ここは国境。
滅多に人は訪れない。
それでも周囲を窺いながら馬上から降りる。
木の下には遠目からでも分かる程明るい髪色をした男が座っていた。
「よ、右目の旦那。」
「猿飛。元気だったか?」
小十郎にしては珍しく柔らかい笑みを零した。
そして佐助の隣に腰を下ろす。
別に二人は恋仲ではないが、何ヶ月かに一度こうして会っている。
「そっちも大変そうだったね。」
「ああ。いつもの事だがな・・・。」
お互い自分の主を思い浮かべ、溜息を吐く。
なぜ二人はこの場所に来たか。
それは、普段誰にも言えない愚痴を吐き出すためであった。
その愚痴というのはすべて真田幸村と伊達政宗の事である。
「あの方は優れたお人なのだが、真田の事になると手がつけられん。」
「それ、ウチも同じだぜ。こないだなんかさー・・・」
今から愚痴宴の始まりである。
ぽつぽつと庭の石が黒く染まり、やがてざあっと大粒の雨が降り出した。
稲光とともに轟音が響き渡る。
昔はその音を聞く度に震え上がっていた主が、今では外に飛び出しそうなほど空を見上げる。
今回も例外ではない。
珍しく書物に目を通していたのだが、敢えなく中断中だ。
「佐助。」
幸村は天井裏にいるであろう忍の名を呼ぶ。
「大将、御用かい?」
幸村の前に降り立つと、一応察しはついているが聞いてみる。
「いや、な。・・・政宗殿が呼んでおられると思うてな。」
やはり、という風に佐助は溜息を吐いた。
「駄目だぜ、大将。アンタ一人の体じゃないんだ。」
「ぐっ・・・分かって・・おる・・!」
悔しさに顔を歪ませながらも幸村は空を見上げていた。
すると、一際眩しく光ったかと思うと今までとは比べものにならないぐらいの爆音が耳をつんざく。
「「???!!!!」」
幸村も佐助も何事かと外を見渡せば、ある一角に異変が起きていた。
それは庭にある井戸だった。
井戸を囲っている積み上げられた石からは小さな稲妻がビリビリと走っている。
間違いなく先程のどでかい雷は庭の井戸に落ちたのだ。
「なんで井戸なんかに・・・」
庭には井戸より高い木があるのに雷は何故かそこに落ちた。
やはり自然は分からない、と不思議そうな顔をしていると、ぱさりと音が聞こえる。
音がした方を見ると、それは幸村が読んでいた書物が床に落ちた音だった。
「政宗殿・・・」
「え・・・?」
そう呟いたかと思うと、幸村は窓枠に手を掛けひらりと外に飛び出そうとしていた。
僅かに行動を起こすのに出遅れた佐助だが、そうはさせまいと電光石火の速さで幸村を阻止しに跳躍した。
手を伸ばした先にあったものを掴み、思いっきり引っ張っる。
「ぎっ?!」
聞き慣れない呻き声と共に幸村は窓の下で派手に尻餅をついた。
佐助は自分の引っ張ったものを見ると、それは幸村が長く伸ばしている後ろ髪であった。
「大将になったんだから馬鹿な事はよしなよ。」
溜息混じりに眼下の幸村を見下ろす。
いつもはここで「佐助、すまぬ・・」と反省の色を見せるのだが、今回はどうやら違うらしい。
下から見上げる幸村の瞳には怒りの炎がぐつぐつとちらついていた。
「佐助・・・。」
やけに低い声色で名を呼ぶ。
ゆらりと立ち上がり、ゆっくりとした動作で窓枠に足を掛け部屋の中に戻ってきた。
幸村からは鬼気迫る気迫が発せられ、佐助は思わず後ろに数歩下がる。
「た、大将・・?」
幸村はそのまま立て掛けている二槍を緩慢な動作で手に取った。
「まさか・・・」
忍の第六感が頭の中で警笛を鳴らし続けている。
しかし、時既に遅し―――――。
「大烈火ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっー!!!」
ドガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!
