桜色に染まる
僕が好きな色はピンク、いや桜色だ。赤ではない。男にしては変わっているかもしれない。
別に僕が桜色を好きだからなんだって訳じゃない。好きになった理由の方が大切だったりする。
「ねえ、私と遊んで?」
初めての言葉はこうだったはず。
季節は春、その公園にはたくさんの花が咲き乱れていた。学校が終わって、探検とばかりに歩き回って見つけた場所だ。その頃は引っ越したばかりだったから。
そこで出会った女の子。なんだか僕は運命を感じた。
「もちろん、僕は春。君の名前は?」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「私は桜っていうの!」
それから、僕らは公園にある遊具で遊んだ。シーソーをしたり、ブランコでどちらが高くまで行けるか競争したり。
日が暮れると僕たちはまた遊ぼうと約束して公園を後にした。
そんな風に何度も遊んでいたある日、公園以外の場所へ行こうとすると、彼女は残念そうにここで待ってるって約束してるからというから僕は彼女に合わせてここで遊ぶことにした。
毎日は行くことは出来なかったけれど、ほとんどの日はそこで彼女と遊んでいた。
風が強い日には落ちてくる花びらをつかもうと二人で頑張った。一つだけ桜の花がそのまま落ちてきたのを捕まえた。ラッキーだねと二人で笑いあった。
雨が多くなり始めた梅雨の始まりの時期。彼女は僕へ告げた。
「私行かなくちゃ行けないの」
どこへと聞くと、とても遠い所へ、と答えた彼女はまた春が来るころにはきっと戻ってくると言った。
その日、彼女と僕はサヨナラを交わした。
そのあとも何日か公園に行ってみたけど彼女はいなくて、春が来るのが待ち遠しかった。
なんて思っていたはずなのに、次の年はすっかり忘れてしまった。次にその公園に行ったのは三年後の春だった。
「春、来てくれたんだね!」
そうやって手を振ってくれた彼女に少しの罪悪感を感じながらも、笑顔になっている僕がいた。
久々に会って、僕が一方的に話しているばかりだった気がするけど、彼女は楽しそうに聞いていてくれた。
僕らが話していたベンチは木の下で桜の花びらがたくさん散って降り注いできた。頭に乗っかった花びらの一つにまた丸ごとのやつがあったので持ち帰ることにした。
三年前とは違ったことは、僕らは少しだけ成長したということだけだった。でも、彼女の態度は何も変わることがないから、僕はなんだか安心していた。
それから三年は毎年彼女に会いに行った。彼女に恋していたからだろう。ある種の遠距離恋愛のような形だったかもしれない。
彼女がお別れを告げる頃に、僕から話を切り出した。
「僕、これから三年は君に会いに来れないや。遠くの学校に行くからさ」
でも、三年後には絶対会いに来るから、と彼女の目を見て言った。
最初に出会ったころよりずっと大人っぽくなった彼女はそれを聞いて、昔のままの笑顔でこう言った。
「うん、待ってる。はい、これプレゼント!」
プレゼントとして渡してきたのは桜の花。ちょっと拍子抜けするけど、悲しそうな彼女を見て慌ててこう言った。
「うれしくないんじゃなくて、ちょっと驚いただけだよ」
「よかったー。今まで喜んでくれてたから。離れててもこれを私だと思ってくれていいからね」
なんていう彼女は天然と言うか、可愛いとしか言いようがなかった。
ちなみに今までの花びらは全て押し花にしてある。全部彼女との数少ない大切な思い出の品だから。
大学に行ってから、それを挟み込んで栞にしてもらった。中々器用な友人を作れた僕はラッキーだ。こうしたことで、なくす心配なしで持ち歩けるようになった。
大学には大きな桜がシンボルとして植えてあった。彼女と出会った公園の桜と似ている気がして、この学校を選んでしまったのは僕だけの秘密だ。
桜の木に心の中であいさつしているなんてばれたらなんてあだ名がついてしまうだろう。桜の木同士、あの公園の桜が大好きな彼女に届いたら、なんて考えて毎日過ごす。
三年たった。そして、今まで伝えていなかった気持ちを彼女に伝えると決めた。
三年ぶりに会った彼女はとても弱弱しくて、病気にでもかかってしまったように見えた。
「久しぶり……体調悪そうだけど、大丈夫?」
「え、大丈夫だよ。春に会えたんだから!」
なんて言ってくるけど、無理してるようにも見えるんだよな。
僕らはベンチに座って昔のように語り合った。
やっぱり、僕ばっかり話していたのだけど。というより、言うと決めたことは全然言えなくて、別の話題に逃げて。
いい加減言わないと、なんてわかってるのに。
「あ、あのさ……」
改めて言おうとすると、緊張する。首を傾げてこちらを見る彼女も可愛いんだけど。
「君の、桜の事がずっと好きだった」
彼女はそれを聞いて、一段と笑顔になると、ありがとう私も春が好きだよ。と言ってくれた。
「来年も会えるように頑張らないと!」
おー、なんて腕を振り上げる彼女が可愛くて笑みをこぼす。
「来年も絶対会いに来なきゃだめだよ」
なんていう彼女に、もちろんと返す。
あと一年でこっちに戻って来れるからそれまで待っていて欲しい。絶対間に合わせて見せるから。君の病気が治せるようにしたいから。
さよならを告げるのがこんなにつらかったのはいつ以来だろう。最初のお別れ、以来かな。
桜は今日も花びらを空に踊らせる。
「会いにきたのに、君がいないなんて」
僕は約束守ったのに、どうして君は、いないんだよ。
もう、桜は咲かない。
朽ちた桜の木は小さくて、見上げるほどあったのは気のせいだったのだろうかと思ってしまう。
桜は春に咲くのだから。
「ほら、春が来たんだから桜は咲かないとダメだろう……」
視界が曇るのはどうしてだろうか。あ、僕が泣いているからか。ああ、どうして間に合わなかったんだろう。どうして、僕はあの時助けてあげられなかったんだろう。
悔やんでも悔やみきれない。僕に今できることなんて……。
僕は彼女のお墓を作った。公園の隅に、彼女の花びらの栞を一枚墓標のように上に置いた。
「先生!」
振り向くと、少年が鉢植えを持って駆け込んできた。
「今日はどうしたんだ?」
「こいつが元気なさそうなんだ。大丈夫かなあ?」
少年の隣にはマスクを付けた少女。
「任せとけ。お前はそっちで待ってな」
……桜、お前の仲間の治療はするから。これが今できる最大の罪滅ぼし、かな。
そっちに行ったときにでも、存分に文句なりなんなり言ってくれ。
「さて、診察を始めようか」