sacrifice3 | ナノ


「監督、お話があります」



3日悩んだ。そしてようやく自分の中の答えが出た俺は1人、練習が始まるずっと前に部室に行き、監督と対峙していた。水沢さん、ごめんなさい。でも、貴方を守る方法がこれ以外見つからない。
50代半ばの少し禿げかかった監督は、座っていた椅子を軋ませてこちらと向かい合った。


「……マネージャーの、水沢さんのことで、」


いざ口を開いて用件を伝え始めると、緊張で体が強張り声が震えた。情けないけれど、俺1人の力ではどうすることもできないと痛感している。大人が外から関わって止めないと無理だと思った。


「…見たのか?」
「…え………?」


予想外の言葉に面食らう。何を、とは聞き返せなかった。その口ぶりは、すべてを知っているかのようだ。


「まぁ、あれは驚くよなぁ。男同士だもんな…」
「…知って、たんですか…?」


顎に手を添えた監督は悪びれる様子もなく頷いた。あんなひどい行為を黙認しているのか、混乱と絶望が腹の中で混ざる。


「…な、なんでやめさせないんですか!?あんなこと、おかしいでしょ……、それに外部に知られたら…」
「ん〜?いや、本人たちがいいならいいんじゃないか。外部にったってなぁ、女子マネージャー集団でレイプしてたとかならゴトかもしれないけど…男だしなぁ?水沢だって知られたくないから黙ってんだろ。」
「…っ、そういう問題じゃ……!」
「橋本」


今にも監督に掴み掛かりそうな勢いで問い詰める俺を、監督は強い口調で諌めた。


「なんでこんなに部員数が少ないウチが急に選抜ベスト8まで登り詰めたかわかるか?」


不敵に笑う監督に、背筋が震える。あの行為を見たときから、そしてそれに混ざった時から心の奥で感じていたこと。言葉にしてしまえば納得できてしまうこの部の仕組み、それが正解だなんて思いたくないのに、監督は容赦なく現実を突きつけてくる。


「水沢とヤれるのはベンチ入りできるレギュラーだけ、この意味わかるだろ?部員全員がな、水沢のケツ狙ってんだよ。レギュラーに入ろうと必死だから必然的に自主練時間も増えるし、勝利に対して貪欲になる。」
「まさか、監督が指示したんですか…っ?」
「おいおい勘違いするな、俺はアレには何にも関わってない。あいつらが勝手に決めたルールだ。」


まるで生贄だ。目の前が真っ暗になって耳鳴りがし始めた。


「ま、結果それがいい方向に作用してるんだから監督の俺としては万々歳だよ。」
「……、あんたそれでも指導者かよ…っ!」
「俺なぁ、今年度いっぱいでここ辞めて他に移るんだよ。弱小チームを強豪にしたって箔もついたし、報酬も増えるからな。水沢が卒業したらまた元の弱小に戻らないとも限らないってのもある。………なあ、橋本」


顎を撫でながら俺を見上げる監督の顔は、何もかも見透かしているぞというエゴに塗れていた。わかって、たまるか。


「お前が怒ってるのは、あいつらが水沢を抱いてることに対してじゃない。自分が水沢を抱けないことにイライラしてるんだよ。レギュラーに対する嫉妬、自分が抱けないくらいならそれ自体なくしたいっていうワガママだ。」



冷水を頭にかけられたような感覚がした。
俺が、水沢さんを…抱きたい?いや、一度抱いた。気持ちが良かった。俺の下で鳴く水沢さんはひどく可愛かった。キスをした。水沢さん。可愛い。もう一度、抱きたい。先輩たちを止めさせたい。水沢さんが嫌がってる。泣いてる。水沢さんを、抱きたい。可哀想な水沢さん、俺が止めないと。でも、抱きたい。もう一度だけでいいから……。
色んな感情が頭の中を駆け巡り、浮かんだかと思うと消えていく。俺は、水沢さんをどうしたいんだ…?水沢さんが好きだ、でも、そんな深刻な恋ではなかった。ただの憧れ、男しかいない世界で女の身代わり、片思いごっこ。抱きたい。セックスがしたい。女の子とするように、水沢さんと、もう一度。



