第十三話

「ふ・・・・はっ・・・・・」

久しぶりの感覚に、額や首筋から汗が流れ落ちる。
この姿になってから久しく体を動かしていなかった。
以前のような鍛錬が出来なくなっているかもしれなかったが、不思議なことに問題なく動けた。

「・・・ふー・・。」

ひとしきり終え、息を吐く。
体の筋肉が心地よい倦怠感に包まれていた。
今度は得物を持って鍛錬をしようとする。が、傍らにのばした手が虚しく空を切った。
幸村の愛用だった二本の槍はここにはない。
何も掴まなかった手をじっ、と見つめた。
この世界は前にいた世界とはあまりに違いすぎる。
戦の無い世−。平和な世界。
それは誰しも望んでいたものだが、いざそんな世に放り込まれると自分は無用なものだと実感させられる。

「・・・・。」

幸村は見つめていた手をぎゅ、と強く握った。



廊下のほうでやや高めの足音が聞こえる。
政宗の足音ではないようで、この階の他の住人のものだと思った。
しかし、どの扉の前で止まる訳ではないようだった。
やがてこの部屋の前でその足音が止まる。

(家康殿であろうか・・・?)

幸村は汗を拭いながら扉をじっと見つめる。
するとコンコンと扉を叩く音が部屋に響いた。
続けて女の声がする。

「真田幸村。」

自分の名が突然呼ばれ、幸村は驚きで双眸を見開く。

「フ。気配がだだ漏れだぞ。相変わらずだな。」

まるで自分を知っているかのような口ぶりに、幸村は僅かに殺気を滲ませた。

「徳川の言っていた通りだ。子供とは思えん。しかし・・私は殺り合う気はないのだが。」

確かに相手からはそのような気配は感じられなかった。
だが、油断はならない。幸村は突然の来訪者に向かって口を開く。

「きでん、なにものだ?」

威圧的に言ったはずだが、如何せん子供の声だとその要素に欠ける。
内心もどかしく感じながらも相手の返答を待った。

「雑賀衆頭領・雑賀孫一・・・という名に聞き覚えはあるか?」

「?!」

「私がその雑賀孫一だ。」

「・・・なんとっ・・・!!」

相手の予想だにしない答えに幸村は激しく狼狽えた。
聞きしにまさる戦国最強の傭兵軍団、雑賀衆。
その頭領である者の名は代々『雑賀孫一』を受け継ぐと聞く。
まだ信玄が生きている時に、幸村は雑賀孫一に会ったことがあった。
会う前は男とばかり思っていたが、実際顔を合わせるとまだ若い女人だったということにひどく驚いた。
しかも実力は名高き武将と変わらぬもので、手合わせを申し出たことを少し後悔したのと同時に熱く滾ったほどだ。
その彼女がまさかここに現れるとは思ってもみなかった。
驚きのあまりうまく言葉が続かない。

「その反応からすると真田、お前は記憶持ちか。」

扉越しに孫一の声が玄関に響く。

「急におしかけた非礼を詫びる。ただ・・・お前と久方ぶりに会いたくてな。」

孫一が何を意図しようとしているか分からないが、幸村の記憶にはしっかりと彼女の事が刻みついている。

「安心しろ。この事は誰にも言わん。八咫烏に誓おう。邪魔したな。」
「・・・・・・ま、まってくだされ!!」

幸村は思わず扉をこじ開けた。
目の前に長身の女性が立っている。その顔は以前手合わせした雑賀孫一その人であった。

「まことに・・・まごいちどのでござったか・・・。」
「真田・・・伊達から聞いていたが・・・見違えたな。だが、その口調は相変わらず健在というわけか。」
「まごいちどのはますますのごけんしょうぶり、なによりでござる。」
「フフ、徳川の目に狂いはなかったということか。」
「まごいちどのはまさむねどのやとくがわどのとしりあいなのでござるか?」
「ああ。奴らは学友だ。しかし、前世の記憶を持っているのは私だけだがな。」
「・・・そうでござったか。」

やはりそうなのか、と幸村は些か落胆した。
政宗や家康の反応でそうかと思っていたが、いざ事実を突きつけられると気落ちしてしまう。

「しかし、私以外に以前の記憶を持った者と出会うのは初めてだ。」
「どういうことでござろう?」
「400年前から現在まで生まれ変わりであろう武将達を幾人も見てきた。我らはなんの因果か知らんが、お互い引き付け合う運命のようだ。」
「なるほど。ゆえにまさむねどのやいえやすどのがきでんのちかしいところにいるというわけでござるな。」
「ああ。当然一生のうちに出会わない者もいるがな。しかし、今度はやけに巡り合わせが多い。」
「もしやほかのぶじんとも?」
「長曾我部がいるな。あとお前だ、真田。」
「・・・・。」
「不思議な事に武田軍とは未だに顔を合わせたことがない。・・・もっとも、私と出会ってないだけかもしれんが。」

その理由はなんとなく分かるような気がした。
漠然と、だが。
しかし幸村には一つ気がかりな事があった。

「さるとびさすけとも、でおうてはござらぬのか?」
「無論だ。なんだ、お前もそうなのか。」

織田・徳川軍と交戦中、佐助は生死不明であった。
もし他の者達と同じようにこの世に生まれ落ちているのであれば、という望みを持っていたのだが孫一の知る限りではそれは薄いのであろう。
目に見えて落胆している幸村に孫一は優しく声を掛ける。

「案ずるな。お前達のように繋がりが深い者同士は必ず引かれ合うものだ。現に伊達とお前は親戚ではないか。」
「まごいちどの・・・かたじけのうござる。」

幸村は孫一と違って生まれ変わりではない。
しかし、その心遣いが幸村にとっては嬉しかった。もしかしたら来世で佐助と出会えるような、そんな気がする。

「随分長居をしたようだ。これで帰るとしよう。」
「わざわざたずねてくださったそのこころづかい、かんしゃいたす。」
「フ、この事はお互い他言無用だ。」
「あいわかった。」
「じゃあな真田。また会おう。」
「さらばでござる、まごいちどの。」

孫一は柔らかく微笑むと、颯爽と去っていった。
幸村は孫一の靴音が聞こえなくなるまで、頭を下げて見送った。

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