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何かを探していた。何年、何十年、何百年。もしかしたらもっと、もっと長い時間だったかもしれない。幾ら探しても見つからなくて、何処にも“居なくて”。あまりにも長い時間の中、次第に感情を全て失って、感覚がひとつもなくなって、終いには探しものが何かもわからなくなって。どんどん擦り減っていくだけのタマシイも消えてなくなる

筈だった。

ずっとずっと彷徨い続けて、気が付いたら今の状態になっていた。沢山の世界を渡って色々な物をいっぱい見てきた。今となってはソレ等に関して殆ど何も思い出せないけれど

それでも、見つからない何かを探して数えきれない場所を気の遠くなるような時間をかけて巡り歩いたという。途方もない情報だけがこのタマシイに刻み込まれている。自分で体験してきた事なのに、確かにこの目で見てきた事なのに。全部が全部、まるで他人事のように何処か遠い


最後に誰かと会ったのは何時だっただろう。ヒトと言葉を交わしたのは、他人と触れ合ったのは、自分以外の存在を認識したのは。


もう、何もかもが分からない。

 
この先も抜けられない真っ暗なトンネルの中を進み続けるだけの、得体の知れないバケモノとして在り続けるのだろう。

だって誰も、『ぼく』を、『わたし』を、『おれ』を、『じぶん』を。個として捉える事すらしなくなった。

ヒトと交わる事のなくなった人生の直線レールを、脱線する事なく真っ直ぐに進むだけのあやふやなモノ

誰か、ダレか。だれか‥───、






「ヨクくんって同業者のヒトの話しをする時何時も凄く楽しそうだよね」

「そ、そう、ですか?」

「うん、何ていうか、とっても好きなヒトなんだなぁって」

にこり、と。柔らかい笑みを浮かべ。ふわふわとした長い髪をひとつに緩くまとめたタクシー運転手が隣に座る自分よりも大きな体の車掌と言葉を交わしている。

運転手に笑いかけられた車掌は、何処か少し照れ臭そうにしつつも素直に答える

「はいとても。とても、好きな方なのです」

車掌にとって、今目の前に居るタクシー運転手の彼が一番大事で好きなヒト。けれども、同じ天秤や物差しでは決してはかれない所に、同じく車掌を務める人物が一人。


同業者であるその車掌は体質的に、かつて人だったモノや元からヒトでないモノ達を良く引き寄せた。本人が望んで寄せているのではなく、それらが勝手に惹かれてくるのだ。

そして、その車掌がまだ人間だった頃から現在に至るまでに引き寄せたモノの中で実は唯一、ひとつだけ“アタリ”を引いていた。

逆に言えば、ひとつだけしかアタリを引き寄せられなかったという事になるが。この手の類の輩から、ひとつだけでもハズレ以外を引く事は宝くじの一等を当てる位の確率であるのだが

引き寄せた車掌本人はそもそもアタリと言える存在を引き当てた事に全く気付いてすらいない。

けれど、引き寄せられた方。先程タクシー運転手と会話をしていた長身の車掌である『欲望列車』の方は、言葉では言い表せない程。同業者である名無しの列車、『トレイン』と名乗る青年に感謝している。

彷徨い続けて、変質に変質を重ね、ヒトである概念はとうの昔に失ってしまっていた。殆ど思念体のようなレベルの、人々の欲望に寄り添うだけの形ないモノに成り果てていた。

それがある日、偶然にも別次元に存在していた類似個体と“接触事故”を起こした。

他人の欲望という意識以外で別の存在を感知した事により、失ってしまっていた本来の形を思い出した車掌はヒトとしての再稼働を始めたのだ。それは本当に。奇跡と呼ぶには大袈裟で、けれどもきっと。それに近い何かのような出来事だったに違いない。

接触を起こして直ぐの時には、思念体として過ごした途方もない程の時間の中で脳がまだ覚醒出来ておらず、長過ぎる睡眠から目が覚めたような状態のまま。自分の置かれた状況が掴めず半ば寝惚けているような感覚であったが為“普通”に走行している最中に事故が起きたと欲望列車自身も思い込んでいた。

それが、時が経てば経つほど、『形のない乗客』を乗せた自分の列車の異様性に。ヒトとして動く自分の体の違和感に気が付いて

少しずつ、一つずつ拾い上げていく他人事のような記憶に。漸く心が追いついて。

己の存在自体が擦り切れそうになっていると誤認していたタマシイは、実は世界を渡るごとに、誰かの欲望を運ぶごとに。逆に強化され強くなっていたのだと知った。

なくなりかけていたのはタマシイではなく自我の方であり、意識をハッキリと取り戻した現在。感情のコントロールが部分的に苦手になってしまっていたが、それでも自分が自分である事を掴み直した事で一つの強い存在になった欲望列車は

何処かの切り替えポイントで路線の進路を誤った為に行きっぱなしの一方通行、終わりの見えないレールから降りることも出来ず進み続けて良くわからないモノへと変化した存在だった。


それが時空の歪みの中で他車両と接触事故を起こした理由としては、何てことないもので、“元々時空の歪みの中を延々と走り続ける列車があった事”に気付かず後から入り込んだ別の列車がソレとぶつかっただけなのである。


つまり、欲望列車はずっと時空の歪みの中に囚われ続けていた為周囲との時間の流れに不一致を起こしている状態にあり、

彼のタマシイが他の個体と比べて質が異様に高くなっているのは純粋にそれだけ長い年月をタマシイだけの存在として生きた為である。只、本人にその自覚はあまりなく。長過ぎる冬眠から突然目覚めたような不思議な感覚だけがあるようで