「強くなれよ、橋本。お前はまだ一年生だけど俺は実力さえあれば誰だろうとレギュラーに入れる。頑張って練習しろよ、な?」

















野球が好きだった。チームメイトを信頼していた。だから、怪我をして野球ができなくなった時、せめて皆を支えたいと思ってマネージャーになった。自分が参加できない野球を見るのは最初は辛かったけど、いつしかマネージャー業務をして皆の役に立つことが生きがいになっていた。俺の分までみんなには頑張って欲しい。部員の少ない小さいチームだけど、いつか甲子園に行けたら。



そう思っていたのに。



「暴れんなよ、水沢ぁ」
「おい、そっちちゃんと押えろ」
「悪いな水沢、俺ら溜まってんだよ」



痛くて苦しくて辛くて悲しくて悔しかった。
選手だった頃から、俺のことをそういう目で見ている奴が何人かいることには気づいていた。だけど知らないふりをした。認めたくなかったから。幸い、実際手を出そうとする奴はいなかったし、なんの問題もなかった。
でも怪我をして、野球ができなくなって。俺はみんなと同じステージから落ちたんだ。負け犬、敗北者。だから何をしたって構わない。
数ヶ月前まで仲間だった部員の皆は容赦なかった。写真を撮って、動画を撮って、誰かに言ったら学校中にばら撒くと脅された。親にもバレる。ただでさえ野球ができなくなって親を悲しませてしまったのに、これ以上失望されたくない。被害を訴えた場合の考えられるリスクは山ほどあった。

どんなに辛くても回数を重ねればいつしか慣れてしまうのが人間の体の悲しいところだ。後ろに突っ込まれても血は出なくなったし、フェラをしても吐かなくなった。
部活を引退して、卒業してしまえば解放されるはずだ。大丈夫、今まで我慢できたんだから、残りの数カ月だってきっと耐えれる。そうやって自分に言い聞かせていないと気が狂いそうだった。

だけど心の奥から湧き上がってくる本能的な恐怖は、時折俺の思考の隙間から顔を出して不安を煽る。卒業が先か、メンバーに食い殺されるのが先か、それは俺にもわからない。わかりたくもない。


ソレが始まったら、数を数える。一周で終わる日もあれば失神するまで拘束される日もある。今何人目だ、あと何人いる?今日は早く終わりますように。明日は午前中から体育がある、お遊び程度の授業なら、この足でも参加できるだろう。確か今週からサッカーをするって言ってたっけ。そんなことを考えてやり過ごす努力をしても、突然奥を突かれれば現実に引き戻されて、下衆な笑顔を浮かべる元チームメイトの顔が網膜に焼きつく。
グチュグチュと下品に鳴る水音に混じって、順番待ちをしている奴らの会話が耳に流れ込んできた。


「なぁ、橋本の奴最近やべーよな、監督が次の試合からベンチ入りさせるってよ」
「まじかー、最短記録じゃね?夏大会のメンバーどうなるんだろうな」
「水沢効果すげー、つーかあいつ入ってきたら誰がレギュラー落ちするんだ?」
「お前最近あんまいい成績出してないだろ、そろそろ危なくね?」
「えー、俺いまさら水沢とヤれなくなんの無理、今の内にヤリ溜めしとくか〜」




ほんの少しだけ、希望を抱いていた。橋本は、俺を助けてくれるんじゃないかって。
現実は厳しい。あいつも結局あちら側に回ってしまった。でも、そのことを責める気になんてなれない。誰にも助けを求めず犯され続けてる俺だって同類だ。今更どうしようもない。体が慣れてしまったように、心もいつかこんな扱いに慣れてしまうんだろうか。そう思うと酷く怖かった。



神様、どうかひとつだけ俺の願いを叶えて下さい。
怪我をする前の、楽しかったあの日々に戻して。今度は絶対気をつけるから、怪我なんてしないように毎日ちゃんと注意するから。



「……やきゅう…、したい…」



朦朧とする意識の中、呟いた言葉は皆に鼻で笑われた。




end.
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