ふわふわと彼女の長い髪の毛が風に靡くのをなんとなく見ていた、午後。穏やかな日差しと心地よい風はまるで日々の喧騒を忘れさせるかのように俺たちの心や身体を癒やしていくようだった。
「ここ、どこだろ。地獄ではないよね?」
彼女はこちらを見つめたまま動かない。まるで感情のない目。深く淀んだ色を宿していて、怒っているのか悲しんでいるのか、喜んでいるのか、楽しいのか、なにも読み取れない瞳は真っ直ぐ俺のことを見ていた。
「ねえ、ナマエ。ナマエがいるってことは天国?」
はは、そんなわけないか。ナマエも俺たちとおんなじだもんね。そう口には出さずに彼女から目を逸らすと、生前ナマエが「かわいい」と言っていた小さな花が沢山咲いていた。
きれいな場所だ。俺には、俺達にはそぐわない場所。そうだろ? だって、俺達幸せになんかなっていいはずないんだから。
深く腰掛けたベンチはいつか見た場所にそっくりだった。水の出ない噴水。文字盤がぼやけて時刻がよく見えない時計台が遠くに見える。
「ここ、ナマエとデートしたところか」
ゆっくり記憶を昔に飛ばす。二人共まだ若くて、ナマエも俺も幸せになれると何故か思っていた頃だ。自分たちの幸せのために他の誰かの幸せを奪い、命を奪い、そうやって生きてきたくせに、自分たちは誰よりも幸せで、そしてこれから先もずっと幸せだと信じて疑っていなかった頃。
「若いって怖いよな、俺もナマエも、若かったよね」
いつの間にか隣りに座っている笑わないナマエにそう話しかけてみたけれど、やっぱりナマエは何も言わなかった。
もしかしたらこれは俺が作り上げた嘘の世界なのかもしれない。大好きだったナマエ。そして、幸せを手にしていたあの頃の風景。これは俺が作り出した幻だ。一番大好きで、一番幸せな瞬間を作り上げた、空虚な空間。
「ねえナマエ、俺のこと、まだ好き? あっちで良い人見つけてないならさ、俺とまた付き合おう。いや、別れたつもりなんてなかったけど」
それでも、何も言わないナマエのほうがまだ俺には幾分かは優しい。ここで拒絶されることはないからね。そう思いながら彼女の柔らかい髪の毛に指を通す。生前の彼女のように、気持ちよさそうに目をつむることは無かったけれど、触り心地はまんま彼女のものだった。
「キスしていい?」
遠くで鐘がなる。もう五時だ。日が沈もうとしていて、心地の良い風もいつの間にか止んでいた。
「目は、つむってほしいんだけど」
笑いながらそう言うと、俺が作り上げたナマエは目をつむった。陶器のような肌にそっと触れる。甘く痺れるような感覚が指先から伝わった。死んでもいい。いや、死んだのか。死んだらまっさきにナマエに会いたいと毎日思っていたのは無駄じゃなかったのか、でも、こんなナマエなら会わないほうが良かったのか、そう思いながらも目の前のナマエに口付けると、ぴりりと痛みが走った。


「死んだのかと思ってたよ」
薄っすらと目を開けると目の前にはヒソカがいた。俺の血をべったりと被ったヒソカは興奮しているようで、ぎらぎらと目を輝かせている。
ああ、少し寝てたのか。だからあんな夢を見たのか。そう思いながらも力の入らない身体では何も出来ない。「あっけなかったネ」と頭上から声が聞こえる。本当だ、呆気ない。こんな簡単に死んでしまったら、ナマエとのキスの続きが、楽しめないじゃないか。
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