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時空の歪み通過の際に、車両同士がぶつかる接触事故が起きた。最初、よりにもよって何故こんな所でという動揺が強すぎた為に一瞬頭が真っ白になって

その後遅れてハッとした。ぶつかった方に乗っているヒト達に怪我は無かったのだろうかと。


列車を完全に停車させ、スレ違いの際に車両同士が一部ぶつかった相手側を確認する為外に出ようとした所で無線に通信が入る

「突然の連絡失礼します。確認したい事が幾つかあるのですが、場所が場所ですので先ずはお互い一度此処から出ましょう」

「え?あ、はい‥!そう、ですよね。確かに一度抜けた方が‥」

「では、一番近い駅で後程」

簡潔に、手短に。要点だけが伝えられた通信が切断された後。恐らく相手車両の車掌からと思われる声に言われた通り

時空の歪みから抜け出て最寄りの駅へと列車を走らせる

道中。漸く少し状況が飲み込めた事で考える余裕が出来た後、


(先程の通信相手、連絡事項に一つの無駄も無かった‥それに何より、あの短時間で此方の通信周波数に‥これまでお互いの存在を認識すらしていなかった筈なのに、この状況下で一瞬で‥。相手方の車掌は一体‥)

予期せぬ出来事。冷静に対応され過ぎた伝達事項。見知らぬダレか。


どうにも上手くまとまらない事だらけで頭がいっぱいになりながらも、列車はきちんと指定された駅へと辿り着くことが出来たのだった。


駅に着くと相手方の車両の方が先に到着していて、此方の車両が駅に入ってくるのが見えたのか再度無線に通信が。内容は、降りた後の合流ポイント地点。


先に降りて待っているとの事だったので少し遅れてその場に向かうと、其処には制帽を被り濃紺色の外套を羽織った青年が一人。


向こうも此方の彼に気が付くと軽く頭を下げるような仕草を見せる。外套を羽織った青年の年齢は見た目で判断するのであれば二十代の真ん中辺りだろうか。あまりにも淡々と物事が進みすぎたせいで、衝突した相手方の車掌はもっと年齢的に上のヒトを想像していただけに少し驚いてしまう。

お互い完全に初対面ではあるが先ずは状況確認、情報交換が最優先だと判断した為。乗客の安否や接触した際の車両ダメージ等を中心に話しが進んでから少し経った頃

左の口元に黒子がある、かなり長身の青年が外套の青年に言った。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。ワタクシ、『欲望列車』と申します」

「申し訳ありません失念しておりました。自分は『トレイン』と申します」

「え‥トレイン、だけ‥ですか?」

「はい」


てっきり別の、もっと個別に“個人”の判断が出来る名前を伝えられると思っていた欲望列車は、トレインと名乗った青年に改めて確認を取る。

「それはつまり、名無しの列車さんという‥」

「‥嗚呼、いえ。そうですね。同業者相手だとそうなりますよね。これは大変失礼致しました。ですがすいません。自分、個別に振り分けられている筈の専用名称の方を忘れてしまいまして」

「忘、れ‥」

思ってもみない返答にどう返せば良いのか言葉がつっかえて上手く会話を繋げられない。

その後に続ける言葉に手間取っていると、

「‥思い出せないのです。自分が何と言う名前の列車であるのかを。本来“何を”、“何処に”運んでいた列車であるのかを」

トレインと名乗った青年車掌は、きちんとした自己紹介が出来なかった事を申し訳無く思ったのか。とても困ったように欲望列車に事情を話した。

「実は、列車の事故に遭ったのはこれが二度目でして‥」

もしかしたらもっと多くの事故に遭っているのかも知れないけれど、一度目の事故が大きな事故だった為に記憶の一部が飛んでいるのだと。幾つかとても大事な事を忘れてしまっているのだと、そうトレインは欲望列車に教えてくれた。

色々話している内に稼働年数、ヒト型年齢。どちらもトレインと名乗る彼の方が上だと言う事が判明したので、

「ではこれからはトレイン先輩と呼ばせて頂いても?」

「構いませんよ」

「ありがとうございます。ワタクシの方は、どうぞそのまま『ヨクボウ』とお呼び頂ければ」

「かしこまりました。ではそのように。それで、早速で申し訳ないのですがヨクボウ」

「はい?」

「少し、お手伝い頂いても?」

そう言うと欲望列車から視線を逸したトレインの、彼の目線をそのまま追っていくと


「あ゛、ハ゛ァ゛あゝ、ミつけた。見、みみみみみ、見ィ、ツけ、たぁ〜」

「!?」


とんでもない大きさの黒い塊が其処に居た。その塊は四つん這いで、人の腕と同じ物が左右に二本ずつ。合わせて四本生えているが足の形をした物はついていない。とても大きな口に、黒い毛むくじゃらの化け物だが。付属の口が『見つけた』というわりに、そのカラダに目のような物は見当たらない。

