わたしが死んだところで世界は変わりはしない。涙を流す人もいるけど、それでも何も変わりはしないのだ。

なぜか、唐突に、ふとそう思った。少し肌寒い秋の朝。キッチンから漂ってくるコーヒーの香りで彼が朝食の支度をしてくれていることを知った。

「レオリオ、おはよう」
「おはようさん。よく眠れたか?」

例えば、彼は。彼はきっとわたしが死ねば泣くだろう。少なからず、大きな道を歩む彼の人生に影響を与えるだろう。ショートカットの女を見てわたしを思い出したり、なんて。
よく似合うと褒めてくれた彼の笑顔を思い出す。レオリオがすぐ近くに立って、わたしの腕を引いた。
「一人で座れるってば」
「いいから」
焼けたトーストの匂いがする。いい香りだ。それにコーヒー。眠気を覚ますには一番だと思う。ぼんやりした頭で、感覚的にコーヒーカップを掴む。息を吹きかけて少し冷まして口に運んだけれど、やっぱり熱かった。
「あつ」
「火傷したか?」
「大丈夫。豆変えたの?」
「よくわかったな、こないだ市場に行ったらいつもの豆が無くてよー」
「こっちのが好きかも」
他愛もない話をする時間は幸せだ。それと同時にこの会話にどれほどの意味があるのかを考えてしまうのも事実で。
この人は、わたしのことを愛している。その事実が胸を締め付ける。苦しくなる。愛おしいのに、悲しくなる。
触れられる距離にいればいるほど離れ難くなるのに、わかっているのに。なにも感じない冷たいつま先に彼の足が触れた。

「大丈夫だ」

明日が見えなくても? あなたが、見えなくても? この目が、なにも映さなくても、あなたは大丈夫だと言うの?
いっそ死んでしまえたら楽だった。世界はなにも変わらない。わたしがいなくなってもいつも通りに動くのに。
この目がなくなってから、光を失ってからわたしの世界は変わってしまった。あなたも、変わってしまった。

許されることなら、私はあなたと変わらずに生きていきたかったのだ。
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