは貴方の正体を知っているのでしょう?少なくとも、公安だと思われている私が貴方と関わりを持っていたら、不審に思うと思いますが」


呆れたように言うと、そうかもしれませんね、と他人事のように言われた。まあ確かに他人事だろうけれど。

相変わらず、コナンくんと灰原さんがこちらを伺っていることが分かる。きっと、不審に思ってこちらのことを観察しているのだろうと思う。あながち間違っていないが、こちらを観察するのを止めて欲しいところだ。


「見られたところで、唯さんの正体に気付かれるようなことはないでしょう?」


沖矢さんはそう言ったが、私は首を横に振ってため息をついた。コナンくんは確かに、私が沖矢さんと話をしていたところで何かに気付くことはあり得ないだろう。少なくとも、FBIと公安が手を組んで何かしようとしているのだろうか、と勘ぐるくらいのことだと思う。けれど、ここには灰原さん―――シェリーがいる。


「……直接話したことはないですが、おそらくシェリーは私のことを知っているでしょう」


XYZとしての私を。

組織にいた頃、親しいというわけではなかったが、明美さんと話をしたことがあった。組織の仕事に関わる内容であったし顔も多少は隠していたけれど、その場面をシェリーに見かけられた覚えがある。顔を多少隠していたとはいえ、私がその人物と同一人物であると判別することができる程度には記憶されている可能性がある。明美さんと話していたときには私の存在を知らなかったかもしれないが、あそこは姉妹の仲が良かったと認識している。明美さんが、話していた相手である私をXYZであると教えた可能性はなくはない。

帰ってから、明美さんに連絡して聞いてみようか。そう思ったけれど、他愛のない会話のひとつだっただろうと思うので、記憶しているのか分からない。それだったら、わざわざ連絡することもないか。


それにしてもまさか、灰原さんに顔を見られることになるだなんて。


さて、どうしたものか。


そんなことを考えていると、沖矢さんもそれは流石に拙いと思ったのか、思案顔だった。けれどまあ、こんなところで考えていても答えは出るはずがないので、さっさとここから姿を消した方が無難だろう。

その考えに行き着いて、私はひとつため息をついて。


「とりあえず、今日の所はここで帰らせてもらいます」
「……ええ、分かりました」


沖矢さんはどうやら、灰原さんには正体をばらしていないようなので、私から伝って赤井秀一の姿を重ねられると拙いのだろうと思う。とはいえ、組織にいた頃にライと関わった記憶なんてほとんどないのでよほど大丈夫だとは思うのだけれど。


「何かあれば連絡頂けると嬉しいです。こちらも、何か接触等があれば連絡しますね」
「そうですね、それが良さそうです」


それでは、と言ってひとつ頭を下げる。横目に、慌てて門から離れていったコナンくんと灰原さんの姿が見えた。ここで直接やり取りをする気はないようで、一安心だ。


門を出て、不自然でない程度に辺りを見回す。

どうやら、あの二人は姿を消してしまっていた。おそらく、阿笠邸にいるのだろうけれど。


それにしても、やっかいなことになったな、と思う。きっと、あの好奇心の塊のような少年―――コナンくんは、私か赤井さんに接触を図ってくるだろう。どういう関係なんだ、と。もしかしたら、私にも赤井さんにも接触を図ってくるかもしれない。

そうなったとき、どう答えようか。

伝えるべきことを赤井さんに伝えて気楽に帰るつもりであったのに、とんだ帰り道になりそうだ、と自嘲した。






(穏やかな時間なんて)
(ほんの僅かなものねえ)



2020/6/17


≪|≫

back

×