それを見て顔色一つ変えないトレインに対して、欲望列車の方は目の前のモノに対してギョッと驚き反射的に首元に手をやる。そしてそのまま、自身の首に掛かっている紐を手繰り寄せ

『ピィイーッ!』

と。手繰り寄せた紐の先にあった笛を思い切り吹いて音を鳴らした。どうやら元から首に紐を通した笛をぶら下げていたようなのだが制服の上着で隠れていたらしい。

突然の大きな音に、黒い塊を見ても動じなかったトレインの肩がビクリと跳ねて咄嗟にバッと両手で耳を塞いだ。

彼が驚いたのは音の大きさではなく、欲望列車の鳴らした笛の音に混ざる。耳から入り込み、脳を直接揺さぶるような強過ぎる“狂気”

マズイ、と。思った時には手遅れで、立っていられなくなったトレインはその場にガクリと崩れてしまった。

「‥あ!そ、そうでした。特定の個体に意識を集中させるのを忘れて‥申し訳ありませんトレイン先輩」

大丈夫ですかと欲望列車に差し伸べられた手を取り立ち上がるが、少しふらつく感覚がある。トレインは狂気と相性自体は良くないけれど。それでも狂気の渦巻く迷界において完全に住人となっている存在だ。

人間、化け物、怪異、何だか良く分からないあやふやなモノ達。そういった立ち位置が不安定なモノよりは狂気に対しての耐性がある。

つまり、先程目の前に居た化け物の類である黒い塊は、


「目らしき物が見当たらないので判断しにくいですが“此方の方”は意識がなくなっている状態‥なのでしょうか」

「ええと、はい。そうなりますね。少し大人しくしてもらえるようにワタクシが‥」

「その笛で?」

「そうです。ですが、これはただの笛です。響く音に狂気を乗せた方が相手に届きやすいので使ってるだけです」

「‥成る程」

笛自体はただの笛。という事は、力があるのは欲望列車本人という事で間違いないのだろう。合流地点で会った時、一目見た段階で妙な圧がある青年が来たとトレインは感じていた。

その感覚は肌感覚として受け取る側自体がどれだけ力があるかによって変わる物だが。

トレイン自体、他の住人と比べるとかなりの能力値を有しているので他者に対して感じる圧は普段そこまで過敏な方ではない。

どちらかと言えば彼自身が他者に対して異様な感覚を与えてしまう事の方が圧倒的に多い。それなのに、欲望列車を見た時にそのトレインの方が圧を感じたのだ。

となると、力の強さを比べるのなら。


「ヨクボウ。貴方は、とても強い個体なのですね」

「ワタクシが?」

「ええ。その力、使いようによっては“自分”の。此方の存在を侵食出来そうですが‥貴方は他の列車に必要性を感じますか?」

欲望列車が他の列車。つまり、トレインの存在を必要ないと感じたのなら、彼そのものを取り込んで欲望列車の糧と出来るだろう。なにせ、油断していたとはいえ先程欲望列車の力の前にトレインは強制的に地面に膝をつかされてしまったのだから。力のないものは力のあるものに逆らえない

だから、己自身をより強く。と、望むのであれば、トレインは今この場で欲望列車に取り込まれるだろう

逆らう気はない。強いて言うのであれば、弟達に別れを伝えられない心残りがある程度。


「ワタクシ他の列車の方に会ったのは初めてで、なので、あの‥」

「はい」

「よ、宜しければ、“オトモダチ”になって頂ければ、等と‥。どうでしょうか?」

トレインを取り込むのではなく『友達になりたい』と言う欲望列車は少し落ち着きがないように見える。ピカピカの小学生一年生が初めてのクラスで仲良くしたい誰かを見つけ、ドキドキしながらその子に声をかけているような。そんな初々しさすら感じるような気がしてくる。

迷界の住人である筈の欲望列車だが、彼に対して他の住人のように完全に信用してはいけない。という、トレインの“人間的な感覚からは外れた所”からくる警戒心がイマイチ湧き上がって来ない。

先程、欲望列車の年齢を聞いた時には二十五と言っており、トレインと比べると一つ下というだけであったが何だか幼い子供を見ているような不思議な気持ちになったトレインは『自分で良ければ』と返答する。

