第十八話

随分と無理がある願いをしてしまった。

政宗の何か言いたげな表情を思い出し、幸村は昨夜の発言を軽く後悔していた。
やはり包み隠さず話しておくべきだったのではないかと思う。

「なれど・・・」

果たして本当に自分は元の姿に戻るのだろうか?
そんな不安が僅かながらあったせいか、政宗に告げる事が躊躇われた。

「おやかたさまのおっしゃることがしんじられぬというのか・・・!ゆきむらっ!」

今となっては小さくなってしまった拳を握りしめ、奥歯を噛み締める。

信玄の言う事はいつも正しい。
それは自分が一番理解している。
だが、何かこう・・・もう一つ確信めいたものが欲しいと思うのも事実であった。

「おれはいつのまに”なんじゃくもの”になったのか・・・。」

いつも戦場では一番槍を務め、敵陣にまっしぐらに突き進む幸村であったが、理解の範疇を超える出来事が重なり、普段の調子を未だ取り戻せずにいた。
思い悩んだときに的確な助言をしてくれていた副将も今はいない。
言わずもがな、その副将というのは猿飛佐助である。

「さすけ・・・おれはまだまだだな。このばにおまえはおらぬのに、まだたよろうとしている。」

子供の姿には似つかわしくない表情を見せ、足元に視線を落とした。


「―――――――??!!」


あまりの衝撃に息が止まった。


というのも足元に落ちている己の影から男の顔が覗いていたのである。


「うわ〜、本当に小さくなってら。」


まったく緊張感のない声を出すその男は・・・

「さ、さすけっ?!」

そう、今まさに幸村が思い描いていた猿飛佐助であった。

「旦那。元気そうで俺様嬉しいよ。」

懐かしいいつもの口調で佐助は幸村の影から抜け出してきた。

「おまえっ・・・いきておったのかっ・・・?!」
「うーん、生きてはないんだけどねぇ・・。なんていうかー・・え?ちょ、旦那っ?!」

幸村は大きな瞳に涙を浮かべ、唇をわなわなと震わせていた。
滅多に見られない、というか佐助にとっては久方ぶりに見る幸村の泣き顔に些か驚く。

「ひっ・・ぐ・・。ずっと・・・おれ・・の・・う”っ・・・そ、そばに・・・おったの・・・か・・・?」

涙を零さまいと、必死の形相で耐えながら言葉を紡ぐ。
佐助は困ったような笑顔を向けながら、しゃがみ込んで幸村と目線を合わせた。

「ごめん、旦那。お館様に表に出るな、って止められてたんだよ。」
「そう・・で・・・あったか・・。ひっく。」
「うん。でも、それもお許しが出たからね。今日から旦那の手助けができるよ。」
「おまえ・・・・の・・・ひぐっ!・・た、たすけなど・・・いらぬぅ・・・。」
「まーた見栄張っちゃって。ほら、俺様がいつも旦那の側にいるから、ね?」

佐助は柔らかく微笑むと、幸村をそっと抱き締める。
もう限界だったのか、とうとう幸村の瞳から大粒の涙が止めどなく溢れた。

「うっ・うぅっ・・!!ざずげぇぇ・・・っ・・・!」
「はいはい。なーんかすっごく懐かしいねぇ。この感じ。」

佐助は幸村の髪を優しく撫でた。

「ばかものぉ・・・ひぐっ・・!」

迷彩色の忍装束が幸村の涙で色濃く変わっていった。

「外見だけでなく中身も子供に戻ったの?旦那。」
「そ、そのようなこと・・あるわけなかろうっ・・!」

幸村はそう叫ぶと、仕返しとばかりに思いっきり鼻をすすってやった。
部屋にずびびびびぃーという音が響き渡る。

「うわっ!!マジ勘弁してよー!一張羅なのにぃ〜!!」
「おれをこばかにした”むくい”だ。」

幸村は目を真っ赤に腫らしながらも、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

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