チープな映画だ、と思った。
登場人物の俳優や女優は勿論美しかったけれど、ストーリーが物凄く安直だった。身分違いの恋。理解のない母親に、強欲な父。綺麗事しか言えない男にまだ未熟な女。つまらない映画だと思いながら観ていたのに、結局気が付けば画面にはエンドロールが映し出されていた。
「結局最後まで見たんだねぇ」
ソファに深く沈んでいる同居人は何が面白いのか、くつくつと喉を鳴らして笑う。彼はこの映画を三十分も観ずに「つまらないなァ」と観るのを辞めて読書を始めていた。本なんて読むのね、そう思いながら口に出すまでもないか、と彼を横目でちらりと見てそのままテレビの画面に視線を移したのは確か一時間半前だ。
「面白かったかい?」
「…衣装が好みだったわ」
「つまらなかったんだね」
彼は徐ろに立ち上がり、「何か飲む?」と尋ねてきた。特に喉に乾きを覚えていたわけではなかったけれど、折角なので温かい紅茶を貰うことにした。「寝る前にカフェイン摂取は良くないよ」と彼が言ってきたが、その後にキッチンから香ってきたコーヒーの匂いに「あなたもね」とこっそり思ったのは内緒だ。
「はい、どうぞ」
彼の手からマグカップを受け取る。この家の持ち主は一応私ではあるが、もう殆ど一緒に住んでいると言っても過言ではない。彼は仕事がない日は殆ど家に居るし、彼の物も増えた。食器や衣服、歯ブラシ、彼のための物。彼しか使わない物。だけれどこうして一緒に居ても、触れる距離で彼の体温を感じていても私は思うのだ。彼は、いつか居なくなってしまう。どこか近所に散歩でも行くようにふらりと出て行ってそのまま帰ってこない。そんな気がした。だからこそ彼と居る時間が愛おしくて切なかった。いずれ来るであろう別れを美しく、悲しくさせていくだけの時間。
「ヒソカは…なんの仕事してるんだっけ」
「…どうしたの?今まで聞いてきたりしなかったのに」
「知りたくなったの。あなたのこと」
「嘘を言うかもしれないよ」
「いいよ。それを本当だと思って信じるから」
「…君って、馬鹿だねぇ。ほんとうに」
私は彼の本当のことを彼の口から聞いたことはない。知っているのは彼の性別と、身体だけ。名前だって嘘かもしれない。コーヒーが好きだと言っているけれど、本当は甘いココアが好きなのかもしれない。彼は嘘つきだ。でもそれで良い。いずれ私の元を去るなら、本当なんて一つも要らない。今ここにいるあなたが誰であるか知りたいだけだから。そう思っていたはずなのに。
「僕、マジシャンをしてるんだ。君に言えないことも沢山してるケド」「そっか」「言えないこと…知りたくないのかい?」「言いたくなかったら別に良いよ」「つまんないなァ」「…それで?」「ウーンと、実は煙草、嫌いなんだ」「そうなんだ」「お酒は好き。甘いのよりも度数がキツイやつがイイね」「ウイスキーとか?」「そうそう」「誕生日は六月六日」「それ本当だったの?」「嘘でも信じるんじゃなかった?」「…そうだった」
彼と目が合う。いつ失うかわからない体温が恋しくて、そのままキスを強請った。「チープな映画に影響されたのかい」「そうかもしれない」「こんな茶番が好み?」「…そうなのかな」何度も何度もキスをする。その合間に何度も見つめ合う。見つめ合ったって、何もわからないのに。何も変わらないのに。
「…ヒソカって名前を調べちゃったの。電脳ネットで。そうしたら、沢山出てきた。有名人だったんだね」
彼が目を細める。ほんの出来心だった。私の知らない彼を知りたくなった。いつか居なくなるその人の、全てを知りたかった。でも出てきたのは知らないどころか、きっと彼が私に隠していた彼自身の本当の姿だった。
私は何も知らない世間知らずな女だったのだろうか?否、そうではない。全くそちらの世界に関わってこなかっただけだ。ハンターなんて職業、本当にあるならば凄いなぁぐらいの認識だったし、武術を極めている人なんてフィクションの中だけだと思っていた。殺しを仕事にしたりしているなんてのも、空想だと。事実あったとしても、自分には関係のない話だと思っていた。
「…私のこと、殺す?」
自然と怖くはなかった。目の前の男がどれだけ残虐で非道な男だったとしても、私の前ではそうではなかった。コーヒーと人をからかうのが好きで、少し性欲の強い私の愛おしい男。
「殺されたいのかい?」
「別に、そういうことじゃないけど」
「…僕さ、周りが思ってるより実は普通なんだ。お腹もすくし、殺し以外でも勃つ。お酒にも酔うし、ぐっすり眠りたいときだってある。悪夢も見る。…好きな人だっている」
「…うん」
「まあ、それは僕の希望の話。周りはそうじゃないみたいでね、僕は快楽殺人者で、殺人にしか快感を覚えなくて、毒も効かない。そんな風にしたいみたいなんだ。……でも、でも。もしかしたらナマエのことを殺したくなるのかもしれない。やっぱり殺人でしか興奮を鎮められないのかもしれない。毒も効かないかもしれない。…好きな人も、いないかもしれないんだ」
そう言うと彼は私の頬に触れた。この手で何人の人を殺してきたのだろうか。わからない。実感が沸かないから恐怖も感じることができない。温かい手。よく知った愛おしい手。チープな話だと思う。チープな感情だと思う。彼が殺人者でも、好きだから許してしまいたい。なかったことにしてしまいたい。彼を皆に許してもらいたい。
「…それでも、私はまだ一緒に居たいな」
彼の肩に頭を寄せた。いつか居なくなっても。ふらりと消えてしまっても良い。
「…君も僕も、安直だねぇ」
「…そうだね」
今は、それで良い。
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