鬼の棲む森 | ナノ

鬼の棲む森

子供の頃に聞いたことがある。
奥州最大の森には鬼が棲んでいると。
いつか確かめてみたいと思っていた。本当にそんなものがこの世にいるのか。
その想いが最近強くなってきている。


政宗は城内が寝静まった頃、自室を抜け出した。
障子の前には小姓が控えていたが、鞘で的確に首を叩き、気絶している。
一番気付きそうな小十郎は眠り薬を飲ませたので、今はぐっすりと眠っているはずだ。
小十郎の自室の前を通ると、案の定、微かな寝息が聞こえてきた。
後は簡単だ。
城主専用の抜け道を使い、城の外へ出る。
そこには昨晩、つないでおいた愛馬がいた。
馬に跨り、脇腹を蹴る。
「はっ!!」
政宗は鬼の棲む森に向かって馬を走らせた。


その森は狩り場から程近かったが、足を踏み入れた事は今まで無かった。
城の者や地元の農民も誰一人入らない。
皆口には出さないが、鬼の存在を恐れているからだろう。
政宗自身はその逆で、成長するにつれ、それがどういうものなのかこの目で確かめたいと思っていた。
馬に揺られながら政宗は六爪の一振りを握りしめる。
もし鬼と出くわしたら、倒すほかないだろう。
奥州筆頭になった今、腕には相当な自信がある。
鬼の首を持って帰るのも一興だ、と政宗は口端を吊り上げた。


程なくすると件の森が見えてきた。
森の入り口付近まで行くと、馬が嘶き、急に動かなくなる。
「Han?どうした?」
いくら腹を蹴っても、降りて手綱を引っ張っても一向に動こうとしない。
「チッ。しょうがねぇな・・・。」
政宗は近くの木に馬をつなぎ、歩いて森に入る事にした。

森の中は鬱蒼と木が生い茂り、月光さえも届かない。
松明に火を点け、帰りの目印に刀で木に傷を付けながら歩を進めた。
これだけ広そうな森だが、生き物の気配がない。無音だ。
そのせいか、自分の歩く音と息遣いがやけに大きく聞こえた。

どれだけ歩いたのだろう。
政宗の目の前には池が広がっていた。
水面が月明かりに照らされ、淡い光を放っている。
「Good timing.」
政宗は池の水を掬うと、まず匂いを嗅ぎ、舌で一掬い口に含む。
飲めそうな水だと確認すると、また掬い、喉の渇きを潤した。
ここで気が緩んだのだろう。
背後の気配にまったく気付かなかった。
松明を持った手を思いっきり引かれ、水の中に炎が消えていった。

「こりゃあ珍しいお客さんだ。」

政宗の目の前にいる男はそう言った。
いきなり光を失ったことで男の顔がよく見えない。
掴んでいる手に力が込められ、政宗の顔が歪む。
刀を空いている手で素早く抜き、男の手を切り落とそうと振り下ろした。
が、刀は虚しく空を切る。男が一瞬早く後ろに飛び退いたからだ。
すぐに体制を整え、再び男に斬りかかる。
またしても男は躱し、背後にあった木がメキメキと音を立て、真っ二つになった。
「Shit!」
男は躱すばかりで一向に攻撃してこない。
焦れた政宗は一気に決着をつけようと六爪を抜いた。
「Don't get conceited!」
稲妻を纏わせ、一気に間合いを詰める。
これには男も動揺したのか僅かに隙を見せた。
政宗はそれを見逃すはずもなく、すばやく六爪を交差させる。
金属と金属がぶつかり合う音が静寂な森に響いた。
男は鎖一本で政宗の六爪をすべて防いでいた。
刀と刀の間から月明かりに照らされた男の顔を垣間見る。
右目は深い青、左目は覚めるような赤い瞳だった。
銀髪が月光に反射し、きらきらと輝いている。
口元は弧を描いており、鋭い牙が見えていた。
少し綺麗だと思った。
「・・・アンタ、鬼だろ?」
互いの力が相殺され、刀がカタカタと鳴っている。
政宗の問いに鬼の眼光が鋭く光る。
「そういうあんたは政宗だろ?」
「What?!なんで俺の・・・」
意外な答えに一瞬動揺する。
鬼は瞬時に鎖を刀に巻き付かせ、政宗の手から刀を奪い取った。
辛うじて一本は鎖を解き、後ろに飛び退く。
「チッ・・・。」
相手は相当できるようだ。
冷たいものが背中を伝う。
「よく今のを抜けたなぁ。六本刀を扱う所も気に入ったぜ!」
鬼は豪快に笑いながら、鎖を景秀ごと投げ捨てる。
かなりの力で投げたのか、ものすごい音を立てて刀が地面に突き刺さった。
「・・・・。」
鬼がゆっくりと近付いてくる。
政宗は刀を男に向け、全身に稲妻を走らせる。
男は政宗の臨戦態勢を気にもせず、だんだんと距離を縮めてきた。
攻撃範囲内に鬼が足を踏み入れたと同時に政宗は技を繰り出した。
「TESTAMENT!!」
まばゆい閃光が弾け飛んだ。


