None of your bluff !
気に入らない。
毎日毎日、手を替え品を替えても、この薄情者はこっちを一ミリたりとも見やしない。昨日はちょっと高いグロスを引いてみた。反応なし。今日は赤いネイルを施してみた。反応なし。
今だって、社内には私とコイツの二人しかいないのに。中央に向かい合って並んだ二人掛けソファに、向かい合って背を預け、何ともなしにコトコトと、指でペプシの缶をもて遊ぶ。社内には、ラジオから流れるゆったりとした洋楽が響いていて、外では仲間が、軟体の良く分からない宇宙生物を追いかけて、殲滅しようとしているだなんて、これっぽっちも想像がつかない位には平和だ。そんな外と中、住人たちの感覚のギャップが、この国の魅力でもあるのだが。
「Dr.が現場に出て来たそうだ。これは相当だぞ」
「へー」
携帯端末で現場を見ていたと思ったら、突然感心したように息を吐いてそんなことを私に言ってきた。あのイカれたマッドサイエンティストなんて、私は全く興味ないっつの。
「何だ?そんな機嫌悪くして」
「べっつにぃー」
見るからに不機嫌そうに返すと、彼は不思議そうに、でも関心なさげに首を傾けてコーヒを口にした。
なんか、悔しい。
「これやるから元気だしなよ、もうすぐ助っ人要請かかるぞ?」
小奇麗なスーツのポケットから現れたカラフルなロリポップを睨み付ける。こんなので、私を誤魔化せると思っているのか、コイツは。
「子供扱いしないで」
「15なんて、まだまだ子供だろ」
そりゃあアンタから見ればそーでしょーね。
自分の内で悪態をつきながら、フン、とそっぽを向く。我ながらかなり子供っぽい。
ふと見た窓の外は、お世辞にもいい天気とは言えない曇り空。でもこの国…この街ではこれが普通なのである。突然、窓の外、社の一階スレスレを、仲間の一人が猛スピードで駆け抜けた。と思ったら後ろからタコとイカを足して二で割ったような異形が光線を吐く。巻き添えを食らった通行人は「ああ、またか」と埃をはたいて、何事もなかったかのようにまた歩き出した。
「あっぶねー…本社ぶっ壊す気かっての」
「相変わらず、今回も派手にやってるなあ」
後で注意しないとな、なんて呑気なことを言いながら、彼は笑う。その横顔は、その辺の男に飢えた女性なら、一発ノックアウトさせるだろうほどに整っている。現にお子ちゃまの私でも、認めたくないが落ちているのだから。
「…世はこれをハンサム、いや、ダンディーというのか」
「うン?」
「何でも」
うっかり漏れ出た独り言に反応され、内心ちょっと焦る。表に出さないように顔を逸らすと、くすっ、と呆れたような笑い声が小さく聞こえた。
またか、悔しい。
どれだけ私が頑張ったって、色仕掛けの真似事のようなことをしたって、コイツは子供扱いして笑ってさらっと躱していく。コイツにとって私は「他の仲間よりも少しだけ小さい、強がりで我が儘な子供」なのだ。
そういえば、コイツが誰かに惹かれたところも、靡いたところも、見たことがないような気がする。
「こちら本社内…ああ、君か。大丈夫か?さっき大分派手に交戦していたみたいだが」
彼の話し声に現実に引き戻される。どうやら仕事の時間が来たようだ。
『戦況が苦しくなってきました。貴方が来るまでもありませんが、援護の追加をお願いします。』
「OK …とはいっても、もうロキしかいないけどな。すぐに向かわせるよ」
『よろしくお願いします』
私にも聞こえるよう、さりげなくスピーカーホンにしていた回線を切り、だってさ、とコーヒーカップに口を付けながら私を見る伊達男は、大人の余裕というヤツを全身に纏っていた。
「アンタは行かないの?」
「組織には、裏から指示を出す影の宰相が必要なんだよ」
「へーへー」
苛立ちをぶつけるように空になった缶を投げ打って、ホットパンツをはたきながら立ち上がった。甘味料のせいで口の中が吐きそうなほどに甘ったるい。今日は大暴れしてやる。と心に決めながら、乱暴に大きめのドアノブをひねった。
「ネイル」
部屋から出ようとする私の背に、ふと声がかかる。
「僕は赤よりオレンジの方が好きだな」
反射的に振り向くと、余裕をたたえた笑みを浮かべ、目を細めるアイツ。
「まぁ、精々頑張ってみなよ」
すっかり冷めたカップに口を付ける彼の目に、もう私は映っていなかった。
顔がみるみる熱くなる。喜びと悔しさと苛立ちが一気に押し寄せ、居てもたってもいられなくなった私は、勢いのままにドアを閉めると、全速力で走りだした。
「絶対…絶対に振り向かせてやるんだから…!」
ぎゅっと握りしめた拳に誓って、今日も私は戦場へと飛び出していく。
*
「…こっちの気持ちにも、もう少し気づいてくれればいいんだけど」
飲み干したカップをテーブルに投げ出して、ずるずるとソファに沈み込む。
あんなこと言っておいて、強がりはどちらなのかわかったもんじゃない。
「これは…時間の問題だな」
そんな僕のつぶやきが、あの子に聞こえることはなかった。
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此方も上記作品と同様に私用で書かせていただいたものになります。
此方は割と「雰囲気だけ」借りてきたような、もうこれなんていえばいいの?みたいな作品です。一応ロキはうちの血界夢主です…