暖かな希望 
[ 10/90 ]



「とりあえず危険だから、山を降りよう?」


私はカノンノと橋を渡りほとんど一本道の岩道を進んでいく。辺りは断崖絶壁だし、危険な事には変わりない。道中は思っていたよりも静かで、今のところだけど、何かに襲われたりだとかはしていない。
カノンノが大剣を持っていたから、てっきり何か出るのかと思ってたけど・・・。

「どんどん下ろう!クロノは大丈夫?疲れない?」
「ちょっと・・・、でも大丈夫・・・です」

カノンノはあんな大きな剣を背負っているのに、全く疲れているような素振りを見せない。単になれているからなのか、少し不思議だ。ちょっとくらい見せてもいいはずなのに・・・。私と歳も変わらなそうな少女は案外たくましいのだろうか。

すると

フニョン

「フニョン?」

音がした方をみると、オタマジャクシみたいなダルマみたいなフニョフニョした生き物がいた。つぶらな瞳でこちらを見ている謎の生物。
もちろん、私たちの世界には存在しない。案外可愛いかもしれないが、知らない生き物なのだ、不用意に近づくべきではないだろう。
無視して先に進もうとすると、謎の生物は後ろを懸命についてくる。なんなの、ある意味怖いよ。

フニョン、フニョン

フニョン、フニョン

どうしよう、全く離れる気配がない。しかも、若干カノンノと離れてしまっている。私はもう少し体力をつけるべきだ。体育嫌いなんて言ってられない。
私は若干早歩きでカノンノに追いつこうとすると、それに合わせて生き物もスピードを上げた。なんてことだ、やっぱりアレは私を狙っていたのだ。

「カノンノッ!!」
「クロノ速くっ……て、魔物っ!何でこんなときに・・・っ」

可愛いものには、棘がある。つまり、あの生き物は可愛いようでも魔物であったということだ。

「魔物・・・っ!」

魔物と聞いた瞬間に、一瞬身体が竦む。しかし、ここで歩みを止めてしまっては余計に彼らの思うつぼだ。私は懸命に動かない足を動かし続け、カノンノ元へと急ぐ。

「こんな時にオタオタがでるなんて………っ」

カノンノは背中の大剣を私のあとをついてくる魔物に向ける。私は必死に彼女の元へ走ってどうにか追いついた。
カノンノは素早く私を背後に庇うと、大剣を振りかざした。大剣はカノンノのどこにそんな力があるのかという位、軽々と空を舞う。

「虎牙破斬!」
「っ!」

カノンノの大剣が魔物を真っ二つに切り裂いた。一瞬、目を疑った。だってあの優しそうなカノンノがなんの抵抗もなく、魔物とはいえ生き物を殺す所をみたから。確かに殺らなきゃ殺られる状況だったけど、それでも私の世界での非日常に近い殺しを目の当たりにしてしまった。

魔物は切られた瞬間、カエルの潰れたような声をあげたが、そのまま動かなくなった。緑色の液体がジワリと地面に広がる。
私は思わず口を手で押さえた。気持ち悪かった。血の色がじゃない。生き物が目の前で死んで、その血が広がる様子がなんとも気持ち悪かったのだ。

「クロノ、大丈夫?」
「あ・・・、ぅ・・・」
「クロノ?落ち着いて・・・」
「は・・・は・・・」

私はうまく息ができなかった。カノンノは必死に私の背中を摩ってくれる。吐き気でできない呼吸を何とか落ち着けようとする。
すると、涙まで溢れてきて、私はやっと恐かったということを認識した。

「・・・怖かったよね」
「ふっ・・・、ぅ・・・」
「大丈夫だよ、ごめんね・・・」

何が怖かったのかを彼女は聞かなかった。ただただ、私の背中を優しく摩ってくれる彼女は泣いてる私に何度も“大丈夫”と“ごめんね”を繰り返していた。


暫くしてやっと呼吸や涙が落ち着いた。カノンノに謝ると、私の方こそ怖がらせちゃってごめんねと謝られてしまった。

「クロノは魔物も初めてだったんだね・・・。それに・・・戦いも・・・」
「はい・・・、あんな生き物見たことも、聞いたこともなくて・・・。目の前で何かが死ぬところなんて・・・・・・」
「そっか・・・、どっちも怖かったよね。私も初めて魔物にあった時は怖かったよ、それに・・・初めて魔物を殺した時も・・・」

