「ナマエはこれからどうするの?」
ゴンに手渡された林檎に齧り付きながら私は隣を見る。ゴンはこちらを見てはいなくて、その真っ直ぐな目はどこか遠いところを見ていた。
「どうするって?」
「くじら島に残るのかな、って」
「残ると思うよ」
「ずっと?」
「うん、死ぬまで」
「えーー!どうして!俺と一緒に出ようよ!」
「どうして?」
どうしても!と言うゴンに私は笑い掛ける。私はゴンとは違う。彼みたいに明確な意志も無ければ夢もない。ゴンは私とは違う。彼には、成し遂げるべきことがある。私にそれはない。
「ハンター試験が終わったら、俺島に帰ってくるから、そしたら結婚しよう」
「え?」
「俺じゃ嫌?」
自信なさげにゴンの眉が下がる。嫌とか嫌じゃないとか、そう言う次元を吹っ飛ばして私は返答に困った。今の彼のこの言葉に「ウン」と言うべきか。人の心は移ろう。そんなこと分かりきっている。彼の小さな初恋を実らせてあげるべきなのか、そうでないのか、私はそこで迷っていた。
「嫌、とかじゃないけど」
「じゃあ、約束して」
「それは…出来ないよ」
「どうして」
だって、ゴンが嫌になったとき悲しいもの、そう思ったけれど何故か言えなかった。私は自分よりも五つも年下の子に拒絶されることが怖いのだ。「ごめん、若気の至りだった。あれは無かったことにしよう」なんて言われるのも嫌だったし、ゴンの性格上そう思ったとしても言えなくてずるずる曖昧な関係を続けられるのも嫌だった。
約束なんて曖昧だ。口約束なんて、特に。覚えてなかった、忘れてた、そんなことあったっけ?とぼける手段なんて腐るほどあるし、私はそういう大人を沢山見てきた。今のゴンがそんな事をするとは思えなくても、何があるかわからないのだ。そのとき本心のつもりで言ったことが嘘になってしまうことだってある。
そんな悲しいの、ごめんだ。
「…どうしても」
ゴンの瞳にキラキラしたものが浮かんだ。「ナマエには好きな人がいるの?」と震えた声で尋ねられる。そうじゃないよ。そう言いたいのに私はゴンに貰った林檎に黙って齧りつくことしかできなかった。明日の朝、ゴンはくじら島を旅立つ。あってはならない事だけれど、もしかしたらもう帰ってこないかもしれない。死んでしまうかもしれない。そうしたら、私はどうなるの?甘い約束だけして、果たさぬままなんて許せない。許さない。
そのとき私は気づいてしまった。私は、自分が傷つくのが嫌なのだ。保証の無い永遠が怖いのと同じで、誰も証人になってくれない約束は、怖くて出来ないのだ。
「…ゴン」
「…ナマエ?」
目尻に溜まった涙をそっと人差し指で掬ってあげる。そのままゴンの頬に触り、ゆっくりと顎に触れた。
「ど、どうしたの?擽ったいよ」
「目、閉じて」
「え…?」
もう直ぐ日が沈む。夜が太陽を隠して星と月が私達を照らす。初恋は思い出に、素敵な思い出に。触れるだけの口付けは、本当に短い時間に感じたのに、再び目を開けると夜がやって来ていた。
「帰ってきて、まだ私のこと好きでいてくれたら、続きをしてね」
それだけ言って私はゴンに林檎のお礼を言うと走り去った。もう明日、彼を見送れないな、そう思いながら何故か涙が止まらない。自覚してしまった恋心は余りに遅過ぎた。
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