それを聞いて途端にぱぁっと明るい表情を浮かべる欲望列車。そんな彼を見たトレインの表情には、自然と柔らかい笑みが浮かんでいた。




「ところで“コレ”は、どうしたら良いのでしょうか‥思わず笛を鳴らしてしまいましたが、放っておくには危険そうで‥」

「おや。貴方はこういった方を乗客として扱わないのですか?」

「え゛、こ、此方の方を‥?!」

「ええ。此方の方を」

「わ、ワタクシ。こういった方と遭遇した経験があまりなく‥」

コレを乗客として判断するかどうか以前に、出会った事自体があまりないと言う欲望列車。

『おかしいな?』と、思いトレインは欲望列車に仕事の際に乗せる乗客の層について改めて確認を取る事に。


この時トレインは初めて知ったのだ。今まで乗せてきた客に混ざる怪しげなモノ達。あれ等は何処かへ運んで欲しくて、新しい居場所を求めて移動し続けていると“思い込んでいた”という事を。


「ふむ。‥ヨクボウ、貴方の言葉通りであるのならこれらのモノが惹かれているのはもしや‥移動手段である列車という概念ではなく、」

「えっと、はい‥あの。非常に申し上げにくいのですが、トレイン先輩という存在そのものに惹かれているのでしょうね。ワタクシ、この手の輩とは滅多に遭遇しませんので‥」

「自分は基本。こういった方々との遭遇率が七割程度だったので、他の方も五割位は遭遇しているのかと思っていましたが」

「し、してない、ですね‥」

「そうでしたか」

人であった頃から良くないモノが視えていた。良くないモノに魅入られていた。だから、何となく分かってはいたのだけれど

それでも心の何処かでトレインは、この世界に来てヒトではなくなった事で周りと同じようになれたのではないかと思いたかったのだ。思い込みたかったが故に目を背けていた

人であった頃も、ヒトではなくなった今この時も。

自分が周りと違う存在なのだという事実から。



「‥恐らく“この方”にも目的地はあると思われますので可能な限り、自分が最終目的地の傍までお送りします」

そう言うと、トレインは未だに気を失っているのかピクリとも反応を示さない黒い塊に手を差し伸べる。

「貴方は、何処へいきたいですか?」

すると

「‥あ゛ァ゛ぅ゛、ア」

黒い塊は呼びかけられた事で意識が戻ったのか。

何を言っているのか全く分からない言葉を発しているのを二人で聞いた後。トレインの方はこくりと頷いて見せた。

「かしこまりました。それでは、間違いなくそちらの方へ。それからお客様。その大きさでは列車に乗車出来ませんので‥」

申し訳なさそうにトレインが言うと、黒い塊は何かを低く呻いた後。見る見る小さくなっていき、黒かった筈の塊はトレインの手のひらの上で見慣れたタマシイの形へと変化していた

理解できない言語を話す良く分からないイキモノと意思の疎通をして見せるトレインと、状況が飲み込めないまま一人立ち尽くしていた欲望列車。ただ、目の前で起きている不思議な光景に何処となくだが

(嗚呼、このトレインというヒト自体がきっと、元が“人間ではなかった”のだろうな)

そう感じた。

欲望列車の力はとても強い。だからこそ、彼はトレインという車掌を見てそう思ったのだ。


「ヨクボウ。どうかしましたか?」

「いいえ、何でもありません」


不思議な雰囲気を纏う車掌と、とても力の強い車掌。

本来別々の世界で列車を走らせる彼等二人は、時空の歪みの中でぶつかり出会った。

彼等二人はお互い知り合ったばかり。出会って直ぐの、まだまだ知らない事だらけ。それでも、

「すいませんが、自分はそろそろ仕事に戻ります」

「わかりました。今日は色々ご迷惑をおかけしましたトレイン先輩」

「いえ此方こそ」

トレインも欲望列車も、揃ってぺこりと頭を下げた。顔を上げた際、目と目が合ってふわりと笑った。




(きっと彼は“良いヒト”だ)

初対面にも関わらず欲望列車もトレインも相手に対しての印象は同じ物。

彼等はお互い、元がナニか分からないバケモノ同士。


このヒトとは何だか上手くやっていけそうだ。と、思った所までが全く同じ。

この日出会った列車の車掌達は結果として。後にお互い同士を救い合う形になるのだが。

勿論トレインと欲望列車はまだそんな事は何も知らない。何故なら二人にとってその出来事は今はまだ、先の事なのだから。