こんなのでも、乙女ですから
今日は男子も女子もドキドキする日、バレンタインである。
女子同士で友チョコのみ、というもの。クラス全員分のチョコを作って来たもの。本命を渡すために緊張しているもの。
「マキ、チョコ作って来た?」
マキと呼ばれたのは日本では珍しい茶髪の少女、染めているわけではなく地毛である。
「もちろんよ、きちんと男子諸君全員分も作って来たんだから感謝しなさいよ」
マキは友人に若干の口調を指摘されたものの本人には治す気は毛頭ないようだった。
「さーて、先生が来ない間に配るか。それとも、先生にも配れば許してもらえるかも……」
そんな思惑をもったマキだが、友人にそれはさすがに、と止められた。
そんなマキにも本命の相手がいた。
その少年はまだ学校へは来ていなかった。マキは少年が遅刻ギリギリに来ることを知っていて、今配るのだ。
「マキさんからのプレゼントだー、勘違いしないでよね。義理チョコ、よくても友チョコだからね」
もらった男子たちは、わかってる。だとか、むしろこっちから断る。だとか冗談を言っている。
「男子諸君、お返しは三倍返しで頼むわね」
そういった、マキの言葉に男子たちは即座に、
「だが、断る」
と、返した。
そんなことをしているうちに先生がやってきた。
少年はまだ、来ない。
「大丈夫かー、また遅刻か? 葉月のやつ」
クラス中が笑いに包まれた。
そんな中、ドアを勢いよく開いて入ってきた少年がいた。
「今日はセーフだろ?」
先生は苦笑しつつ、これからは気をつけろ、と何度も言っている注意をする。少年は元気な返事を返す。先生は今日の連絡を伝え去っていく。
少年は、周りの友人たちに聞いた。
「もしかして、女子のチョコって……」
友人たちの表情を見て肩を落とす少年。
「残念だったな葉月。今年のチョコは一つもなしか」
言い返そうとした少年は、家族はノーカウントという友人の発言に肩を落とした。
少年には姉がいて、姉に毎年もらっているのだ。
それを聞きながら、少女は不敵な笑みを浮かべた。
そして、放課後になった。少年はどこかへ向かった。少女は掃除当番をこれほどサボりたいと思うときはなかった。
掃除を終えて、少女はカバンを持ち少年がいると思われる自転車置き場へ向かった。
「あー、もうどこへ行ったのよ。葉月のやつ。私の特別なチョコレート、受け取らないなんて許さないから……」
その頃の少年はどこにいるかというと、図書室にいた。
「ここなら、補習サボってもばれないだろ」
少年はカモフラージュのために一冊本を抜き取り、そして夢の中へ入って行った。
少女は自転車置き場についた。しかし、少年の自転車はまだ置かれていたことに驚き、そして考えた。
「今日、何かあったかしら? ……そうよ、補習、葉月のことだから引っかかってるに違いない」
気づいた彼女は、補習が終わるまでの時間を図書室で過ごそうと思い、図書室へと向かった。
彼女は図書室へ入った。待ち時間の間に読む本を探し始めた。いくつかの棚を見た後少女は一冊の本を取り出し、席がある方へ歩き出した。
席を探しているときに、本がたっているのに気が付いた。その後ろにいる人物がその本を読んでないことも。
少女はここはお昼寝する場所ではないと、注意しようとその人物へ近づいた。本をどかした時に少女は持っていた荷物が落ち、大きな音がしたが少年は起きなかった。
「なんで、あんたこんなところにいるのよ。……あ、ごめんなさい」
図書室の司書に睨まれるような視線を向けられた少女は反射的に謝り、少年をデコピンで起こした。
「んあ? って、マキじゃん、どうしたんだよ?」
少女は無計画に少年を起こしたことを後悔した。
「図書室は寝るところじゃないわ。さあ、行くわよ」
少年は寝ぼけているのか、少女に素直に従った。
少女は歩きながら、この後どうしたらいいかを必死に考えた。どのタイミングで渡すことが一番いいのかを考えているうちに、下駄箱までたどり着いた。少女は電車通学のため、自転車置き場に行くのは不自然だった。
ぐずぐずと靴を履きかえているうちに、少年はもう自転車置き場へと向かっていた。
「……葉月、待ちなさい!」
少女は慌てて、大きな声で少年を呼びとめた。その声に引き寄せられるように、少年は戻ってきた。
「マキ、なんかよう?」
首をかしげる少年に、少女は押し付けるようにチョコを渡した。少年は純粋に喜んだ。
「サンキュー、これで今年のチョコが一つになった。義理チョコだろ?」
少女は小さな声で否定した。しかし、少年には聞こえていないようで聞き返された。すると、少女は心を決めて少年へと言った。
「このチョコは義理でも、友チョコでもないのよ。つ、つまり……葉月のチョコは本命。拒否権なんてないんだから」
そういうと、少年は少し照れくさそうに笑った。
「ありがと。返事はいるのか? 拒否権ないみたいだけど」
少女は真っ赤な顔でうつむきながらも、いる。と小さく答えた。
「それじゃ……」
その時にちょうどチャイムが鳴り響いた。
答えは二人にしか聞こえなかった。