カノンノの瞳には悲しみが浮かんでいた。私だけがおかしいという訳ではなかったのか。

「カノンノも怖かったんだ・・・。私、殺すって考えすら出てこなかったの」
「うん、最初はみんなそうだよ。クロノは優しいね、それはきっと大事なものだから忘れちゃダメだよ」

例え何があっても、決して忘れちゃダメ。とカノンノは真剣な表情で私を見つめた。

「よし、そろそろ行こう!また魔物が出たら私が守るからね」
「う、うん・・・」
「怖いかもしれないけど、魔物から目だけは離さないでね。守りきるつもりだけど、何があるか分からないから・・・。殺すところ見たくはないと思うけど・・・」
「ううん、大丈夫。しょうがないもの」

私と変わらないほどの歳なのに、カノンノは立派だ。自分で怖いことにも向かって言ってる。彼女から学ぶ事は沢山ある。私もただ怖いからって、目を背ける理由にはいかない。戦わなきゃ・・・、ちゃんと・・・。せめて迷惑かけないように・・・。

そう思った瞬間、手から眩い光が溢れた。

「っ!?」
「な、何・・・、この光・・・っ」

それは段々と確かな形をとっていく。光がそっと霧散して、手の中には少しの重みがあった。
手元を確認すると、杖らしきものが私の手におさまっている。

「これは・・・?」
「ロッドみたいだね・・・」
「武器?」
「うん、普通は魔法を使う時のものなんだけど・・・」

もしかしたら、私が戦う意思を固めたことで杖が具現化したのかもしれない。まだ、切るとかは出来ないだろう、杖なら打撃を与える程度は出来る。ある意味、今の私には最高の武器かもしれない。
ある程度のリーチもあり、切らずに叩く。うん、大丈夫。

「カノンノ、私魔法は使えないけど・・・。せめて足でまといにならないように頑張るから」
「・・・うん、ありがとう」

カノンノは優しく笑った。そして、そのままカバンからあるものを取り出す。

「それは?」
「これはオレンジグミだよ、食べると魔法を使う為のマナが回復するの。旅の時の必需品かな?」

そう言えば、暇を見つけて食べていた気がする。本当になにもかも私の世界とは違う。グミなんて女子高生にとっては小腹を埋めるためのおやつだ。

「クロノはグミ知らない?」
「いや・・・、知らないわけじゃない・・・けど・・・・・・」

歯切れの悪い言葉にカノンノは首を傾げる。

「グミって・・・その、おやつ・・・じゃあない・・・よね?」

恐る恐る聞いてみれば、カノンノは少しだけ考え込む。やっぱりおやつじゃないんだ・・・。

「んー・・・、貴族の人はおやつにしてる人もいるって聞いたことはあるけど、普通はおやつにはしないかな?」
「そうなんだ・・・」
「グミはね、アップルは体力、オレンジは魔力を回復出来るんだよ。だから、私達みたいな人は必ず持ってるの」

この世界でグミはとても大切なもののようだ。魔力や体力を回復できるグミって・・・・・・なんだか、恐ろしい物が入ってそう少し怖い・・・。この世界での一般常識は、慣れるまで時間がかかりそうだ。暫く進むと少し開けた場所に出た。

「ふぅ・・・、だいぶ下れたかな?」
「そうなの?」
「うん、もう少しで完全に降りられるよ」

カノンノはカバンから水筒らしきものを取り出すと、それを飲んだ。そう言えば、私も喉が乾いてるかもしれない。

「はいっ!クロノも飲んで、喉、乾いたでしょ?」
「・・・・・・いいの?」
「うん、あっ!変なものとか入ってないよ!ただのお水だから」
「疑ってなんかないよ、ありがとう・・・」

カノンノかれ水筒を受け取ると、中身を少し口に含んだ。うん、水だ。
水の味は別に私達の所と大差ないのかも。そもそも、水も場所によって味は少し違うわけだし。
そんなことを考えていると、カノンノが辺りを見回していた。

「よし!魔物も少なくなってきたし、今のうちに進んじゃお!私の仲間の船が来てくれるんだ」
「船?」
「うん、それでそれから一緒に考えよう。これからどうするのかとか、貴女はどうして光に包まれて現れたのかとか・・・。私は貴女の力になりたいの!」

カノンノは再び私の手を両手でぎゅっと握ってくれた。彼女の手は暖かくて、凄く安心する。まだまだ不安で仕方ない筈なのに、大丈夫かもしれないという希望が湧いてくる。
私は彼女の手をそっと握り返して、頷いた。


暖かな希望

 
bookmark back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -