春になったら、お花見をしよう。
そう言って笑った彼女の生まれの国では、春になると美しい桃色の花が咲くらしい。夏には青々しい緑が茂り、秋になるとその葉は朱に色づくという。そうしてまたあたたかな春に備えて、冬になると殆どの植物がその命を散らす。そうやって四つの季節を生きてきた彼女は、いつでも美しく笑っていた。

「ここに、春は来ないのね」
「…どうしたんだ、ナマエ」
ぼんやりと窓の外の灰色の空を眺めてながらナマエは呟いた。あんなに穏やかだった顔も、今は痩せこけて力無く笑うだけで。青白い彼女の肌は今にも消えて無くなりそうで、恐ろしくて咄嗟に触れる。そうすれば彼女はまた小さく微笑んで、辛そうに咳をするのだった。
名も知らない、病気。いつそれに罹ったのかすら俺にはわからなかった。気がついたらもう手遅れの状態だった。誰にも言わずひっそりと消えようと思っていたと泣く彼女を宥めて、今もこうして彼女に触れることが出来る。だけれど、こうしてずっと見ていないとふらりと消えていってしまいそうで。
「ねぇ、クロロ。もうずっと寝てないでしょう? 少し休んで。私は大丈夫だから」
「…いや、俺は平気だ。ナマエこそ、無理して起きてなくていい」
彼女は不満そうな表情をする。ころころと変わるそれは、昔と変わらない。嬉しいことがあれば笑い、悲しいことがあれば眉を下げる。涙こそ見せはしなかったが、震えた声で「大丈夫」と下手くそな嘘をよくついていた。まるでこんな闇の世界に生きてるなんて、そう思わせないような彼女。初めて出会ったときから、自分のことがよくわからなくなるぐらい彼女に感情を振り回された。最初こそ演技だと思っていた彼女の表情も、仕草も、言葉も。全てが真実であると悟ったときにはもう彼女のことを愛してしまっていた。
「私、もうどこにも行かないよ」
疑ってなんかない、そう言おうとしても彼女はこちらを真っ直ぐ見て言葉を続ける。
「もう、どこにも行かない。ずっとクロロといる。だから、お願い。少しは眠ってほしいの。今のあなたは無力なんだから」
除念師を待つだけの身である俺に、その言葉は重くのしかかった。わかっている。わかっていた。わかっていた、つもりだった。それでも目を離したら、彼女がどこかに行ってしまいそうで怖い。ここから逃げ出すならまだいい。でも、死んでしまったら。もう永遠に目覚めないとしたら。二度と彼女の声を聞くことも、その美しい瞳を覗くことも、出来なくなる。それが恐ろしくてたまらないのだ。眠っている間に、彼女がどこか遠くへ行ってしまうなんて、そんなの俺はごめんだ。
「それでも、ずっと一緒にいたいんだ。俺は、わがままかな…」
「…クロロ」
そっと手を握られる。こんなにも細くなって。昔クレープとアイスを交互に食べる彼女に「太るぞ」と口を出したら喧嘩になったことを思い出した。悲しくなってまた黙り込んでしまう。せめて笑ってほしいのに、俺は彼女に何も与えられない。

春になったら、お花見をしよう。君には薄桃色の花がよく似合う。きっとその花は、微笑む君のために咲いているのだと俺は思ったから。優しく吹いた風にすら散ってしまうその花だけれど、夏になれば青々とした緑の葉を茂らせ、秋に冬と、あたたかい春を待ちわびて静かに待つ。そうして春がやってくると、大きく花を咲かせ、人々を喜ばせるのだ。
静かに目をつむったままの彼女の瞼に唇を落とす。唇にはほんの少し色がついているのか顔色がよく見えた。
「ナマエ」
名前を呼んでも彼女は目を覚まさない。さらさらの前髪を梳いてやるとくすぐったそうに声を上げる彼女を想像して、ぼんやりとベッドサイドに腰掛けた。二度と俺の名前を呼ばず、俺のことを映さない瞳の持ち主を見つめる。
「ナマエ」
もうすぐ春がやってくるよ。終わらない、永遠の春が。
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