第十一話

政宗は外見に反して意外と生真面目なタイプである。
大学の講義はサボらず出るし、提出物もきちんと出す。
もちろん頭もキレ者で、勉強以外でもその能力をいかんなく発揮してきた。
さらに運動神経も抜群、眉目秀麗とくると男女問わず人が寄りついてくる。
しかし、やや性格に癖があり、他人に対して滅多に心は許さなかった。
そんな政宗でもこの大学には何人か友人と呼べる者達がいる。
その中の一人が今日は珍しく顔を見せていた。
政宗とは反対の目に眼帯をしている銀髪の男が、机に突っ伏してこちらに寝顔を晒している。
なんとも気持ちよさそうに口を開けて寝入っている。
講義の話を聞きながら政宗はその男の寝顔を眺めていた。
やがて終了のベルが鳴り、その音に起きたのか男の右目がゆっくりと開いた。

「Good morning,元親。」

皮肉まじりの笑顔を浮かべながら政宗はようやく起きた友人・長曾我部元親に声を掛けた。
まだ夢と現の狭間にいるのか、無言のまま緩慢に瞬きを繰り返している。
政宗は溜息を吐きながら元親の額をペンで軽くはじいた。

「イテッ」
「テメェは何しに来たんだよ。」

いてぇな、と額をさすりながら元親はようやく上体を起こす。

「わざわざ寝に来たのか?」
「冷てぇなぁ。久しぶりに会ったのにその台詞は無ぇだろぉよ。」
「生憎俺はそんな生温い言葉を持ち合わせてねぇよ。」
「ハハハ!そりゃ違ぇねぇ!」

何が面白いのか元親は豪快に笑った。

「大方単位がヤバくなったから来ただけだろ?よく三代目がお前の事『からす』って言ってるのが理解できるぜ。」
「・・・サヤカめ・・・後でメシ奢らせてやる。」
「やめとけ。逆にお前が奢らせられる羽目になる。」
「賭けるか?」
「上等。」

お互い大学生とは思えないほどの凶悪な笑顔を浮かべた。



三代目またはサヤカこと雑賀孫一は、構内のテラスにて愛読書を読もうとベンチに座り本を取り出していた。
さてページをめくろうかという時に視界が影で暗くなる。
何事かと見上げれば、男が三人孫一を笑顔で見下ろしていた。
その内の二人は明らかに何かを企んでいる笑顔である。
孫一は溜息を吐きながら口を開いた。
「からすどもが雁首そろえて何の用だ?」
「サヤカぁ、昼飯食いに行こうぜ!それで俺だけ奢れ!!」

元親は孫一の隣にどかっと座り、いきなりそう言い放った。
その発言に孫一の片眉がぴくりと上がる。

「私が何故お前に奢らねばならん。」
「さっきもそうだがよぉ、俺を”からす”って何回も言っただろ。悪口はよくねぇぜ。そのお詫びに昼飯で手を打とうって訳だ。」

まるで子供じみた元親の言い分に、政宗も二人に付いてきた家康も思わず吹きだした。
ガキかよ、や、元親は本当に面白いなぁなどとそれぞれ口に出す。

「るせぇぞ!俺はこれでも傷ついてんだ。で、どうなんだよ?サヤカ。」

ずい、と身を乗り出し、孫一の顔を悪巧みな笑顔で見つめてきた。
孫一は再度溜息を吐く。

「長曾我部。」
「おう。」
「私が言う”からす”の意味をお前ははき違えている。これはお前が思っているような意味合いではない。」
「・・?じゃあどういう意味なんでぃ。」

元親の顔にほんの少し困惑の色が浮かび上がるのを孫一は見逃さなかった。

「決して悪い意味ではない、という事だ。それ以上は・・・・察しろ。」
「なっ・・・・・」

孫一のあまり見せたことない表情に元親は驚いた顔を見せる。

「そ、そうか・・・、なんか悪かったな・・。」

彼女の言葉を何をどう捉えているか知らないが、元親は最初の勢いはすっかりなりを潜め、申し訳なさそうに頭をかいていた。

「長曾我部。私はお前と同じように傷付いたぞ。」
「だからすまん。このとおりだ。」
そう言って頭を下げる元親を、孫一は薄い笑みを浮かべて見つめた。

「そうだな・・。では昼食で勘弁してやろう。」
「なっ・・・・?!」

さっきまで自分が言っていた台詞を今度は孫一が言い出した。

「なんだ?嫌なのか?長曾我部元親とあろう者が。」
「・・・いや、なんかうまい具合に嵌められそうになっているような・・・」
「不満か。では伊達と徳川にこれを見てもらうとするか。」

そう言うと孫一は鞄の中から手帳を出す。
すると元親の顔から一気に血の気が失せた。
手帳から何かを取り出そうとする彼女の手を慌てて制する。

「分かった!!分かったからそれをしまえっ!!!」

家康が「なんだ、なんだ」と覗き込もうとするのも必死に止める。
元親の慌てぶりに孫一は微笑すると、おとなしく手帳を鞄に戻した。

「契約成立だ。行くぞ。」

すくっと立ち上がり、さっさと歩き出す。

「ちくしょう・・。こんなはずじゃなかったのによぉ・・・。」

悔しそうに顔を歪める元親に政宗は上機嫌で声を掛ける。

「gambleは俺の勝ちだな。約束通り奢れよ。」
「あー!!そうだった!!・・・忘れてたぜ・・。」
「元親。心配するな。儂が半分出すぞ。」
「家康・・・・。お前、いい奴だな・・・。」
「Hey!家康!甘やかすんじゃねぇ。」

助け船を出そうとしていた家康に政宗は釘を刺す。

「負けは負けだ。その代償を払うのが道理ってもんだろ。You see?」
「鬼だ・・・・。」

そう呟く元親に政宗は「鬼はテメェのあだ名だろうが。」と鼻で笑う。

「あー!!しゃらくせぇ!!纏めて全員奢ってやらぁ!!!」

そう大声で叫ぶと元親は孫一の後をずんずんと大股で追いかけていった。
その様子に政宗は大笑いし、家康は少し驚いた表情になった。

「Luckyだったな、家康。」
「・・・そう、だな・・!元親の好意を有り難く受け取ろう!ところで孫一が手帳から出そうとしてたのは何だったんだろうな。」

大方政宗には予想はついていたが、「さあな」と答えておいた。
あの調子だと近いうちにお目に掛かれるだろう。
意味ありげに家康の肩を叩くと、孫一と元親の後を追って二人で走った。

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