肉を切る感触は無く、代わりに遮られるような感覚が手に伝わる。
手元を見ると、鬼は刀の刃を握っていた。
「こんなもん振り回して、危ねぇだろ。」
鬼はぐっと刃を握り込むと、まるで砂のようにぼろぼろと崩れていく。
そして柄だけを残し、跡形もなく消え去った。
政宗は目を見開き、じっとそれを見つめた。
己の浅はかな考えを今さらながら悔いた。
自分はここで死ぬのだろうか。
国を託し、死んでいった父親の顔が浮かんだ。

「そんな顔すんなよ。」
これまでと違った口調に驚き、鬼の顔を見る。
優しい笑みを浮かべながら鬼は政宗を見つめていた。
少し肩の力が抜ける。
「アンタ・・・。」
「ん?」
「・・・なんで俺の名前を知っているんだ?」
鬼は少し間を置いて、口を開いた。
「あんたの事は何一つ知らねぇが、その顔を見て名前が分かった。」
「どういう事だ?」
「あんたと同じ名前の先祖がいるだろう?」
「・・・大膳大夫のことか。」
「ああ。そいつと俺は知り合いでね。しかも顔もそっくりときたもんだ。」
鬼は政宗の顎をぐいっと引く。
「”政宗”に間違えねぇと思ったわけだ。」
間近で見る鬼の眼は宝珠のように輝いて見えた。
政宗は息を呑む。
本当に綺麗だと思った。

「約束したんだ。」
「・・・?」
「”政宗”と。」
「・・・Ah?」

何を、と問い掛けようとするといきなり体が宙を浮いた。
水面が顔に近付き、鬼の足下が見えた。
どうやら自分は鬼の肩に担がれているようだ。
慌てて降りようとするが、しっかり抱きかかえられているようでびくともしない。
「何すんだ!!!降ろせっ!!」
政宗は鬼の背中を殴りながら抗議するものの、鬼にはまったく応えてないようだ。
その鬼の肩が小刻みに揺れる。
程なくしてハハハと声が聞こえてきた。
「もう諦めておとなしくしな。」
「ふざけんなっ!!!まったく話がみえねぇ!!俺の先祖と何の約束したか知らねぇが俺とは関係ねぇ!!!」
「なんだよ、”政宗”の奴、託していかなかったのか。」
鬼は暴れる政宗を木に叩きつけた。
口から苦痛の声が漏れる。
「まぁいいさ。もうお前は俺のものだ。」
「だれ・・がっ・・てめぇのものに・・・・っ!」
「俺といりゃあ何不自由なく暮らしていけるんだぜ?今まで我慢していた事も好きなだけやっても誰も怒りゃしねぇ。」
「俺は・・奥州筆頭だっ・・!俺には家臣や民があるっ・・・!誰のものにもなるつもりはねぇ!!」
政宗は強い意志を含ませた鋭い目付きで鬼を睨んだ。
鬼は黙ったまま政宗を見つめ返す。
そのまましばらく沈黙が続いた。


静寂を破ったのは鬼のほうだった。

「だったら・・・そんな枷、俺が外してやるよ。」

鬼は立ち上がり、政宗に背を向ける。
−今、何て言った?−
鬼の言った言葉がすぐに理解できず、政宗は掻き消える背をただ見つめていた。
気が付くと鬼の姿はどこにもなく、水辺に政宗だけが取り残されていた。
「アイツ・・・枷を外すって言った・・・。」
まさか−。
悪い予感だけが全身に駆け巡る。
力がうまく入らない足を無理に立たせた。
早くこの森を出なければいけない気がしてならない。
足をもつれさせながら政宗は駆け出した。

元来た道を走っているのに中々森から出られない。
焦燥感に駆られ、呼吸もままならなくなってきた。
「Shit!!!なんでだっ?!」
森に入った時から池まで所々に目印をつけていったはずだ。
だが、それらはどこにも見当たらなかった。
政宗は勘だけをたよりに出口を探すしかなかった。
走りながらも僅かな風の流れを読む。
「こっちかっ?!」
肌に感じた風の方向へ走っていく。

程なくしてやっと森から抜け出せた。
だが、政宗を待っていたのは信じられない光景だった。

目線の先には暗闇に赤々とした光を放つ城と町だった。
燃えている。
真っ赤に。

「・・・な・・んで・・・・・だ・・・・・。」

その光景に政宗は立っていることもできず、地面に膝を付いた。
体中の血が冷え切り、カタカタと震えている。
自分が大事にしていたものが何もかも奪われていく。
民も部下も奥州という国もー。
自分の愚かしい行為でこうなってしまったのか。
後から後から後悔の念が押し寄せてくる。
その重圧に耐えきれず、政宗は子供のように体を強ばらせ、その場にうずくまった。
「待ったか?政宗。」
頭上から声を掛けられ、ゆっくり上を向く。
そこには体中血まみれの鬼が立っていた。
その出で立ちとは正反対に、表情はにこにことして立っている。
ああ、その血は・・・。

「お前の枷を外してやったぜ。」

朱に染まった鬼は無邪気にそう言った。
政宗は空虚な目で赤鬼を見つめる。

「だから」

赤鬼は政宗を抱き締めた。


「もうお前は俺のものだ。」


その言葉が政宗の頭の中で何回も木霊する。
視力を失ったはずの右目から涙が流れた。



その日、政宗の国は日の本から姿を消した。
しかし、人々に語り継がれていく。
奥州最大の森には鬼と堕ちた竜が棲むと。


[ TOP ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -