隣町に行くと、大きな時計台がある。噴水があって、その広場はよく人が集まる。俺には関係ないことだけれど、いつもそこで歌っている女がいた。ある日は三人ぐらいちらほら人が聴いてたり、小さな拍手のあとチップもらったり。また別の日は誰も聴いてないのに一生懸命歌っちゃったり。たまにしか下山しないし、隣町も頻繁に行くわけではないから、俺が下山して隣町に行ったときに彼女を見て思うのは、「まだ居たのかよ」ということだった。
もう諦めてやめちゃえばいいのに。そんなことしてたって無駄だろ、そう思っていたら、ある日ぱたりと女は居なくなった。隣町での仕事を任されて、ほぼ毎日女を見ていたからそりゃあもう驚いた。やめちまえと思っていたのに、やめてしまったらそれはそれで驚くだなんて変な話だけれど。
それからずっと、もうその女のことなんて忘れていた。もともと音楽の趣味はなかったし、ゴンも流行りには疎いし、だから、街の大きな電光掲示板にあの女が映っていたときは本当にびっくりした。口をあんぐり開けて、ああ、そんなことってあんのかよ、と。ゴンにその話をしたら「すごいね! その人のファン一号じゃん、キルア!」と言われたけれど、腑に落ちなかった。別に応援してたわけじゃないし。ただ見ていただけだ。誰も見ていないのに、聴いていないのに、一生懸命に歌う姿を滑稽だと思っていたのだ。
「そんなんじゃ、ねえよ」
大きな画面に映る女は、化粧が濃くなっているような気がした。ちょっと老けたのかもしれない。そりゃそうだ、初めて見たときから何年経ったのだろうか。
名前も知らない、喋り声も知らない。顔だってちゃんと覚えていなかったけれど、あの歌声だけは覚えていた。耳障りだと思っていたけれどずっとに聴いているうちに慣れてしまっていたみたいだった。
頑張ることって無駄じゃない? 会ったら聞いてみたい。答えは知ってる。俺はゴンや、クラピカ、それにレオリオに出会って変わった。やらされる努力ではなく、自分が自分のために、誰かのために頑張りたいと思って努力すれば変われることを知っている。
きっと電光掲示板の女も、笑顔で頷くのだろう。声を想像できないから何も言わないで笑う女を想像して、なんだか、恥ずかしくなって俺は考えるのをやめた。なんだか暑い。あー、あとでゴンにアイス奢らせよ。
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