それは、秘密 | ナノ


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「こんにちは。こんなにすぐ、またここで会うだなんて思ってもいなかったわ」


今日は偶然ここへ来たの。

そう言って笑顔を浮かべてみる。白々しいことをしているということは分かっているのであるが、その白々しいこともしておくべきことだと思っている。

こうやって探りを入れるために近づいてくる人間には、特に。


「そうだったんだね!ポアロはハムサンドとか人気のメニューもあるし、コーヒーも美味しいってよく聞くよ!梓さんや安室さんも、人当たりがいいから人気があるみたいだし」


ニコニコと笑顔を浮かべながら、コナンくんが私の隣に座った。どうぞとも何とも言っていないけれど、まあ話したいのは私だろうと想像をしていたから何も言わない。こんな白々しい笑顔を浮かべている私の隣に座るだなんて、危機管理能力は大丈夫なのだろうか。


けれど、白々しい笑顔を浮かべているのはお互いさま、かな?


「それとも―――ゼロの兄ちゃん目当て?」


きらり、とコナンくんの瞳の奥が光った。犯人を追いつめるような表情。


……ああ、可笑しい。


「……ゼロの兄ちゃん?」


安室さん―――降谷さんのことを指していることは分かっているのだけれど、あえて知らないふりをした。

来葉峠の一件で、コナンくんが関わっていることは赤井さんから聞いていたので、コナンくんが安室さんの正体を知っていることに驚きはないのだけれど。


真っ黒な服装をしていた私を見かけたのだから、黒の組織の人間だと思って話を聞きに来たのかもしれないと思ったけれど、どうやらそれは杞憂だったようだ。大方、降谷さん扮する安室さんと親しいフリをしているのだと踏んで、降谷さんの協力者か何かだと読んだのだろう。


……まあ、公安っぽくはないか。


今もスーツは着ているけれど、パンツスーツではなくタイトスカートのものだ。もともと今日の午前中は情報収集のために喫茶店で一般客に紛れつつ張り込みを行うことになっていたため、敢えてパンツスーツではなくちょっとお洒落なものを身に付けていたのだ。風見さんと動いていたのであるが、風見さんはいつも通りのスーツだったので少し笑えたけれども。余談失礼。昨夜遭遇したときは、それこそラフな格好をしていたことを思い出す。あのすれ違いざまで、どこまで見えていたのかはわからないけれど。


それにしても、ゼロの兄ちゃん、か。

私が降谷さんのことを知らなかった場合、この発言はかなり危ういものだということが分かっているのだろうか。そういえば、あの人も確か降谷さんのことをゼロと呼んでいた気がするが、まあそれは関係がないだろうと思う。コナンくんが指しているゼロとは、降谷さんの所属する公安警察のことを指しているものだろうから。


「うん。唯お姉さんは、知ってるんじゃないかなって思って」


小学生の身体に、大人びた表情を浮かべるコナンくん。きっとこれは、新一くんの表情なのだろうと思う。

でもやっぱり、高校生くらいじゃあまだまだ子どもだねえ。


「何のことかよく分らないけれど、ここのコーヒーは美味しいわね」


コーヒーを一口飲んで、にこりと笑ってみせる。

たとえ私が本当に降谷さんの協力者だった場合でも、こんな子どもに正体を話すことはあり得ないということが分からないのだろうか。


正義を振りかざすボウヤの後ろに、犠牲になった人たちが連なっているのだということを自覚するべきだ。それがたとえ、犯罪者であったとしても。愉快犯ならばまだしも、何らかの強い感情を持って罪を犯した人間の方が多いはず。それを白日のもとへ晒すことはまだしも、責め立てることは間違っているし、不確定な状態で危険な情報の提示を行うべきではない。


それに。私のような人間が、こんな子どもに対して自らを危険に追い込むような情報を手渡すわけがないだろう。


しかし、私の返答に納得がいかなかったのであろうコナンくんは、不満げな表情をした。そんな悟られやすい表情を浮かべない方が良い、とアドバイスしたくなるくらいだ。


「唯お姉さん、」


責めるような口調だけれど、私は痛くも痒くもない。


「ボウヤが何を思ってその質問をしてくるのかは分からないけれど……」


けれど、真剣な表情をしているボウヤに、ひとつだけアドバイスを。


「危ないことには首を突っ込みすぎない方が良いよ。ボウヤはまだ、子どもなんだから」


その正体が、高校生だったとしても、ね。


心の中で、一言付け足す。

多分、降谷さんはコナンくんの正体が工藤くんであることに気付いていないだろうと思う。大人びていて、推理力のある子どもだとは思っているだろうけれども。


何にせよ、ここで話すにはリスクが高い内容だ。

降谷さんがいるのであるから、黒の組織の人間による盗聴器はないだろうけれど。降谷さんが客席に盗聴器を仕掛けて情報収集をしている可能性は否めない。


これ以上、コナンくんと話しても疲れるだけだと思って。ここを出るべく、残っているコーヒーをぐい、と飲み干した。美味しいコーヒーなのだから少しもったいない気がするけれど、この状況ではのんびりコーヒーを楽しめる気分ではない。

さっと立ち上がると、私がもう帰ろうとしていることに気付いたのだろう、コナンくんが少し焦ったように声を掛けてきた。


「最後にひとつだけ!」


その言葉に、ひとつため息をついてコナンくんを見やった。最後にひとつ、と言われたから。ただの、子どもに対する温情だ。

さて、何を聞きたいのやら。答えられる質問ならばいいけれどねえ。


「唯お姉さんは……悪い人たちの敵、だよね?」


真剣な表情をしてこちらを見つめるコナンくん。

そうか、そうきたか。


「悪い人たちの敵、ねえ……」


組織からの潜入員として公安に所属している私は、正反対の存在だと言っても過言ではない。けれど、こんなところで答えられる質問ではないし、ここでは降谷さんの目もある。

何と答えるべきだろうかと考えるが、適当な言葉がなかなか思い浮かばなくて。ベルモットがよく使っているらしいあの言葉が頭の中をよぎったけれど、それを使ってしまえば私が黒の組織側の人間であるということがすぐに察せられてしまうだろう。


それでも、嘘は吐きたくないと思ってしまった。


だったら、こう答えるのが最善だろう。


「―――さあ、どうだろうね?」






(知りたがりのボウヤへ)
(謎をひとつ落として帰った)



2020/5/14


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