「ちょっ!!!いきなりっ??!!!うわわわわわわぁ!!!!」
あろう事か幸村は屋内で業火を共わせた高速突きを繰り出してきた。
佐助は素早く避け難を逃れたが炎が至る所に飛び火し、部屋はみるみる真っ赤に燃え上がった。
「どうすんの・・・これ・・・・。」
「・・・・・・・。」
目の前の大惨事に無言になる幸村。
二人は火を消す気さえ起きず、勢いよく燃えるのをただ見つめていた。
「・・・佐助。」
ぼーっとしていた幸村がやっと口を開く。
返事はせず目線だけ幸村に向ける。
幸村は炎をみつめたままこう言い放った。
「この炎はまるで政宗殿を想う俺の心のようだ。」
この一大事にまったく的外れな発言をする幸村をとりあえず殴っておいた。
「猿飛・・・真田はなにかよからぬ薬でもキメてるんじゃねぇのか?」
「そのほうが救いようがあるよ。でもあれが素なんだぜ?マジで頭痛いよ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばし無言になる二人。
しばらくそよ風に吹かれていると佐助が口を開いた。
「まぁ・・今に始まったことじゃないけどね。ところで右目の旦那も苦労してるんじゃないの?」
”苦労”という言葉を聞いて、小十郎の眉間には更に皺が寄った。
「あの御方は真田の事となるとどうも歯止めが効かなくてな・・・。」
深い溜息を吐きながら小十郎はこの前起きた事を話し始めた。
政宗は伊達者と言われるだけあって、自身が身に付けるものには非常に凝る。
具足や陣羽織、愛用の刀などを見ると政宗の好みがちりばめられている。
その類い希なる感性は人に物を贈る時にも遺憾なく発揮される。
今日は城内に刀工を呼び寄せ、ある人物に贈るべく準備を進めていた。
「designはこれでいいだろう。あいつはいつも暑っ苦しいからこんぐらいcoolなのが丁度いい。」
刀工が描いた完成図を満足そうに見つめる。
「かしこまりました。仰せのとおりに作らせていただきます。」
「ああ、頼む。」
刀工は深々と平伏し、退室していった。
傍らに控えていた小十郎は溜息混じりに口を開く。
「政宗様。」
「Ah?何だ。」
「敵将に太刀を贈るなど考え物ですぞ。」
「HA!洒落たもんだろう?」
政宗は悪びれもせず片笑みを零す。
「こいつで敵を刺してもよし。はたまた俺を刺してもよし。」
「政宗様っ!」
「jokeだ。仮にそうなっても俺はそんなヘマはしねぇがな。」
口端を上げると、煙管に火をつけ紫煙をくゆらせる。
「さて、出来上がりが楽しみだ。」
政宗は戦前のような凶悪な笑みを浮かべた。
七日後、政宗の居城に、依頼した刀が届けられた。
それは見事な太刀で、政宗が所持してもおかしくないくらい立派なものだった。
柄巻には金糸を交えた青藍の糸が巻き付けられ、鞘にも同様の下緒が巻かれている。
刀身を鞘から抜くと刃物独特のまばゆい光を放っていた。
「見事なものですな。」
小十郎が思わず感嘆の声を漏らす。
「反り具合、刃紋も申し分ねぇ。」
政宗は鋭い隻眼で見定め、嬉しそうに細めた。
「それより小十郎。こいつを見ろ。」
そう言って政宗は小十郎に刀を渡す。
刀身にはある銘が刻まれていた。
「・・・・お戯れが過ぎますぞ、政宗様。」
渋い表情をしながら政宗に刀を手渡す。
「俺の名をそのまま彫らせたら癪だろ?」
刀身には”正宗”と彫られていた。
「アイツは俺と同じstageに立った。だがまだまだ大将としての器は未熟だ。一人前になったら俺の名を刻んでやると言ってやるのさ。」
「またそのように煽りなさるな。」
「俺を目指し死に物狂いで這い上がってくるんだろうよ。それを眺めるのも一興て訳だ。」
至極嬉しそうにそう呟き刀身を鞘に収める。
「真田幸村・・・俺を楽しませてくれよ。」
刀を前に翳し、鋭い隻眼を光らせながら政宗は胸が高鳴るのを感じた。
「何その屈折した愛情表現・・・。」
「言うな、猿飛。」
「でもうちの大将もの凄く喜んでたよ。『まるで政宗殿と共にいるようだ!』とか言っちゃってさぁ。」
「そうか。」
「しかしあれってかなり高価や太刀だよね?」
「・・・・正直言うと、蓄えが半分程減ったな。」
「ひえ〜!そんなにっ?!竜の旦那の金銭感覚って・・・」
「だから言っただろう。真田の事となると歯止めが効かなくなると。」
「まったく困った二人だねぇ。」
「ああ。もう少し自重してほしいものだ。」
二人の従者は各軍の行く末を案じ、同時に溜息を吐いた。
「・・・まだ時間が掛かりそうだね。」
「・・・そうだな。」
お互いの主は今頃共に楽しく過ごしているのだろう。
「そういえばさぁ、この前・・・」
武田軍・伊達軍の副将同士の愚痴宴はまだまだ終わりそうにない。
あとがき
リクエストに「サナダテで佐助と小十郎が苦労している話」とありましたので、有り難く採用させていただきました!
読んでお気づきの方がいらっしゃったと思うのですが、両方とも史実幸村のエピソードから拝借してまいりました。
雷の話は九度山で幽閉されてた時、井戸に落ちた雷を封じたというところから。
”正宗”の話は愛用の刀から。
という感じです。
史実をねじ曲げてしまうのは罪悪感を感じてしまうのですが、その反面、萌え滾って仕方がないです。
しかし両従者がかわいそうな事になってますね(笑)