ほぼ永眠に等しかった冬眠状態から起こしてもらった事で、再び他人と交わる路線に戻ってこれた事を噛み締めている欲望列車は、時空の歪みの中で接触事故を起こした際。相手車両に乗っていた車掌のタマシイに強く引き寄せられて近づき過ぎた為に衝突し、形を取り戻している

それは、相手車両に乗っていた車掌のタマシイがヒトでないモノを寄せやすい性質を持っていたから。だから、ヒトとしての状態を保てなくなっていた欲望列車のタマシイはその車掌の。トレインのタマシイに引き寄せられ、結果としてぶつかった事により接触相手の彼、トレインの影響を強く受けた。

欲望列車が人々の欲という名のドロドロとした感情を運び続けたにも関わらず、元々欲望列車が持っていた人格そのままの“良いヒト”として再び姿を得る事が出来たのは接触相手であるトレインのタマシイが善性サイドにあった為だ。



本来、トレインは迷界に居る住人達とは中身の創りそのものが違う存在であり、弱体している状態にも関わらず迷界の中を漂う生暖かくも何処かひんやりとした、狂気と呼ばれるソレの影響を受けていない住人だ。

彼の場合不運に不運が重なり迷界に無理矢理押し込まれた際“弱体させられている”為、弱っている事に違いはないが。弱っているだけで彼自身、本来のタマシイの強さから狂気の影響自体は殆ど受けていないのである。僅かに影響を受けているとすれば、それはきっと目の色位なのだろう。

なので、本来のタマシイの質を失っていなかったトレインの影響を受けた欲望列車のタマシイは、変質を重ねたにも関わらず歪む事なく、堕ちる事なく元々持っていた性質そのままの状態で自分という存在そのものを取り戻すことが出来たのだ


欲望列車にとってトレインという車掌は、行き先を見失っていた自分に再び正しい路線を示してくれたヒトであり。堕ちていく可能性が高かったタマシイを、そのままの形で“救いあげてくれた”ヒトである。

そもそも、形すら失って誰にも気付いて貰えなかった存在にまで成り果てていたのだ。それをたまたま、特殊なモノを寄せやすい体質を。タマシイを。持ってしまったヒトがいて

それが無意識だったにしても誰にも認識されなくなっていた『自分』を見つけてくれたのだ。そして、ただ接触しただけでなくトレインの方から通信を入れるという形で欲望列車そのものに“介入”してきたのが、欲望列車がハッキリと意識を、自我を取り戻した一番の大きな要因だろう。

例えるのなら、朝。目覚まし時計が鳴って夢から現実へと引き戻される際に。追加で、誰かが肩を叩いて起こしてきたというような状態だ。ただ目覚まし時計が鳴っているだけでは中々起きられなくても、他者からのリアクションにより直接起こされる事で格段に起きれる可能性が上がり。目が覚めた。言ってしまえばそのような所だ。



長い時間彷徨った欲望列車だが彼が体験した時間の長さと時空の歪みの外。周囲の時間の長さがとんでもないズレを起こしていた為、道に迷ってから自我を取り戻すまでの途方もない長さの時間が周囲からしてみればほんの二十四時間以内という短さであった事。

彷徨っている最中に出会った人物が迷界の中でも善性サイドのタマシイを持った車掌であった事。

この二つが不幸中の幸いだった。

何故なら、欲望列車が体験した気の遠くなる途方もない時間の長さが周囲の体感ではたった一日にも満たないモノであった為。戻ってきた際に見つけた『探しもの』と同じ時間を共有出来るようになったのだから。

欲望列車が当初からずっとずっと探していたソレは、モノではなくヒトであった。

下手をすれば時間の流れのズレで二度と会えなかったかもしれない大事な大事な探しもの。その探しものは、現在どうやら存在自体が少し弱いモノとしてこの世界に在るらしい


だからこそ欲望列車は。今でこそ強くなった自分の力に、大事なモノを守れる位の強さになれた事に。“今度は”自分の方が守れる立場になった事に。長い事道に迷い彷徨った事も全て含めて、これで良かったと思えるようになれたのだ。



戻ってきて直ぐの頃には強過ぎる力が大事なモノに悪影響を与えてしまったけれど、沢山、沢山彷徨って。長過ぎる時間をかけて溜め込んだ力を方向転換する事が出来てからは、

自分の力が『傷つけるだけの物』から『助ける事が出来る物』に変わってからは。まるで夢を見ていたように懐かしくも遠い、彷徨い続けた膨大な時間に感謝すら出来るようになった。


大事なモノは、日々少しずつ増えている。

根本からして合わない世界で、幼馴染み達の居る場所で弱い存在として暮らす事を選んだ一番大事なヒト。

本来一つであるべきタマシイが二つに割れて、一方のタマシイは弾かれたまま。繋ぎ合わせる事も、ナカに戻す事も出来なくなっている同業者。

それから、他にもたくさん。


この先、色んなヒトと出会っていく中で。大切にしたいヒト達がまだまだ増えていくのかもしれない。増える事はあっても、減る事はない守りたいヒト達。大事にしたい関係性。

その一つ一つを壊さないよう、落とさないよう。欲望列車は再び周りと同じ時間を歩み始めた。


「さて、今日はどちらへ向かいましょうか」

人々が寝静まった暗い夜の街に、何処か遠くの方で夜汽車の発車ベルが鳴り響くのが聞こえてくる。

今日も、明日も、明後日も。何度も何度も繰り返されるであろう何でもない日々。疑う事もなく、当たり前のようにそんな明日を迎えられると思う事が出来るこの瞬間を、この先も───。