01
「あれーっ?咲先生じゃね?」
中庭の方から少し大きめの声で、確認されるように名前を呼ばれて。そちらを向いてみると、一年生の生徒たちがこちらを見て手を振っていることに気がついた。
『えっと、B組の小林君…ですよね』
どうかしましたか?と首をかしげると、こっち来てよ!と笑顔で呼ばれる。授業時間のはずなのであるが、サボっているのだろうか、と思い注意しようとすると、自習だから外に出てきた、という何とも言い難い返答を笑顔でされてしまったので、もしかしたらここ鈴蘭高校では普通の事なのかもしれないと、痛む頭を抱えつつ見て見ぬふりも必要かととりあえず諦めた。
どうやら、加東君と米崎君も一緒のようだ。そういえば、彼らは三人とも同じクラスだったか。
「よーっす先生!何、先生もサボりかー?」
『まさか。サボるわけないじゃない。今は次の時間のための準備をしているの』
「…なるほどな。遊んでいるわけではないとは思っていたが、教育実習生も大変なんだな」
ふむ、と米崎君が言った。なんだか、君は達観していますね。大人びているというか、現実を見ているというか。加東君はチャラチャラした外見の割には落ち着いており、興味がないのか、雑誌を片手に座っている。これはこれで、不思議な子だなあと思う。そして、この二人を相手にして一人話していた小林君はもっと不思議な性格をしているのではないかと疑問に思ってしまう。
「なあ、咲先生。先生って年はいくつなんだ?」
小林君が首をかしげる。
『今は大学四年生です。誕生日はまだきていないので二十一歳ですよ』
「おおっ!彼氏とかは?」
『いないですよ』
「えー!じゃあ俺、立候補!」
『…担当のクラスの生徒にも言われましたが、生徒に手を出すつもりはありません』
そこまで言うと、小林君はクラスの生徒?と言った。私が担当しているクラスを知らないということだろう。二週間の実習に来ているだけなのであるが、さまざまな学年の授業を担当しているため、クラスの担当がどこなのか知らないということなのだろう。まあ、クラスや学年が違っていたら、どのクラスに教育実習に来ているのかだなんて詳しく知らない生徒の方が多い。
「…咲先生はどこのクラスの担当してるんだよ?」
ここにきて、加東君が口を開いた。…私の名前、知っていたんだなあ。なんて思って。
『私は3-A担当ですよ』
そう答えると、三人が驚いたように目を見開いた。
「え…坊屋さんたちがいるクラスじゃねえか…」
『あら、坊屋君たちを知ってるの?』
一年生と三年生なんてほとんど交流がないと思っていたのだけれど、もしかしたら意外と交流があるのかもしれない。下克上とかを狙っているのだろうか。それで知っているのだったらかなり物騒なのだけれど。
「知ってるに決まってるだろ。坊屋さんたちは現在、事実上のトップだ。完全にこの学校をまとめたわけではねーけどな」
加東君の言葉に、ふむふむ、と私は聞き入った。坊屋君は実はそんなに凄い人だったのか。成績はあんまり良くないみたいなんだけれど、不良偏差値は高いようだ。何か秀でるものがあるということはいいことだと思うよ、私は。
「そういやあ、ヒロミさんもA組じゃなかったっけ?」
小林君のその言葉に、加東君が反応した。私も、内心桐島君の名前が出てドキリとした。しかし、それを顔に出すことはなく、黙って話を聞いていた。
「…あの人は本当に強いぜ。坊屋さんと並ぶくれぇ強いのに、坊屋さんの下に付いてる」
「ああ、まあ確かにな。でも、それも坊屋さんの人望ってヤツなんじゃねーのか?あの人は、不思議な人だからな」
尊敬の念がこもった言葉を発する二人を、私はただ黙って聞いていた。
坊屋君が実は凄い人なのだということを感じたと共に、それと並ぶくらいの強さを誇る桐島君が坊屋君の下に付いて動いているということだ。先走りやすいタイプに見える坊屋君を裏で支える策士タイプの桐島君、といったところだろうか。バランスがとれているからこそ、彼らは共にいるのだろうと思う。
そう言えば、せっかくの空いた時間であるから次の授業の準備をしようと思っていたのであるが、結局彼らと話していたら時間が終わってしまいそうだと思った。
まあ、こういう時間を過ごすというもの実習中の楽しみである。…授業時間中という点はよろしくないのであるが。
話が逸れて、単なる雑談になってゆく。しかし、彼らは私がいるからなのかところどこと注釈を入れながら話をしてくれるため分かりやすくて助かる。授業時間中に生徒と笑いながら談笑しているなんて、と想いながらも、せっかくの思い出作りに、と思い、彼らの話に混じって楽しもうと思った。
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